
禍々しくも恐ろしい 不感無覚の神「時計」
その針で突っつきながら 僕たちに言う「忘れるな
俺は恐怖でいっぱいの君の心を 近いうち
標的として狙い撃ち 死の苦しみを植えつける
霞のごとき『快楽』は地平の果てへ消えてゆく
空気の精がステージの袖へと消えてゆくように
人それぞれの生涯に割り当てられたよろこびを
飢えた一瞬一瞬が ひとかけらずつ食い尽くす
各一時間 三千と六百の回を重ねて
『秒』はささやく『忘れるな』――『現在』はさながら死番虫
早口に言う『俺は過去 現在ではなくて もう過去だ
俺の不潔な口器から 君の寿命をいただいた』
忘るるなかれ 思い出せ 道楽者よ 忘れるな
(金属製のわが咽喉は どんな言語も操れる)
いいか 一分一秒は鉱石なりと心得よ
黄金を抽き出すことなしに これを手放してはならぬ
肝に銘じて忘れるな 『時』は無敵のギャンプラー
いかさまもせず 常に勝ち 負けを知らぬが世の掟
日は速やかに傾いて 夜はいよいよ長くなる
奈落はいつも血に飢えて 水時計には水がない
鐘が鳴るまであと少し 今に聖なる『偶然』も
まだ手つかずの君の妻 かの高貴なる『徳行』も
最後の砦『改悛』も 君に向かってことごとく
『死ね 老いぼれの卑怯者 もう遅いわ』と言うことだろう」
*『悪の華』第二版85。原文はこちら。
*萩原 學さんの「対訳」を参照させていただきました。謹んでお礼を申し上げます。