魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

風野真知雄『密室本能寺の変』(その一)

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岐阜県可児市兼山の可成寺にある森蘭丸・坊丸・力丸の墓。ウィキメディア・コモンズより。

表題の作品につきまして、一天一笑さんから紹介記事をいただきましたので掲載します。どうかよろしくお願いいたします。


はじめに

風野真知雄『密室本能寺の変』(祥伝社)を読了して。
時代小説のベテラン風野真知雄が、満を持して送る長編歴史ミステリー小説です。
日本史ファンならば、誰でも知っている本能寺の変。信長はどの様な方法をもって、誰に殺されたのか。第一部では美濃5万石の大名となっている小姓頭の森蘭丸、第二部では明智日向守光秀が語り手として謎解きに挑みます。
そして、二人の間にしかわかり得ない、お互いに対する嫌悪感、妬みからくる憎悪の心理が生き生きと描かれています。
そして、信長殺害の容疑者?として、博多の豪商鳥井宗室、公家の近衛前久や花山院高雅、黒人奴隷の弥助、冴えない寺男の五郎作(細工師綿貫与四郎の不肖の息子)、本能寺の住職・日承上人たちの言い分。
どこでどの様な理由で恨まれるかわからない人生の落とし穴の存在。とにかく信長は、本人にとっては些細な事でも恨まれるには事欠かない、そんな人物像が見て取れます。

1582年(天正10年)5月30日:本能寺

森蘭丸は、不安で一睡もできずにいた。これでは余りにも警護が手薄過ぎる。
主君織田信長は、昨日安土城を出て雨中二十里(約80キロ)離れた本能寺に入った。
供の人数は、小姓を中心に僅かに30人であった。これは在り得ない。
勿論信長の小姓と言えば、眉目秀麗な上に腕に覚えのあり、イザという時は身を挺して主君を守る忠誠心を持つ、二十歳前後の若者たちではあるが・・・。
何故戦の時に、十倍の敵を蹴散らす馬廻り衆を連れて来なかったのだろう。
現に、1570年に信長は甲賀衆忍びの杉谷住坊に鉄砲で狙撃されたが、奇跡的に一命をとりとめている。それ以後信長の身辺警護には万全を期していたのに・・・。
上様らしからぬこの不用心さはどうしたことだろう。
勿論蘭丸は、安土城を出発する信長に尋ねた。
「上様、まさかこれだけの人数で京に入るのですか」
「さよう」
信長の返事は常に短い。
蘭丸はそれ以上何も言えなかった。実際、日蓮宗の本能寺の創立は、1415年と古い。その上、信長は本能寺を宿坊とするに当たって改装し、要塞化した。堀を広げて深くして、掘った分の土を内側に土塁のように高く盛り上げた。門は正門と裏門の2つだけにした。いまや下手な砦よりも防御力は高くなったが、城よりは脆い。
昨夕蘭丸は、本能寺に到着するとすぐさま、本能寺の防備を確かめた。雨の中、傘もささずに、境内を廻った。何処にどれだけの小姓と兵士を配置すれば信長暗殺を防げるだろうかと考えた。
京が信長軍で溢れていた昨年の馬揃えの時とは、事情が違うのだ。
まず信長のすぐ脇に二人、背後に二人、文字通り我が身を盾として信長の身を守るのに最低四人要る。信長が寝起きする御殿にいるか御堂にいるかで警備体制は異なるが、建物の入り口に六人、さらに建物の様子を外から見張るのに十人要る。本能寺の表門裏門に五人ずつ十人。それから、広大な本能寺の境内全域の巡回警備に十人ずつ二班。
締めて五十人は要る。どうしても人員不足だ。しかも、護衛も食事や休憩が必要だから、交代要員を入れると、倍の百人は必要となる算段だ。全く足りない。
蘭丸は、溜息をついた。だが何とかして上様を守らなければならない。
まず、京都所司代村井貞勝に急遽家来を四,五十人程寄越してもらうよう、小姓を走らせた。これで締めて七、八十人は確保できたが、まだまだ不足だ。
黙考するうちに閃いた。信長も多額の寄進をしている本能寺ならば、比叡山延暦寺のような僧兵がいるかもしれない。僧兵が味方してくれたら頼りになるだろう。よし、住職に掛け合ってみよう。近くにいた僧侶に、日承上人に会わせてくれと言った。
「ご住職さま」
「これは蘭丸さま、お久しゅうございます」
「実はこの度の滞在中、信長さまの警護にご協力いただけませぬか」
「拙僧も、この度は随分少ない人数でのご上洛と驚いておったところです。わかりました。当寺の屈強な若い僧を中心に警護させることにいたしましょう」
「それは助かります」
僧兵たちに境内を巡回警備してもらうことが可能であれば、小姓達は信長の身辺警護に
集中できる。僧兵が加わって、信長警護の総人数は百十人ないし百三十人となった。だがまだ足りない。
最後に、妙覚寺の中将信忠様に、上様が本能寺に滞在中だけ百人程廻していただきたいと申し出、承知したとの返事を得た。
これで信長の本能寺滞在中の警備プランは完成した。見張りの体制は整った。締めて信長警護に必要な二百人ないし二百三十人前後の人員は頭数が揃った。
蘭丸は、御堂の一室で胡坐をかき、信長が眠る御殿の方に目を凝らした。
取り敢えずは安心だが、戦を続けてきた信長は何処で敵を作っているかわからない。
誰にどの様な理由で狙われるのか予想が付かない。
蘭丸は、温和な表情をした日承上人が、野望を秘めたような、山犬のような目の光を宿していたことをすっかり忘れていた。
一晩中、大粒の雨が降っていた。(続く)

密室 本能寺の変 (祥伝社文庫)

密室 本能寺の変 (祥伝社文庫)