魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

風野真知雄『密室本能寺の変』(その十七)

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2013年4月、ロンドンで催された「殺人ロボット開発反対キャンペーン」に登場した模造ロボット。www.voanews.comより。

光秀、実験を試みる。

光秀は紐を手にして、つくえをジッと見つめた。
「光秀さま、何を」
齋藤利三が怪訝な表情で聞いた。
「まあ、見ておれ」
光秀は紐で、卓と椅子二脚を結び始めた。
「これではおかしいか・・・」
腕組みして唸った。
光秀のその様子を、五郎作はニヤニヤしながら、時には噴き出しながら見ていた。
「五郎作、そなたなら上手くできるのではないか。やってみろ」
五郎作はすぐに卓や椅子の脚を紐でつなぎ始めた。
「順番がヤヤッコシイですが、おらは最初に形をつくり、それを解きながらどうすればいいのかを覚えました」
皆訳が解らず、五郎作の手元を見ていた。
五郎作は、卓と椅子をつなぎ終えると、紐をゆっくりと引いた。離れていた卓と椅子がくっついて人の形になった。巨大な木偶でくが地面にいた。
こうしてみると、信長専用の椅子の豪華な背もたれが、顔のようにも見えた。
「その紐を緩めて、卓と椅子をいつも通りに並べて置くこともできるな?」
「ええ」
五郎作は紐を元に戻した。だが紐はつながったままだった。
「紐は二本使用したか?」
「はい。一本は木偶の身体を持ち上げ、もう一本で右腕を動かします」
「これは外からでも操る事ができるか?」
「できますとも」
光秀の問いに五郎作は胸を張って答えた。
「紐は何処から通したのだ。上の窓か?一旦は梁に通したな」
「もう一か所、穴のあいたところがあります」
「それはどこに?この光秀も知らなかった」
「茶室の水回りのところに」
「あっ」
「信長さまが顔を洗った水のはけ口です。一旦天井の梁に通したあと、其の穴に通して、床下にあるその水の出口で・・・」
「操ったのだな?」
五郎作は肩をすぼめ、申し訳なさそうに頷いた。
「昨夜と同じように動かしてみろ、五郎作」

五郎作、信長撲殺を再現する。

五郎作は二本の紐を梁に通し、引き始めた。紐は一度椅子の脚に巻かれているだけなので、紐を引くごとに、二つの椅子がピタリと合わさっていき、卓がそれにくっついた。更に紐が引かれると、もう二つの椅子が卓の左右に近つき、最後に信長専用の椅子が卓の端についた。
あっと言う間に、五脚の椅子と一つの卓が、木偶の頭と胴と手足になった。
「滑りがよくなるように、油も塗っておきました」
五郎作は更に力を込めて紐を引いた。
ギッ、ギッ、ギイイ。巨大な木偶がゆっくりと立ち上がった。
「おおっ」
一同が歓声とも悲鳴ともつかない声を挙げた。
木偶の身体は左右に揺れた。まるで大男がのっそりと歩いているようだった。
その不気味な動きに、近くにいた者は、皆一斉に後退した。
「こ、これは」
「これが信長殿の暗殺者の正体だ」
光秀は静かに言った。そして思った。
信長が安土城で綿貫与四郎に作らせようとした武器は、もっと精巧で動きも滑らかであったろう。五郎作の作ったこの木偶は、単に椅子と卓の組み合わせだが、信長が作ろうとしていた武器と父を同じくする兄弟、いや優秀な父には到底及ばない愚鈍の息子だ。寝付いたばかりの信長は暗い蝋燭の灯りの中、これを見て、「其方は斎藤義龍か」と叫び、斬りかかっていったのだろう。
斎藤義龍は六尺五寸の大男だった。生母が大柄だった。
木偶の腕が上がった。光秀は斬りかかっていったが、どうにもならない。
ギッ、ギッ、ギイイ。木偶の腕が頭上から一気に振り降ろされた。
「おっと」
光秀は危うく殴られそうになった。
木偶は、紐を引っ張ったり、緩めたりすることによって動く。暗い御殿の中、寝間着姿のままで、刀を遮二無二振り回す信長。何と滑稽で哀れな姿だったろう。
信長が木偶に撲殺される場面を光秀は思い描いた。

密室 本能寺の変 (祥伝社文庫)

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