魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

(日本語訳)ボードレール「天分(Les Vocations)」

伝統的なハンガリアン・ジプシー音楽の演奏。2019年6月、ブタペスト中央市場にて。ウィキメディア・コモンズより。

黄金色こがねいろの雲が旅する大陸のごとく漂っているすでに緑色の空の下、秋の日ざしが戯れに長居しているかに見える美しい庭の中で、明らかに遊び疲れた四人の美しい少年たちが、内輪話をしていた。
一人が言った。「昨日、僕は観劇に連れて行ってもらった。背景が海と空との舞台に、壮大で悲しげな宮殿があって、そこでしんみりとした悲しげな男女たちが、とはいえ普通の男女よりもはるかに美しく、見事に着飾った男女たちが、歌うような声で会話をしていた。みんなお互いにおどし合って、お願いをして、嘆き悲しんで、またしばしば腰の短刀に手を当てるのだった。素晴らしかったよ。女性たちは、僕らの家を訪れる普通の女性たちよりもはるかに背が高くて美しく、その大きく窪んだ目や真っ赤な頬の色で怖ろしげに見えるにもかかわらず、僕らは彼女たちを好きにならずにはいられないのさ。観ていると怖くなったり、泣き出したくなったりするのだけれど、とても楽しい…しかももっと奇妙なことに、これを観る者は、舞台上の男女たちと同じ衣裳を身にまとい、同じ台詞せりふを言ったり、同じ所作をしたり、同じ声で会話をしたりしたくなるのだ…」
四人のうちの一人は、さっきから仲間の話を聞いておらず、私にはわからない上空の一点を、目をみはって凝視していたが、出し抜けに言った。「ほら、あそこをごらん。君たちにもが見えるかい? 彼はあの炎の色をした、ぽつんと浮かぶ小さな雲の上に乗っていて、ゆっくりと進んでゆくあの雲の上に腰を下ろしている。の方でも、私たちを見ているようだ」
「誰が?」と他の子どもたちがたずねた。
さ」その子は確信に満ちた声で答えた。「ああ、すっかり遠くなった。そのうちもう見えなくなってしまうだろう。彼はきっと旅をしていて、世界各国を回っているのだ。ほら、彼はいま地平線近くの林のかげに隠れようとしている…彼はいま鐘楼のかげに降りてゆく…ああ、もう見えなくなった」その子は長い間、同じ方角を向いていて、地平線に釘付けになったその目には、法悦エクスタシーと名残惜しさとの、言語を絶する感情が輝いていた。
「馬鹿だね、こいつもそうだが、こいつの目にしか見えないその神様とやらも」と言ったのは三人目の子どもで、この子の小さなからだは異様な生気で際立っていた。「俺がこれから話してやる体験談は、君たちが決して体験したことのないもので、しかも君たちのその芝居小屋やら浮雲やらよりは少しは面白いものだ。――何日か前、両親は俺を連れて旅行に出たが、俺たちが泊まる旅館には家族全員分のベッドがなくて、俺はメイドと同じベッドで眠ることになった」――その子は仲間たちにもっと近くに寄るよう手招きし、声を落として話し続けた。――「真っ暗闇の中、一人ぼっちではなく、メイドと同じベッドで寝ることは、変な気分がするものだ。眠れなかったので、俺は眠っているメイドの二の腕や、肩先や、首筋を撫でることで、気を紛らわせた。彼女の二の腕や首筋は他のどんな女のものよりも大きくて、彼女の肌は書簡箋や薄葉紙うすようしのようにすべすべで、滑らかなのだ。俺はとても楽しかったから、いつまでもそうしていたかったが、第一に彼女を起こすのが怖かったから、第二に自分でもわからない怖さから、途中で止めた。それから俺は彼女の背にふさふさと垂れている、動物のたてがみみたいに豊かな髪の毛の中に、顔をうずめた。それは今まさにこの時間帯のこの庭の花々と同じほど、いい匂いがした。君たちも機会があれば、同じようにやってみてくれ。きっとわかるから」
この驚くべき神のお告げの若き語り手は、話をしながら、彼がふたたび体験しているものに対して、一種の恍惚感を覚えながら、両目を大きく見ひらいていた。彼の乱れた赤い巻き毛に射す夕日影は、危険な情熱の後光を点じた。彼が雲上に「神性」を探すことで人生を浪費せず、他の場所にしばしばこれを見いだすであろうことは、想像にかたくない。
最後に四人目が言った。「知っての通り、僕の家には娯楽がない。僕は見世物に連れて行ってもらったことがない。僕の監督者はとてもケチだ。『神様』は僕にも、僕の退屈アンニュイにも関心がない。それに僕を可愛がってくれる美しいメイドもいない。僕はときどき思うのだが、僕にとってのよろこびとは、あてもなく、誰からも心配されず、常に新しい国々を見ようと、絶えず前進することにあるような気がする。僕はどこにいても快適でない。そうしていつもどこか別の場所にいた方が快適だろうという気がしている。ところで僕は最近、隣村のお祭りで、僕自身が生きたいと思うような生き方をしている三人の男たちを見た。君たちはもちろん、僕以外の誰も、彼らに何の注意も払わなかった。彼らは背が高く、ほとんど真っ黒で、襤褸ぼろをまといながらもとても誇り高く、『誰の世話にもならない』と顔に書いてあった。音楽をる時、彼らの大きな黒い瞳はキラキラと輝いた。その音楽がびっくりで、聴いていると踊りたくなったり、泣き出したくなったり、踊りながら泣き出したくなったり、あまりにも長時間聴いていると発狂しそうな音楽なのだ。一人はヴァイオリンを奏でながら、悲しみを物語っているかに見えた。もう一人は首から下げた小さな鍵盤楽器の上に、小さなハンマーを跳躍させることで、隣人の嘆きを馬鹿にしているかに見えた。そして時折、三人目がシンバルを、異常な力で打ち鳴らした。彼らは演奏すること自体が楽しくて仕方ないらしく、聴衆がまばらになっても、まだその野蛮人の音楽を演奏し続けていた。最後に彼らは小銭を拾い集め、荷物を背負うと、立ち去った。僕は彼らがどこに住んでいるのか知りたくて、遠くまで彼らを尾行つけていった。森のはずれまで来て、僕ははじめて彼らが宿無しなのだと知った。
一人が言った。『テントを張るか』
もう一人が言った。『その必要はない。きれいな夜だ』
三人目が稼ぎを勘定しながら言った。『ここの連中には音楽のセンスがない。女どもの踊り方ときたら、まるで熊みたいだ。幸い、あとひと月もすればオーストリアに着く。オーストリアの連中はもっと歓迎してくれるだろう』
『それよりスペインへ行かないか、季節が季節だから。雨が降る前に逃げ出して、うるおすのは咽喉だけにしようや』他の二人のうちの一人が言った。
僕が何もかも覚えていることがわかるだろう。それから彼らはめいめいブランデーを一杯ずつ飲むと、星空の下、仰向けに寝て、眠ってしまった。僕は最初、僕も彼らと一緒に連れて行ってもらいたい、そして僕にも楽器の弾き方を教えてもらいたい、そう思った。だが思い切って彼らに頼んでみることはできなかった。何事も、決行するのは難しいものだからね。それにフランスを出る前に、捕まるかも知れないとも思ったし」
他の三人のつまらなそうな様子から、私はこの子がすでに不可解な人物と見られていることを知った。私はこの子をじっと見つめた。彼の目つきや顔つきには何かしら、幼少期から宿命的に、通俗な感情移入シンパシーを拒絶するところがあって、なぜかは知らず、私自身の同じ傾向と共鳴して、それで私の頭には一瞬、自分には未知の弟がいたのかも知れないという、奇妙な考えが浮かんだほどだった。
日は暮れ、荘厳なる夜が訪れた。子どもたちは散り散りになった、自分でも知らないうちに、環境や偶然によってもてあそばれながら、運命を成熟させ、家族を顰蹙ひんしゅくさせ、栄光あるいは汚名へと向かって、それぞれの軌跡を描きながら。


*『小散文詩集(パリの憂鬱)』31。原文はこちら