魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

(日本語訳)エドガー・アラン・ポー「メッツェンガーシュタイン(Metzengerstein)」

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オムニバス映画『世にも怪奇な物語』(1967年、フランス・イタリア)の第一話「黒馬の哭く館」(原題「メッツェンガーシュタイン」)中のジェーン・フォンダとフランソワーズ・プレヴォー。インターネット・ムービー・データベースより。

テキストはグリスウォルド編『エドガー・アラン・ポー最新作品集』第一巻(1850年)のヴァージョンに拠る。なお創元推理文庫版『ポオ小説全集』第一巻所収の訳文(小泉一郎教授訳)は『アラベスクとグロテスクの物語』(1840年)のヴァージョンに基づいており、以下の小生の訳文との間に多くの異同がありますのでご注意ください。原文はこちら


生前はあなたの疫病神だったこの私、死後はあなたの死神となる。――マルティン・ルター

それは実体のない仮の姿に過ぎない。

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ブレーメンに生まれ、サンフランシスコで活躍したグラフィック・デザイナー、ウィルフレッド・サティ(Wilfried Sätty, 1939 – 1982)による挿画。professorhswaybackmachine.blogspot.comより。

恐怖と変死ファタリティとはいつの世も随所にはびこってきた。だからこの物語に日付を附する必要はない。ここではただこの物語の当時、ハンガリー国内では「転生思想」に対する隠然とした、とはいえ確固たる信仰が行なわれていたことだけを記すにとどめる。この「転生思想」そのものの虚構性、もしくは蓋然性についてはここでは論じない。だが私としては、われわれの不信の多くは(ラ・ブリュイエールが万人の不幸について述べているように)「われわれが孤独に耐えられないことから来ている」と言いたい。*1
とはいえこのハンガリーの迷信には相当馬鹿げた点が幾つかあって、東洋の本家オーソリティの説とは本質的に遠くかけ離れていた。たとえば、ある知的で鋭いパリジャンの言葉を借りるならば、ハンガリー説では「霊魂が触知できる肉体に宿るのは一度きりで、その後、馬やら犬やら人間やらのかたちを取る場合、それらはいずれも実体のない仮の姿に過ぎない」のである。

隣人が友人であることは稀である。

メッツェンガーシュタイン家とベルリフィッツィング家とは何世紀にもわたって対立してきた。これほどの名家同士が互いを不倶戴天の敵と見なし合ってきたことはかつてなかった。両家の不和の由来はある古い予言にあるらしかった。いわく「騎手が愛馬を制するごとく、メッツェンガーシュタイン家の限りある命がベルリフィッツィング家の不死の命を制覇する時、ある高貴なる名が恐るべき失墜を遂げるであろう」
この予言自体にはほとんど、というよりもぜんぜん意味がなかった。しかしながら近年、これよりつまらない原因からひとしく重大な結果が生じた例がある。またこの隣接する両家は、あるごちゃごちゃした統治に関する諸問題において、久しく相拮抗する影響力を行使してきた。あまつさえ、隣人が友人であることは稀である。ベルリフィッツィング家の高い城壁からはメッツェンガーシュタイン家の窓を見ることができ、こうして窓の内部に見出された封建的豪奢以上のものは、富においても年季においても劣っているベルリフィッツィング家の人々の反感を掻き立てた。それゆえこの予言が、いかに阿呆らしくとも、うから先祖伝来の嫉妬心を刺激されるたびに衝突する傾向にあった両家を反目の状態に維持したのは何ら不思議なことではない。この予言は、もし何かを意味するとすれば、すでに優勢な一族が最終的に勝利することを意味すると見られ、当然ながら、より劣勢な一族がより激しい敵意を燃やす一因となっていた。
ベルリフィッツィング伯ウィルヘルムは高貴な生まれだが、この物語の頃には一介の好々爺で、ただメッツェンガーシュタイン家に対して度を過ぎて執念深い個人的嫌悪感パーソナル・アンティパシーを持っていたことと、馬と狩りとが大好きで、肉体的非力や高齢や知的無能力にもかかわらず、日々危険を冒して狩猟に参加していたこと以外、特記すべき事実はない。

時計の振り子はより深い意味を帯びて揺れる。

これに対してメッツェンガーシュタイン男爵フレデリック は未成年だった。彼の父親であるG大臣は若くして亡くなり、母親のメアリー夫人も時を経ずして後を追った。フレデリックは当時十八歳だった。都会では十八年という歳月は短い。しかし地方では――特にこのハンガリー王国のように高山峨々たる地方では、時計の振り子はもっと深い意味を帯びて揺れているのである。
父親の統治に付随したもろもろの特別な事情により、この若者は父親の死後、ただちにその全財産を相続した。ハンガリー貴族がこれほどの富を所有するのは稀であった。彼は無数の城を受け継いだが、そのうち美しさと規模の点で冠たるものは「メッツェンガーシュタイン城」と呼ばれていた。彼の領土の限界は一度も確定されたことがなかったが、彼の支配は外周約八十キロメートルの範囲におよんでいた。
かくも若く、かくもその性分が世に知れ渡っている後継者が、かくも莫大な富を相続するに当たって、これをどう使うかについては、ほとんど人のくちにものぼらなかった。そして実際、わずか三日のあいだに、この跡取り息子は外道中の外道*2とも言うべき振舞いにおよび、それは彼のもっとも熱烈な信奉者たちの期待をはるかに上回るものであった。酒池肉林の破廉恥行為。言語道断の背信行為。前代未聞の残虐行為。これらのものが彼の震え上がった家臣たちの頭にすばやく叩き込んだものは、使用される側がいかに卑屈に媚びへつらい、使用する側のいかなる良心の機微に訴えようと、今よりのち、この悔い改めることを知らない小カリグラの毒牙と対峙するなら、身の安全はまるで保証されないだろうということだった。四日目の夜にはベルリフィッツィング家の厩舎が炎上した。それで隣人たちの一致した意見によって、男爵のすでに恐るべきものであった凶状リストに放火の罪が付け加えられた。

彼は見れば見るほど魅せられた。

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パオロ・ウッチェロ「サン・ロマーノの戦い(フィレンツェ軍を指揮するニッコロ・ダ・トレンティーノ)」。ウィキメディア・コモンズより。

もっともこの事件によって引き起こされた騒動の最中、この青年貴族自身は、メッツェンガーシュタイン城の上階の広く寂しい一室で、ひたすら物思いにふけっているように見えた。部屋の四壁には絢爛たる、とはいえ年古りて色あせたタペストリーが陰鬱に垂れ下がっていて、そのおもてにはあまたの名だたるご先祖様たちの勇姿がおぼろげに描かれていた。ここでは、アーミンの毛皮を着けた司祭や高位の聖職者らが、最高権力者や独裁者たちと仲よく腰かけて、世俗の王の願いをはねつけたり、魔王アーチ・エネミーの反乱を教皇至上命令によって弾圧したりしていた。あそこでは、背が高くて色の黒いメッツェンガーシュタイン家の諸侯が――彼らの精悍な軍馬は倒した敵の亡骸カーカスの上を飛び越えながら――その精力旺盛な姿によって、これを観るもっとも肝の据わった人物をも驚倒せしめた。そしてまたここでは、そのかみの貴婦人たちの白鳥のごとき艶姿あですがたが、耳には聞こえない音楽に合わせて、幻のダンスの迷路メイズの中をさまよっていた。
だが男爵が次第に高まりゆく隣家の厩舎の喧噪に聴き入るか、聴き入るふりをしているうちに――さもなくば、おそらくはもっと斬新な、もっと思い切った悪行の計画を練っているうちに――彼の目はわれ知らず、ある不自然な色をした巨大な馬の姿に向けられ、それは彼の宿敵の一族の祖先であるところの一人のサラセン人の所有であることが絵に示されていた。馬自身は絵の前景に横向きに突っ立っていて、そのうしろでは敗北を喫した騎手がメッツェンガーシュタイン家の者の凶刃ダガーたおれていた。
みずからの視線がおのずと注がれた先に気がついた時、フレデリックは唇に凶悪な笑みを浮かべた。だが彼は目を離さなかった。それどころか、彼はみずからの五感の働きを鈍化せしめるかに見えるこの圧倒的な誘惑が理解できなかった。自分が覚醒しているという意識と、この夢みるがごとき非合理的インコーヒレントな感覚とを両立させることは困難だった。彼は見れば見るほど魅せられ、このタペストリーから目が離せなくなる気がした。だが外の騒ぎが急に激化したため、彼は強いて目を離して、隣家の火事で紅く染まった窓を見つめた。
とはいえその動作は一瞬で、彼の視線は機械的カニカルに壁へと戻った。するとその間に、あの馬の頭部の位置が変わっていた。以前はうつぶせに倒れた騎手の上に、これを憐れむかのごとく傾けられていた馬の首が、今はぴんと伸びて、これを観ている者の方を向いていた。以前は無かった目がこちらを見ており、それは人間的な力強い表情を帯びて、異様な赤さで爛々と輝いていた。明らかに激怒している馬の膨れ上がった口からは気持ち悪い歯の全部がむき出しになっていた。
恐怖に呆然として、彼はドアの方へとよろめいた。ドアを開け放つと、紅い光が部屋に差し込み、揺れ動くタペストリーの上に彼の影を鮮明に投射した。彼は敷居の上で少しふらついた際、その影がベルリフィッツィング家の祖先に当たるサラセン人を刺し殺したばかりの得意げな、血も涙もない自分の祖先の絵姿に寸分違わず重なっていることに気がついて慄然とした。

「この馬は命拾いをした証拠に火傷を負っているからです」

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poeteiro.comより。

滅入った気分を変えようとして、男爵は急いで外に出た。城の正面玄関プリンシパル・ゲートで、彼は三人の厩舎員たちと出会った。非常に難儀して、命を危険にさらしながら、彼らは炎の色をした、巨大な暴れ馬を取り押さえていた。
「誰の馬だ。どこで手に入れた」と不機嫌そうなしわがれ声ハスキー・トーンで尋ねた男爵は、今目の前にいる獰猛な動物が、あのタペストリーの中の謎めいた馬の相似形カウンターパートであることにすぐに気がついた。
「これはあなた様のものです」と厩舎員の一人が言った。「少なくとも、他に所有者オーナーを名乗る者はおりません。われわれはこの馬がベルリフィッツィング家の炎上している厩舎から、全身に汗をかき、湯気を立てながら逃げてくるところを捕らえたのでございます。われわれはてっきりこれが伯爵家所有の外国産の馬の仲間だろうと思い、迷い馬として連れ戻したのですが、あそこの厩舎員たちはこの馬に見覚えがないと申します。妙な話で、なぜならこの馬は命拾いをした証拠に火傷やけどを負っているからです」
「馬のひたいにW. V. B. の烙印がはっきりと見えます」と二人目の厩舎員が割って入った。「私はもちろん、これがウィルヘルム・フォン・ベルリフィッツィングの頭文字イニシャルだと思いました。ところが城中の誰もがこんな馬は知らないと断定的ポジティヴに申すのです」
「おかしなこともあるものだ」考えごとに気を取られながら、見たところ自分でも何を言っているのかわからない様子で、若い男爵は言った。「これはお前の言う通り、実に見事な馬だ――桁外れの馬だ。しかも、まさしくお前の言う通り、実に猜疑心の強い、御しがたい馬だ。だが、これは俺の馬にしよう」彼は少し考えてから付け加えた。「おそらく、メッツェンガーシュタイン家のフレデリックのような騎手ならば、ベルリフィッツィング家の馬小屋から来た悪魔でも乗りこなせるかも知れない」
「殿、それは違います。先ほども申し上げたかと存じますが、これは伯爵家の厩舎から来た馬ではございません。でなければ、あなた様の御前プレゼンスに連れて来たりは致しません」
「なるほど」と男爵は素っ気なく言った。ちょうどその時、彼の寝室付きの小姓が顔を真っ赤にして飛んできた。彼は主人の耳もとに口を近づけて、ある部屋のタペストリーの小さな一部分が突然消失したことを告げ、さらに微に入り細を穿って報告を始めたが、この後半は低い声で話し合われたので、厩舎員たちの激しい好奇心を満たすような内容は何も漏れ聞こえなかった。
若いフレデリックはこの会話中、様々な想いで動揺しているように見えた。しかし彼は間もなく落ち着きを取りもどし、「その部屋に今すぐ鍵をかけて、その鍵を俺によこせ」と厳しく言いつけた時、彼の顔は毅然たる悪相を呈していた。
「ベルリフィッツィングの老狩猟家の惨めな死に様をご存じですか」と家臣の一人が語りかけた時、小姓はすでに去って、男爵が自分のものとすると決めたくだんの巨大な馬は、メッツェンガーシュタイン家の城から厩舎へと続く長い道のりを、旧に倍する獰猛さで飛んだり跳ねたりしながら連れて行かれるところだった。
「いや」男爵は咄嗟に家臣の方を振り返った。「死んだだと?」
「死にました。この知らせはメッツェンガーシュタイン家にとって、必ずしも悲報ではあるまいと存じますが」
男爵の顔を微かな笑みがよぎった。「どんな死に方をした?」
「無謀にも狩猟用の愛馬を何頭か救おうとして、炎に巻かれたのです」
ほんとーインディード!」と、あたかもある刺激的エキサイティングな考えが当を得ていることをゆっくりと心に刻みつけるかのように、彼は発音を引き伸ばした。
本当インディード」と家臣が繰り返した。
最悪ショッキング!」男爵は小声でそう言ったきり、無言で城に帰った。

心優しい人々は彼の悪逆非道な振舞いを忘れていた。

この日から、フレデリック・フォン・メッツェンガーシュタインの外面的な行動に、目立った変化が現れた。事実、彼の態度は彼のすべての信者をして失望せしめ、また娘の嫁ぎ先を探している多くの母親たちの期待をも裏切るものであった。彼の生活習慣は、以前にもまして、近隣の貴族社会アリストクラシーのそれと反りの合わないものとなった。彼はもはや自分の領地から一歩も出ず、広い世間に一人の友もいなくなってしまった。とはいえ、それは彼がそれ以降絶えず乗り回していたあの化け物じみた、獰猛な、炎の色をした馬が、彼の友人と名乗る不思議な権利を有していなければの話だが。
それでも隣人たちからは長い間、定期的に、無数の招待状が届いていた。いわく「男爵には何とぞわれわれの饗宴に臨席プレゼンスを賜りたく」「男爵は私たちと一緒にいのしし狩りをお楽しみなさいませんか」――これに対して「メッツェンガーシュタインは狩猟をしない」「メッツェンガーシュタインは出席しない」というのが彼の簡潔にして無礼千万な回答だった。
このような度重なる侮辱に、気位の高い貴族たちが耐えられるわけもなく、さような招待は次第に素っ気なくなり、回数も減り、そのうち全然来なくなってしまった。これについて、あの不幸なベルリフィッツィング伯の未亡人は「メッツェンガーシュタイン男爵は、同類とつどうのが嫌なのだから、家に居たくない時も家に居ればいい。彼は馬との付き合いソサエティの方を好むのだから、馬に乗りたくない時も馬に乗っていればいい」とさえ言ったと伝えられたが、これは確かに先祖伝来の癇癪玉の愚かしい破裂に過ぎず、ただわれわれが通常よりも何か強いことを言おうとすると、往々にして何が言いたいのかわからないことを言ってしまうという奇妙な一例を示しただけだった。
にもかかわらず、心優しい人々は、この青年貴族の行動変容を、彼が若くして両親を亡くしたことによる無理もない悲しみのせいであるとしたが、彼らはこのように言う時、彼が両親と死に別れた直後の数日間、いかに悪逆非道に振舞ったかを忘れていた。そして中には実際、彼が若くして爵位と莫大な富とを手に入れたことで過度に思い上がっていると言う者もいた。また他には(男爵家の侍医など)彼の病的なうつ傾向と遺伝的な精神疾患とに言及することをためらわない者もいた。また一般には、呪いだの祟りだのといった、もっと怪しい性質の暗いヒントが流布していた。

この馬の人を射すくめるような、一瞬の鋭い視線。

実際、男爵のこの新しい馬に対する異常な愛着――この馬の悪鬼のごとく凶暴な性質の新たな見本が示されるたびに新たな力を獲得するかに見える愛着は、すべての分別ある人間の目に、普通ではない、おぞましいものと映るようになった。昼の日盛りも――夜のしじまも――病める時も健やかなる時も――晴れた日も荒れた日も――若い男爵はこの巨大な馬のサドルの上に釘づけになっているようで、彼はこの荒くれ馬とそれほど気が合うのだった。
その上、幾つかの事実が、その後の出来事とともに、騎手の偏執マニアと馬の能力とに対して、ある常軌を逸した凶々まがまがしい性格を与えることとなった。馬の一跳躍の距離が正確に測定され、それはいかなる馬鹿げた予想をもはるかに上回るものであった。一方、男爵は彼の馬のコレクションのうち、他の馬にはそれぞれの特徴に合った呼び名を付けていたが、この馬にだけは名前を与えなかった。またこの馬の馬小屋は他の馬のから離れた場所に設けられていて、グルーミングやその他の必要な世話オフィスについては、これを敢行するのは所有者オーナー自身に限られており、他の者はこの特別な厩舎に近づくことさえ許されなかった。更に問題視すべきは、この馬がベルリフィッツィング家の火災から逃げてきたところを取り押さえた厩舎員たちは、鎖の馬勒チェーン・ブライドル輪縄わなわとを使って馬の逃走を阻止することに成功したにもかかわらず、その危険な騒動の最中、あるいはその後のいかなる期間にも、その馬体に実際に手を触れたと確信を持って言える者が三人のうちに一人としていなかったことであった。高貴な血統の馬がその立居振舞いに優れた知能を示す例は珍しくないが、ただこの馬には迷信などとはおよそ無縁な、もっとも粘液質フレグマティックな人々をさえ力ずくで納得させる幾つかの事実があった。たとえばこの馬の恐ろしい地団駄スタンプに殺気を感じて、周りを取り囲んでいた群衆が恐怖に息を呑み、後退あとずさりすることがあったり――この馬の人を射すくめるような、一瞬の鋭い視線に血気盛んな男爵の顔が青ざめ、腰が引けることもあると言われた。

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チェーン・ブライドルを装着した白馬のフィギュア。truevintageantiques.comより。

とはいえ男爵の周囲の者のうち、誰もが彼のこの悍馬かんばに対する強い愛着を疑わない中で、少なくともただ一人だけ例外がいた。それはある不様で醜い低身長の小姓であって、彼の体は全部が不格好で、彼の意見に耳を貸すものなどほとんどいなかったが、彼は(彼の意見が仮にも言及に値するならば)「ご主人様はあの馬のサドルに飛び乗る時、いつもほとんどわからないくらい微かに、理由のない身震いをしていらっしゃる。そしていつものように遠乗りから帰っていらっしゃると、ご主人様は勝ち誇ったような意地悪な表情で、顔のあらゆる筋肉がゆがんでいる」などと主張してはばからなかった。

摩訶不思議な光が生じて大気に染みわたった。

ある嵐の夜、深い眠りから目をさましたメッツェンガーシュタインは、狂おしく階下へ駆け下りると、大急ぎで馬にまたがり、森の迷路メイズの中へと飛び込んでいった。それ自体は別に珍しいことでもないので誰も気にとめなかったが、彼がいなくなってから数時間後、家の者ドメスティックたちが彼の帰りを切実に待ちわびていたのは、大規模な火災により、濃密に発生した青白い炎の影響で、壮麗なメッツェンガーシュタイン城が音を立てて基礎からぐらついていることがわかったからだった。
火は最初に発見された時点で既に手の付けようがなく、建物のいかなる部分を救おうとする努力も所詮は空しいことが明らかだったので、度肝を抜かれた隣人たちは、その周囲になすすべもなく無言で立ち尽くすばかりだったが、それほど同情してもいなかった。ところが人々の目はやがて新たに現れた恐ろしい見ものに釘づけとなり、一人の人間の苦境の方が、命なき建築物のいかなる惨状よりもこれを目撃した者の心をはるかに強く揺さぶるものであることをまざまざと示した。
森からメッツェンガーシュタイン城の正門メイン・エントランスにかけて、古いオークの樹が立ちならぶ長い一本道を、乗馬帽を吹き飛ばされ、乗馬服も乱れている一人の騎手を乗せた一頭の馬が、疾風を追い越す勢いで駆け抜けてきた。
騎手自身、暴走をいかんともしがたいのは明らかだった。彼の顔に現れた苦悶の表情と、彼の手足の狂おしい動きとは、懸命の努力が払われている証拠エビデンスだった。極度の恐怖に噛みしめられ、噛み裂かれた唇からは、ただ一度だけ悲鳴が漏れた。炎と風との咆哮の上に、蹄の音が高らかに鳴り響いた。次の瞬間、馬は城門と堀とをたった一度の跳躍で突破クリアして、城内の崩れかけた階段を駆け上がり、騎手もろとも渦巻く火の混沌カオスの中へと消えた。
風がぴたりと止んで、死のような沈黙が後に続いた。城全体はなおも白い炎に包まれながら、魔訶不思議な光が生じて遠く静かな大気に染みわたり、それと同時に城壁の上にどっしりと居座った煙で出来た巨大な雲は紛れもなく一頭ののかたちをしていた。

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バイアム・ショーによる挿画。ウィキメディア・コモンズより。

 

ポオ小説全集 1 (創元推理文庫 522-1)
 

*1:原注:ルイ=セバスチャン・メルシエは『2440年』の中で、私同様、「転生思想」を大真面目に支持している。アイザック・ディズレーリは「これほどシンプルで、理解しやすい思想システムはない」としている。「グリーン・マウンテン・ボーイズ」のイーサン・アレン大佐もまた「転生思想」を信じていたと言い伝えられている。

*2:訳注:原文「暴君ヘロデ以上に暴君ヘロデぶる(out-herod Hero)」。シェイクスピアの『ハムレット』中の台詞から生まれた慣用句。ポーの好む言い回しの一つ。「赤い死の仮面(The Masque of the Red Death)」参照。