
(ヴィクトル・ユーゴーに捧ぐ)
人・人・人の大都会 怪奇に満ちたこの世界
真っ昼間から 妖怪が通行人を呼び止める
謎は 巨人の体内にくまなく網をめぐらした
狭い経路を通過して 樹液のごとく駆けめぐる
それは明け方 悲しげな道を歩けば 両側に
狭霧によって身長を引き伸ばされた家並みが
増水中の濁流の両岸壁のごとく見え
あたり一面ぼんやりと 暗く黄色い霧が込め
それは舞台の俳優の気分通りの設定で
俺はあたかも主役のごとく 神経をとがらせながら
朝っぱらから くたくたの自分自身と議論しながら
大型の荷馬車が揺らす場末の道をたどっていった
ふと現れたお年寄り どんよりと曇った空と
同じ黄ばんだ色をした襤褸をまとって 冷酷が
目に輝いていなければ 施し物をたんまりと
もらえていたに違いない そんな老爺がただ一人
わが目の前に現れた 彼のひとみは憎しみの
色に染められ 冷ややかな目つきは霧を凍らしめ
長く伸ばしたあごひげは イスカリオテのユダのひげ
剣のごとく強硬で 先が鋭くとんがっていた
曲がっているというよりも むしろ二つに折れた腰
背骨と脚が交差する角度は ちょうど九十度
片手で突いていた杖は この見てくれの総仕上げ
その全貌と不様なる歩きぶりとを打ち見れば
四肢のそろわぬ動物か 三本足のユダヤ人
雪と泥とでぐちゃぐちゃの悪路に足掻くありさまは
亡き人々を 古靴で蹂躙せんとするごとく
傍若無人というよりも 万人を敵視していた
そっくりさんが従いてきた ひげや目や背や杖や襤褸
どこも寸分違わない 同じ魔界の出身者
この百歳の双生児 この奇天烈な亡者らは
歩調をそろえ わからないゴールめざして突き進み
俺はいかなる陰謀に狙われる身となったのか
どんな悲運がこの俺に こんな思いをさせるのか
この気味悪い爺さんは その分身が 刻々と
また続々と現れて 果ては合計七人目
俺の周章狼狽を げらげら笑う読者らよ
俺が体験したような恐怖を知らぬ読者らよ
心して聞け 恐るべきこの老爺らはことごとく
耄碌してはいたものの まるで不死身に見えたのだ!
宿命によって出くわした かくも皮肉なコピーたち
この忌まわしい不死鳥の 見分けのつかぬ父子らの
八人目まで目にすれば 俺はおそらく死んでいた
――だがこのような行列に 俺はくるりと背を向けた
物が二重に見えると言って 憤慨している酔漢のよう
家に帰って 戸を閉めて 身をふるわせているばかり
世の常ならぬ不思議さと馬鹿馬鹿しさに傷ついて
わが精神は熱を病み 意気はすっかり落ち込んだ
俺の理性は舵取りをしようとしたが 無駄だった
知的努力は もてあそぶ暴風雨に とても歯が立たず
わが魂は帆柱の折れた老朽船のよう
海岸のない荒海*1に乱舞するのみ 乱舞するのみ!
*『悪の華』第二版90。原文はこちら。
*1:エドガー・アラン・ポーの詩「ドリームランド(Dream-Land)」に「山は絶えず海へと崩れ/その海に海岸は存在しない」云々。