魔性の血

拙訳『吸血鬼カーミラ』は公開を終了しました。

(日本語訳)エドガー・アラン・ポー「ライジーア(Ligeia)」

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「ライジーア」。 Abigail Larsonさんがdeviantart.comに投稿した画像。元画像はこちら

「夏休み特別企画」などと称して、前のブログにポーの「エレオノーラ」を訳載したのは、確かリーマン・ショック後の大不況の頃だったかと記憶します。「エレオノーラ」「モレラ」とご紹介してきましたので、今回は「ライジーア」と参りましょう。作者自身の言うところの「自己ベスト」であり、かのD. H. ローレンスもまた絶賛(?)を惜しまなかったポーの「ライジーア」。どうぞお楽しみください。なおテキストはウィキソース版に拠り(一箇所だけ他の版に拠る)、原文イタリック体の箇所を太字で示しております。適当にパラグラフに分けて見出しを付けたのは訳者です。お許しを。


そうしてそこに意志があり、これは滅びることがない。誰が意志の力とその神秘とを知ろうか。なぜなら神そのものが、その熾烈な天性によって、万象に行き渡る一つの偉大な意志に他ならないからである。人間は、その意志の薄弱による以外、決して天使らにも、また死にも、完全にみずからを明け渡すものではない。――ジョセフ・グランヴィル

 

いつ、どこで、どのようにして

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アーサー・ラッカムによる挿画。ウィキメディア・コモンズより。

いつ、どのようにして、また正確にはどこで、ライジーアと付き合い始めたのか、俺には何としても思い出すことができない。長い時が経ち、俺の記憶は多くの心労でいたんでいる。さもなければ、それはこれらの点が今は思い出せないほど少しずつ、ひそやかに、そして着実に、彼女の性格や、博識や、風変わりではあるが物静かな美の血筋カーストや、はたまた低い声と音楽的な言語ランゲージとによって聴く者を魅了する彼女の話術エロクエンスが、俺の心の中に入り込んで来たということなのかも知れない。ただ確かなのは俺たちがライン河畔のある古びた大きな街で出会って、そこでもっとも頻繁に会っていたことである。彼女の一族については確かに彼女の口から聞いたことがある。それが非常な旧家であることは疑いの余地がない。ライジーア、ライジーア!他のどのような学問よりも外的事物の印象を滅却するのに向いている学問に携わりながら、俺はこのライジーアという美しい名を以ってのみ、今は亡きひとの面影を眼前に蘇らせることができる。そして今、これを書きながらふと気づくのは、わが友にして婚約者であり、わが共同研究者でもあり、遂にはわが最愛の妻となった女のを、俺がぜんぜん知らなかったことである。それは彼女の側のいたずらだったのだろうか。この点について俺に詮索させないことで、俺の愛の強さを試そうとしたのだろうか。それともこれを問いたださなかったのは俺の気まぐれだったのか。愛の神殿に捧げるロマンティックな供物というわけだったのだろうか。俺はこの事実自体、漠然としか思い出せないのだから、その原因や結果であるところのもろもろの事情が思い出せなくても不思議あるまい。そしてロマンスという名の精霊が、あるいは偶像崇拝エジプト人たちがあがたてまつっていた霧の翼を持つ蒼白の女神アシュトフェットが、伝承のごとく、不吉な結婚を取り持っていたのならば、この女神は疑いもなく、俺の結婚をも取り持ったのである。

戯れるえくぼ、物を言う色。

しかし俺の記憶に誤りがない大事な点が一つある。それはライジーアの身体的特徴である。彼女は背が高く、いささか痩せていて、晩年は骨と皮だけになってしまった。彼女の物静かで、落ち着いた、しかも威厳のある態度は言葉で伝えるのが難しい。彼女の不可解なほど軽く、しなやかな歩き方もまたいわく言い難い。彼女は影のごとく来たり、影のごとく去った。彼女がその白い手を俺の肩の上に置き、低い声で俺にささやきかけるまで、俺は彼女が俺の閉め切った勉強部屋に入ってきたことに気がついたことが一度もなかった。顔の美しさにかけては、彼女に匹敵する女はいなかった。それは阿片の幻覚の中で出会う顔、デロスの娘たちが睡眠中にしばしば目撃した顔よりももっと神的で、とても実在するとは信じられないものの、見ていてうっとりとさせられる夢の中の顔であった。とは言えライジーアの顔は、われわれキリスト教徒が異教徒たちの古典的美術作品において、通常賞賛するように誤って教育されている如何なる類型にも属していなかった。ヴェルラム卿ベーコンは、あらゆる美の形態と種別とについて正しく論じながら、このように言う、「すべての格別な美しさは、その均整プロポーションにおいて、常に何らかの奇妙さを有している」と。しかし俺は彼女の目鼻立ちが古典的な均整美に則ったものではなく、しかもその美しさが「格別」であると認識し、しかもそこには全体として大変な「奇妙さ」が感じられたにもかかわらず、その不均整な点を見破ることも、俺が感じた「奇妙さ」のってきたるところのものを完全に突き止めることも出来なかった。俺はまず彼女のひたいのかたちを吟味し、それは申し分がないと言って済ませられるものではなくて、ライジーアのひたいとはすなわち抜けるほど白い肌の、凛とした広がりと落ち着きとを兼ね備えた、こめかみの上の優雅な隆起であった。また俺は彼女の頭髪を見て、それは艶やかで豊かな黒髪で、生まれつきカールしており、佳人の髪の形容としてホメロスが用いた「ヒヤシンスのような」という表現がよく当たっていることを明らかにしていた。俺はまた彼女の鼻の繊細な輪郭を打ち眺め、それと同程度に完璧なものを俺はヘブライ円形浮き彫りメダリオンでしか見たことがなかった。彼女の鼻はそれと同程度にすべすべで、同程度に少し鉤鼻に近く、同程度に形のそろった鼻の穴が、奔放な精神を物語るようにそこにあいていた。彼女の口もとを見ると、そこには絶妙なるもののすべてがあった。ちょこんと突き出した上唇、淫らにまどろんでいる下唇。戯れるえくぼ、物を言う色。歯は驚くほど白く、彼女が静かに、浮かれず、それでいて他のどんな女よりも明るく笑う時に、光り輝くのだった。俺はまた彼女のあごの形を注視し、そこにもギリシャの高貴と寛容、優雅と威厳、充実と精神性とを見出して、それはアテナイの子、彫刻家クレオメネスに、アポロンが夢の中でだけ明かした形だった。そうして俺はライジーアの目をのぞきこんだ。

俺は発見の情熱に取り憑かれた。

目については、これと比較対照すべき古典的なモデルが無い。ベーコンが言及した美の秘訣は、俺の妻の、おそらくこの目の部分にあったのだと思う。ライジーアの目はわれわれ西洋人の通常の目の大きさよりもはるかに大きかった。それはヌルジャハドの谷に住むガゼルの目を持つ部族の中で、最もつぶらな目をした女の目よりももっとつぶらだった。とは言えそれが目立つのは彼女が激しい興奮状態にある時だけで、そんな時の彼女の美しさがこの世の人間以上、もしくはこの世の人間以外の、たとえばイスラム教徒たちが言い伝えている天女フーリーの美しさを想わせたのは、あるいは俺自身の興奮状態のせるわざだったかも知れない。瞳の色は輝く黒で、そこからずっと上の方に、これまた同じ色のまつげが伸びていた。眉毛は、輪郭がやや不揃いだったけれども、これも同じ色をしていた。とは言え、俺が「奇妙」に感じたのは、彼女の目のかたちや、色や、目鼻立ちではなくて、煎じ詰めれば彼女の目の表情だった。しかしこの「表情」という言葉は意味のある言葉というよりも、ここではどうとでも解釈できる一つの言葉の響きに過ぎず、その背後には精神世界に関するわれわれの無知蒙昧が塹壕をめぐらして頑張っているのである。ライジーアの目の表情!俺はこれについて久しく考え続け、時には真夏の一夜を徹してこれを究めようと空しく努力した。妻の瞳の奧に隠された、デモクリトスの井戸よりも深い秘密、それは何か?俺は発見の情熱に取り憑かれた。彼女の明るい双眸は、俺にとっては双子座の二恒星、俺はその観察に生涯を捧げた一介の占星術*1となった。
心の科学サイエンス・オブ・マインドにおける多くの不可解な変則のうち、諸学派には一度も指摘されたことがなく、それでいてもっとも興味深いポイントとは、われわれが何か久しく忘れていたことを、結局は思い出せないまま、思い出そうとしている時に、われわれは再生可能な記憶のまさに限界にいる自分自身を見出すことがしばしばあるという事実である。俺はライジーアの目を見つめながら、その「表情」の十全なる理解へと接近し、なおも接近しながらも、結局は未達成のまま断念したことが何度あったかわからない。しかも(不思議なことに)俺は世の中のもっともありふれたもののうちにも、彼女の目の「表情」との類似性を持つある集団サークルを見出した。すなわち、あたかも神殿で暮らすかのごとく彼女のかたわらで暮らしながら、俺は次第に、いつでもどこでも彼女の目を見るたびに感じるのと同じ気持ちセンチメントを、この物質世界の多くの存在にも感じるようになったのである。とは言え、俺はこの気持ちセンチメントを、これ以上定義することも、分析することも、しかと見定めることすら出来なかった。俺はこれを急速に伸びてゆく蔓草つるくさに感じた。また蛾や、蝶や、さなぎや、小川のせせらぎにも感じた。海にも、流星にも感じた。また世に稀に見るほど年老いた人々の目にも、また望遠鏡で観る一つか二つの星(特に琴座のベガの近辺に位置する六等星で、変光する二重星)にも感じた。弦楽器が発するある種の音にも、またもろもろの著作の一節にも感じた。他の無数の類例のうち、俺がとりわけよく覚えているのはジョセフ・グランヴィルの言葉で(単にその奇矯さゆえかも知れないが)、俺の心に決まって同じ気持ちセンチメントを抱かせるものがあった。いわく「そうしてそこに意志があり、これは滅びることがない。誰が意志の力とその神秘とを知ろうか。なぜなら神そのものが、その熾烈な天性によって、万象に行き渡る一つの偉大な意志に他ならないからである。人間は、その意志の薄弱による以外、決して天使らにも、また死にも、完全にみずからを明け渡すものではない」
長い時が経ち、また何度も熟考を積み重ねた結果、このイギリスのモラリストの言葉と、妻の性格のある一面との間に、微妙なつながりがあることがようやく俺にもわかってきた。彼女の思想や言動に垣間見られるある烈しさは、一つの旺盛な欲望の結果というか、少なくともその指標インデックスなのであって、その欲望は俺たちの長い結婚生活において、他のもっと直接的なかたちでおもてに現れることは遂になかった。俺が知っているすべての女の中で、いつも静かで取り澄ましているライジーアほど、情熱という名の禿鷹に、心の中をいつも食い荒らされている女はいなかった。俺を悦ばせると同時に怖がらせもした彼女の目の拡大や、彼女のささやきのほとんど奇跡的な旋律や抑揚や明瞭性や冷静度、はたまた彼女が日常的に吐いていた暴言の大変な内容(その吐き方が静かなだけ倍の効果があった)によってのみ、そのような情熱を俺はわずかにうかがい知ることができた。

この悲惨な情景を前にして、俺は呻吟した。

ライジーアの学識については既に書いた。彼女ほど博識な女を、俺は見たことがない。彼女は古代ギリシャ語やラテン語に堪能で、また俺に評価できる限りでは、現代ヨーロッパの諸言語についても正確な知識を持っていた。実際、物知り自慢の学会アカデミーにおいて、ただ正解者が少ないというだけで憧れの的となっていた如何なる難問も、ライジーアはすらすら解いていたのである。わが妻のこの知的な側面が、今になって、何と奇妙な具合に俺の興味を刺激することだろう。彼女ほど博識な女はいないと上に書いた。しかしたとえ男にしても、倫理学、物理学、はたまた数理哲学の広範な分野について、彼女ほど通暁していた者がどこにいただろうか。ライジーアの驚異的な知力を、今ほどはっきりと認識していたわけではなかったけれども、俺よりも彼女の方がはるかに優れていることには充分気がついていたので、新婚当時、俺は自分がかかりきりになっていた難解な形而上学的研究を独力で続けることを断念し、子どものような全幅の信頼をもって、彼女の指導ガイダンスに従うことにした。彼女とともに、世にほとんど顧みられず、全く知られていないと言っていい研究に励みながら、目の前に少しずつ、あっぱれな眺望が展開し、そのはるかにして絢爛たる前人未踏の道をたどるうちに、あまりにも貴重なゆえに禁じられている究極の真理の会得へと、遂には到達するかも知れぬという予感を、大いなる克服感と、心躍る歓喜の念と、もっとも非世俗的な希望とともに、俺は抱懐したのであった。
だからこそ、後年、俺のこの充分に根拠ある期待が水泡に帰したのは返す返すも残念だった。ライジーアがいなければ、俺は暗中模索している無知蒙昧な洟垂はなたれ小僧に過ぎなかった。彼女がそばにいて読解してくれればこそ、俺たちが研究していた超絶論トランセンデンタリズムの多くの謎が、初めて解明可能となるのだった。彼女の炯々たる眼光を欠いた時、金色こんじきに輝いていた文字は鉛色に変わった。そうして俺が吟味している古書のページの上に、彼女がその明るい視線を投げかける機会は次第に稀なものとなっていった。ライジーアは病気にかかったのである。その瞳は爛々と輝き、その白い指先は死蝋のごとく透き通った。そうしてその広いひたいには、ほんのかすかな心の乱れにもすばやく反応して、静脈の青い筋が浮かんでは消えるのだった。彼女がもはや助からないと知って、俺はこの彼女が助からないという考えと死に物狂いで戦った。しかも俺が度肝を抜かれたのは、俺の何倍もの激しさでこれと戦っているのは彼女の方だということだった。自分自身に対して厳格な彼女の性格から考えて、俺は彼女が必ずや従容と死に臨むであろうと考えていたのだが、それは間違っていた。あらん限りの力を振り絞って死に抵抗する彼女の乱心ぶりは筆舌に尽くしがたい。この悲惨な情景を前にして、俺は呻吟した。俺としては慰めてやりたかった。天国への希望を説いてやりたかった。しかし生きること、ただ生きることに執着する彼女にとって、心の癒しだの悟りだのはたわごと以外の何物でもなかった。とは言え最後の最後まで、内面的には如何に心乱れようとも、彼女の外見上の静かな態度が豹変することは遂に無かった。彼女の声はいよいよ低く、いよいよ優しくなっていったけれども、そのように静かに発せられるわけのわからない言葉の意味を、俺はわかりたいとはぜんぜん思わなかった。あの世から響いてくるような声や、そのような声で語られる未知の仮説や大望に、俺は魅せられながらも、理性が脅かされるのを感じた。
彼女が俺を愛していることには疑いの余地はなかったし、彼女のような女が普通の愛し方をするものではないことも、俺には容易に察せられた。しかし初めて彼女の愛の強さが身に沁みてわかったのは、彼女の死期が迫ってからだった。枕もとを去ろうとする俺の手を引き留めたまま、彼女は熱烈な夫婦愛以上の、崇拝に近い感情を、俺に延々と吐露したものだった。俺はそのような告白を聞かされるという幸運に値する男でもなければ、そのような告白を別れ間際になって聞かされなければならないという悲運に値する男でもなかった。しかし俺はこの点についてくどくどと述べる苦痛に耐えない。今はただ、このいわゆる女心などというものをはるかに超えた、極めて不適切な、極めてもったいない愛のうちに、今や風前の灯と言っていい彼女の命に対する執着の原理プリンシプルを、俺はようやく発見したのだとだけ書いておく。生きること、ただ生きることへのこのように強い執着を、俺は言い表わすすべを知らない。

「覇者『蛆虫』(The Conqueror Worm)」

彼女の命日となった日の午前零時、ライジーアは決然と手招きして俺を病床のかたわらへと呼び寄せ、何日か前に彼女が書いた詩を読んでくれと言った。俺は言われた通りにした。こんな詩だった。

ほら 今宵はガラ・ナイト
 わびしい末の世のお祭りの夜
翼ある天使たちの一群が
 泣き腫らした目をヴェールで隠しながら
劇場に座して観るものは
 胸がどきどきする芝居
オーケストラは時折 思い出したかのように
「天体の音楽」を奏します

この無言劇で 神様に扮した役者たち
 ぼそぼそと呟きながら
東奔西走する彼らは
 ただの操り人形 彼らを操っているのは
強大にして姿なき者ども
 背景を目まぐるしく入れ替えながら
天空にその猛禽の羽根をはばたき
 不可視の悲しみを降らす 悪しき者ども!

この道化芝居 それは一度でも目にした者の
 眼底に焼きつく痛ましさ
いたずらに「夢」を追う愚かしい人々の
 手は「夢」に届くことなく
いつもいつも同じ場所へと舞い戻る
 永遠の堂々めぐり
多くの「狂気」と もっと多くの「罪」と
 「恐怖」とが話をつなぐ*2

されど見よ この道化役者の群れに
 割り込んでくるものがある
ステージの隅から 何か真っ赤なものが
 ずるずると這い出して来る
それはのたうち のたうち 役者らは皆
 死の苦しみに息も絶え絶え
血まみれの毒牙を目の当たりにした天使たちは
 さめざめと涙されます

が消えた あかりが消えた すべて消えた
 ピクピクと未だうごめく影の上
弔いの棺衣ポールがさっと落ちかかり
 あっけない幕切れが来て
ことごとく色青ざめた天使たちは
 席を立ち ヴェールを取って 仰せられる
「これぞこれ悲劇『人間』 この劇の
 主役は覇者たる『蛆虫』なのだ」と

「神よ」俺がこの詩を読み終わるや、ライジーアはがばと跳ね起き、発作的に両手を高く差し上げながら、なかば叫んだ。「神よ、聖なる父よ。これらのことどもに例外はございませんか。この『覇者』なる者は一度たりとも敗北を喫することはないのでしょうか。われわれはあなたのかけがえのない一部分ではありませんか。誰が、誰が意志の力とその神秘とを知りましょう。人間は、その意志の薄弱による以外、決して天使らにも、また死にも完全にみずからを明け渡すものではない」
それから、あたかも興奮に疲弊したかのごとく、彼女はその白い両手をなげうち、ふたたび臨終の床に就いた。そうして彼女が息を引き取る直前、その唇からかすかなつぶやきが漏れてきた。俺は彼女の口もとへ耳を近づけて、あのグランヴィルの一節の最後の言葉をふたたび聴いた。――「人間は、その意志の薄弱による以外、決して天使らにも、また死にも、完全にみずからを明け渡すものではない

ライジーアは死んだ。

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「ライジーアとロウィーナ」。Abigail Larsonさんがdeviantart.comに投稿した画像。元画像はこちら

ライジーアは死んだ。そうしてすっかり打ちのめされてしまったこの俺は、あのライン河畔の古都での侘び住まいがつくづく嫌になった。俺はお金にはぜんぜん不自由していなかった。ライジーアのおかげで、俺は大金持ちになっていたのだ。そこで何の当てもない、退屈な放浪に二、三ヶ月を費やしたのち、俺はうるわしのイングランドのもっとも未開でもっとも辺鄙な場所に、今はその名を明かせないある僧院を買い取っていささか手を加えた。この僧院の陰気な外観や、太古のままのその地方の有様や、その両方と関係のある血腥ちなまぐさい伝説の数々は、俺をこんな人里離れた非社交的な場所へと追いやった当時のやけっぱちな心境によくかなっていた。とは言えこの蔓草つるくさに覆われた僧院の外装には、俺はほとんど手を付けなかったけれども、内装に関しては、幼稚なひねくれ根性から、またおそらくは妻をうしなった悲しみから解放されたいというはかない希望から、実に王侯貴族をも凌ぐ贅沢三昧の見せびらかしへと突っ走った。この種の愚行の味を占めたのはまだほんの幼いころだったが、今や悲しみのあまり知能が退化したかのごとく、俺は年甲斐もなくこの児戯に熱中したのだった。あのゴージャスでファンタスティックな布飾りに、荘厳なエジプト彫刻に、野蛮な家具や繰形コーニスに、はたまた金色こんじきのタフテッド・カーペットに織り込まれた癲狂院ベドラム風の刺繍の柄に、俺は俺自身、発狂のきざしといったものを大いに認める。俺は当時阿片を常習していて、俺のることすことすべては幻覚の影響を受けていた。とは言えこんな愚かしいことどもを此処にこまごまと書き記している暇はない。今はただ、俺が正気ではなかったあるひととき、トレメインの姫君、金髪碧眼のロウィーナ・トレヴァニオンを、わが花嫁として、亡きライジーアの後釜として、教会から連れて帰ってきたあの永遠に呪われた一室についてだけ述べておこう。

この部屋の主たる奇想は布飾りのうちにあった。

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持ち送りで支持されたニューアーク城のタレット。ウィキメディア・コモンズより。

俺たちが蜜月を過ごしたこの部屋の構造と内装とを、細部に到るまで、俺は今なお克明に記憶している。お金に目がくらんで、一人の処女に、一人の最愛の娘に、あのように虚飾に満ちた部屋の敷居をまたぐことを許した彼女の名高いばかりの一族の人々は鬼畜だった。俺は今、この部屋を細部に到るまで記憶していると書いた。にもかかわらず、そんな部屋を作ろうと思い立った肝心の動機がどうしても思い出せない。そうしてその部屋の乱脈な装飾には、一般に人の記憶のよすがとなるような秩序システムとか調和とかいったものがまるで無かった。それはこの城郭風の僧院に備わった小塔タレットの中にある、五角形の広い部屋だった。南側の壁全体がこの部屋でたった一つの窓になっていて、ヴェネツィア製の割れないガラスで出来た巨大な窓ガラスが一枚張られており、これが鉛色に着色されていたので、日光や月光がこの窓から射し込むと、室内の物体が蒼然たる色に染まった。この大きな窓の上部には、小塔タレットの厚い石壁をよじ登ってくる年老いた蔓草つるくさによる格子細工が広がっていた。暗色のオーク材を張った天井は、法外に高い丸天井で、なかばゴシック風、なかばドルイド風のデザインの、極めて野蛮でグロテスクなパターンによる雷文らいもんが丹念に描かれていた。この丸天井の中心からは、黄金製の円環をつなぎ合わせた一本の長い鎖によって、これまた黄金で出来たサラセン風の大きな釣り香炉がぶら下げられており、これに極めて作為的に穿うがたれた無数の穴の中から、七色の炎が、断続的に絶え間なく、蛇のヴァイタリティを賦与されたかのように、出入りしていた。
室内のあちらこちらに、東洋風の背もたれの無い椅子オットマンと枝つき燭台が配置されていた。夫婦の寝台カウチはインド・モデルで、床に近い高さのもので、装飾が彫られた堅固な黒檀で出来ていて、棺布ポールのような天蓋が付いていた。部屋の各隅には黒い花崗岩で出来た巨大なエジプト石棺サルコファガスが直立していて、それはルクソールに面した諸王の墳墓から発掘されたもので、その年古りし石蓋いしぶたの上には死者を偲ぶ彫刻が一面に施されていた。しかしながら、この部屋の主たる奇想は布飾りドレーピングのうちにあった。部屋の広さと比べて不釣合いなほど高い壁は、上から下まで、幾重にも襞のついた重厚なタペストリーに覆われ、そのタペストリーの布地には、床の上のカーペットや、椅子オットマンのカバーや、黒檀のベッドの掛け布団や天蓋や、たった一つの窓を部分的に覆い隠しているカーテンと同様の生地のものが使われていた。それはもっとも絢爛たる金糸で織られた布地で、そこへもっとも黒い糸で、直径30センチほどの唐草模様アラベスクが、一定でない間隔を置いて、一面に刺繍されていた。しかしこれらの模様はある単独の視点から見た場合の唐草模様アラベスクの一面を示すに過ぎず、今ではありふれた趣向で、極めて遠い過去の遺物にまでさかのぼって見受けられるある仕掛けによって、それらの模様は見る角度によって変化するように作られていた。この部屋を訪れた者の目に、それらはまず単なる異形いぎょうと映る。しかし歩を進めるにつれ、その外観は次第に失われる。そうしてさらにまた一歩ずつ、訪問者が部屋の奥へと進むにつれて、彼は野蛮なノルマン人の迷信に属するような、あるいは罪深き修道士の悪夢に現れるような、目も当てられない姿をした死者たちの終わりなき行列に包囲されている自分自身を発見する。その幻灯ショーファンタスマゴリー的な効果は、タペストリーの背後に絶え間ない風を人為的に導き入れることで更に高められ、すべての模様全体に、おどろおどろしい、胸を騒がせるような活気を与えていた。

俺はと言えば心底彼女を憎んでいた。

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ハリー・クラーク「俺は大声で彼女の名を呼んだものだった」ウィキメディア・コモンズより。

このような新居で、このような新郎新婦の部屋で、俺と彼女とは、新婚一ヶ月目の汚らわしい日々を、まったく平穏無事に過ごした。俺の新妻が俺の陰々滅々たる性格を恐れ、俺に寄り付かず、俺にちっとも惚れてくれないことは、俺としても気が付かないわけにはいかなかったが、それは俺にとってはかえって気味がよかった。俺はと言えば心底彼女を憎んでいた。俺の心は(烈しい後悔の念とともに)あの今は亡きライジーア、気高く、美しい、最愛のライジーアのもとへと帰って行くのだった。俺はライジーアの純情や、英知や、高邁で浮世離れした性格や、熱烈で盲目的な愛の回想にふけった。そして今、俺の心は、彼女の情熱にも勝る情熱に燃えた。阿片による陶酔の影響下に(俺はもう薬物が手放せなくなっていた)、夜は夜のしじまの中で、昼は谷間の草むらのかげに隠れて、俺は大声でライジーアの名を呼んだものだった。あたかも亡きひとへの狂おしい、痛切な、身を焦がすような想いによって、彼女が(永遠に?)後にした生死の境い目へと、彼女をふたたび呼び戻すことが出来るとでも思っているかのように。

輝かしいルビー色の大きなしずくが三、四滴

新婚二ヶ月目に入ると、ロウィーナは急病に見舞われ、なかなか回復しなかった。彼女は高熱で熟睡できず、なかば眠っていて頭が混乱した状態で、俺たちの部屋の内部や周囲に見える人影や、聴こえる声について語ったが、俺はそれは彼女の精神錯乱か、さもなくば部屋自体の幻灯ショーファンタスマゴリー的な効果が原因なのだと思っていた。彼女はやがてくなり、遂には全快した。しかししばらくするとふたたび寝込んでしまい、もともと病弱だった彼女は、もはや完全に回復することはなかった。それは医師たちの知識や尽力も受け付けないほど重い病気の、さらに重い再発だった。この如何なる手段によっても根絶できないほどしっかりと彼女の体内に巣食ってしまったらしい慢性疾患の重篤度が増すにつれて、彼女の神経質で苛立ちやすい性質や、些細なことに恐れおののく傾向も同様に増大してきた。彼女は以前にも話題にしたタペストリーのかげのかすかな声や、異常な人影の動きをふたたび、そしていよいよ頻繁かつ執拗に、語るようになった。
九月の末のある夜、妻はこの悩みの種について、いつもより強い口調で俺に訴えた。彼女は今しがた安らかならぬ眠りから目覚めたばかりで、俺はそれまで彼女のやつれた顔に浮かぶ苦悶の表情を、なかば心配しながら、なかば漠然たる恐怖を抱きながら、じっと見つめていたのだった。俺は彼女の黒檀のベッドのそばで、インド風の椅子オットマンの一つに腰を下ろしていた。彼女はなかば身を起こして、俺に真剣味のこもった低い声で、いま彼女には見えて俺には見えない人影や、いま彼女には聴こえて俺には聴こえない声について語った。タペストリーの背後には風が猛烈な速度で流れており、俺は彼女に、彼女が言うそのほとんど聴き取れないささやきやら、壁面に動いているかすかな人影やらは、通常通り疾走している風の当然の結果に過ぎないことをわからせようとしたが、実を言うと、俺自身、必ずしもそれだけだと信じていたわけではない。だが俺は彼女の顔から血の気が引いていくのを見て、彼女を安心させようとする俺の努力が無駄だったことを知った。彼女は失神しかけており、周囲には誰も人がいなかった。俺は医師が処方したライト・ワインのデカンタがどこに保管されているかを思い出し、それを取りに行こうとして急いで部屋を横切った。ところが、俺が吊り香炉の明かりの下を通った時、二つの驚くべき出来事が俺の注意を惹いた。目には見えないが、何か触知可能な物体が、わが身のかたわらを通り過ぎるのを、俺は感じた。そうして天井の吊り香炉が床のカーペットを照らしているそのまさに中央に、天使のような姿をした一つのかすかな影、言わば影の影とでも言うべきものが落ちているのを見た。しかしその時の俺は阿片を過剰に摂取して激しい興奮状態にあり、これらの事柄にほとんど気づかず、ロウィーナにも言わなかった。ワインを見つけると、俺はふたたび部屋を横切って、これをゴブレットになみなみと注ぎ、気絶しかけている女の口もとへ持っていった。しかしその頃にはロウィーナは幾分気分が良くなって、自分で容器を取り、俺は近くにあった椅子オットマンに腰をかけて、彼女の様子を注視していた。その時、俺は寝台カウチのすぐそばのカーペットの上に、かすかな足音がするのを確かに聞いた。そうしてロウィーナがワインを口もとへ持って行く動作をした次の瞬間、あたかも空中に目に見えない泉があるかのごとく、輝かしいルビー色の大きなしずくが三、四滴、ゴブレットの中へとしたたり落ちるのを見たか、見たような気がした。たとえ俺がこれを見たとしても、ロウィーナは見なかった。彼女は躊躇なくワインを飲み、俺はとにかく彼女の物怖じだの、阿片だの、時節だのによって病的に活性化された生々しい想像に過ぎない由無し事について、彼女に語ることを差し控えた。
しかしあのルビー色の液体の滴下の直後、妻の容態が急変したのは事実で、それから三日目の夜、彼女の侍女たちが埋葬の用意をし、四日目の夜、彼女を花嫁として迎えた同じこの部屋で、俺は一人でロウィーナの通夜をしていた。――阿片によって醸し出されたもろもろの妄想が、影のごとく、俺の眼前にひるがえった。俺の視線は、部屋の隅のエジプト石棺サルコファガスや、タペストリーに描かれた様々な人物像や、頭上の吊り香炉に出没する七色の炎の間を、落ち着きなくさまよったのち、いつぞやの夜のことを思い出して、吊り香炉に照らされたカーペットの上の、俺が天使のかすかな足跡を見た場所へと投げられた。しかしそこにはもう何もなかった。安堵の溜息をつくと、俺はベッドの上の亡骸なきがらに目を移した。すると目に浮かぶのは在りし日のライジーアの面影であり、まざまざと思い起こされるのは、かつてこのように屍衣シュラウドを身にまとった姿で横たわっているライジーアを前にした時の、筆舌に尽くし難い悲しみだった。夜は更け、俺はなおも、かけがえのない、最愛のひとへの切ない想いで胸をいっぱいにしながら、ロウィーナの死体を見つめていた。

夜中の十二時だったか、それより前だったか、後だったか

夜中の十二時だったか、それより前だったか、後だったか、時刻に注意していなかったのでわからないが、ある低く、優しい、それでいてはっきりとしたすすり泣きの声が聞こえてきて、俺は物思いからはっと我に返った。それは死者が横たわっている黒檀のベッドから聞こえてきたようだった。迷信的な恐怖に悩まされながら、俺は耳を澄ました。しかしもう何の物音も聞こえてはこなかった。俺は死体を凝視したが、何の変化も無いように見えた。しかし騙されるわけにはいかなかった。たとえどんなに小さな声であったとしても、俺はその声を確かに聞き、それで目を覚ましたのだ。俺は腹を決めて、辛抱強く妻の死に顔を見つめ続けた。長い時が経ち、謎の解明の手がかりとなるような如何なる出来事も起こらなかったにもかかわらず、俺はとうとう死人の頬の内部に、また死人のまぶたを通っている萎縮した細い血管の周囲に、薄い、ごく薄い、ほとんど気付かれない程度の血の気が差していることに気が付いた。言語を絶する恐怖の中で、俺は自分の心臓が止まり、からだが椅子の上で凍りつくのを感じた。しかし遂には義務感が俺に落ち着きを取り戻させた。ロウィーナはまだ生きており、われわれの埋葬準備が早まったものであることはもはや明らかだった。緊急の処置が必要だった。しかしその小塔タレットは、うちの従僕たちが暮らしている僧院の部分からは隔絶していて、すぐに連絡がつくところには誰もおらず、彼らを呼び集めて助けを求めるにはその場を長時間離れなければならず、危険を冒してそれを実行することはできなかった。そこで俺は単独で人命救助を試みた。だがしばらくすると、ぶり返しが来た。まぶたからも頬からも血の気が失せ、大理石よりも白くなった。以前にも増して皺が寄った唇は、死者の蒼白な顔面の上で、縮れあがった。ぞっとするような冷たさと湿っぽさとが瞬く間に全身の表面に拡がって、通常の死後硬直が直ちにこれに続いた。俺は身ぶるいをしながら、先ほどびっくりして立ち上がった椅子カウチにふたたび腰を下ろし、情熱的なライジーアの追憶にふけった。
一時間後(あり得ない話だが)、俺はふたたびベッドの方から何か小さな音がするのに気が付いた。恐ろしさに打たれて、俺は一心に耳を澄ました。ふたたび音がして、それは溜息だった。俺はベッドに駆けつけた。そうして死者の唇が震えるのをはっきりと見た。次の瞬間、固く結ばれていた唇がほどけて、中から真っ白な歯の一列が現れた。驚愕が、俺の胸中で、兼ねてよりその場を支配していた深甚な恐怖の念と激突した。俺は視界が閉ざされ、理性がぐらつくのを感じた。やっとのことで、俺は義務感が俺にふたたび指示した仕事へと自分自身を駆り立てることに、遂に成功した。ひたいに、ほほに、のどもとに、今やほんのりと血の気が差していた。はっきりそれとわかるぬくもりが全身に拡がった。胸にはかすかな鼓動すら感じられた。ロウィーナは生きていた。そこで俺は以前にも増した熱心さを以って、彼女に意識を取り戻させる作業に没頭した。俺は彼女の手をさすり、彼女のこめかみを冷水で濡らし、その他経験と、医学書を少なからず読み込んで得た知識とに基づいて、ありとあらゆる努力を試みた。だが無駄だった。突如として、血の気は失せ、脈拍は絶え、唇はふたたび固く結ばれた。そして一瞬にして、一切が氷のような冷たさと、くすんだ肌色と、いちじるしい硬直と、縮こまった輪郭と、その他何日も前に死んだ人間のあらゆるおぞましい特徴を身にまとった。
そうして俺はふたたびライジーアの夢に溺れた。するとまたしても(これを書きながら戦慄を禁じ得ない)黒檀のベッドから低いすすり泣きの声が聞こえてきた。しかしこの恐怖の一夜について、これ以上くどくどと書き記すまい。今はただこの再生のドラマが明け方近くまで繰り返し演じられたこと、それはいつもいっそう確固たる、外見上いっそう手の施しようのない死の様相へと回帰するのが常だったこと、そうしてその苦しみ方はあたかも目に見えない敵と悪戦苦闘しているかのごとく、しかもその苦闘はことごとく、死者の容貌の激変を結果として伴っていたらしいことだけを述べて、結末へ急ごう。

死体は、もう一度言うが、動いた。

その恐ろしい夜も大部分が過ぎ、そうして死んだはずの女のからだは、今度こそ一縷の望みもないほど決定的な死相を呈していたにもかかわらず、これまでになく力強く、ふたたび動いた。俺はと言えばもううの昔に、駆け寄ることも、手当てをすることも止めて、椅子オットマンの上にとどまっていた。俺は桁外れの恐怖の憐れな一犠牲者であり、これに比べれば、おそらく世人にとっての極度の恐怖も、何ら怖じ気づくに足りない、軽微なものでしかなかった。死体は、もう一度言うが、動いた。しかも以前にも増して力強く。顔面には生きている者だけが持つ色艶が、人並み外れた活力とともに、燦然と輝き出でた。手足の硬直は解けてしなやかになった。そうしてまぶたは未だ固く閉ざされており、また死に装束の包帯や巻き衣ドレーパリーが、その人物に今なお死者の外観を与えてはいたものの、それさえなければ、俺は本当にロウィーナが生き返ったと思い込むところだった。とは言え、たとえ俺としてはまだ半信半疑だったとしても、この死人の格好をした人物が、ベッドから起き上がり、目を閉じたまま、おぼつかない足取りで、あたかも夢の中をさまよってでもいるかのようにふらつきながら、それでも部屋の中央へと大胆かつ堂々と歩み出るに及んで、もはや疑いの余地はなくなった。
俺は動かなかった。微動だにしなかった。なぜならその人物の姿、様子、雰囲気に付随して俺の脳裏に忽然と浮かび上がった一連の想念が、俺の動きを封じ、俺を金縛りにしてしまったからである。俺はただじっとしたまま、この幽霊を見つめていた。そうして俺の頭の中にはある常軌を逸した混乱が、手の付けられない波乱があった。いま俺の目の前にいるのは本当にロウィーナなのだろうか。本当にあのトレメインの姫君、金髪碧眼のロウィーナ・トレヴァニオンに間違いないのだろうか。どうして、どうして俺はそれを疑っているのだろう。口もとを覆っていた包帯がほどけて垂れ下がっていた。しかしあの唇は、生けるトレメインの姫君のものではないか。そうしてあの愛らしい盛りの薔薇色の頬は、なるほど、それは確かにトレメインの姫君のものであろう。そうしてあの元気な頃さながらの、えくぼのできたあご、あれもまた彼女のものであっていいではないか。しかし彼女は病気をして背が伸びたのかしらん?ここまで思い及んだ時、どんな馬鹿げた狂気が俺をとらえたのか知らない。次の瞬間、俺は彼女の足もとに飛びついていた。すると彼女は俺を避けようとして、そのはずみで彼女の頭髪をせき止めていた白い包帯がほどけて落ち、この絶えず疾走している室内の空気の中へ、丈長の乱れた髪がとめどなくほとばしり出た。その髪の色は黒だった!そして今、俺の目の前にたたずんでいる人物がゆっくりとその両目を見ひらいた。「今度こそ、今度こそ間違いはない」俺は叫んだ。「このくわっと見ひらいた、狂暴な、黒い目こそは、今は亡き妻の、ライジーアの目に違いないのだ」

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アーサー・ラッカムによる挿画。ウィキメディア・コモンズより。

*1:ボードレール悪の華』第二版126「旅(Le Voyage)」第11行に「女性の目に耽溺する占星術師たち」云々。

*2:ボードレール悪の華』初版67「秋のソネット」第12行に「『罪』と『恐怖』と『狂気』とだ」云々。