魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

(日本語訳)ボードレール「自分自身の断罪者(L'Héautontimorouménos)」

テレンティウスの喜劇「自虐者(Heauton Timorumenos)」(原作はギリシャの詩人メナンドロス)のワンシーンを描いたデューラー木版画ウィキメディア・コモンズより。

( J.G.F.へ)

腹立ちもなく 憎しみもなく
殴打するのだ 屠殺業者や
岩打つ聖者モーセのごとく
そうして君のそのまぶたから

俺のサハラを灌漑かんがいすべく
苦悶の水をほとばしらせる
希望に満ちたわが欲情は
沖合に出る船舶のよう

からい涙の上を航行
よろこびに酔う俺の胸には
可愛い君の嗚咽の声が
総攻撃の軍鼓と響く

俺は聖なるシンフォニーから
浮いた不正な音ではないか
俺をあやつり 俺をむしばむ
飢えた「皮肉イロニー」の恩恵かしら

耳に不快なこの俺の声
わが血はすべて どす黒い毒
俺は悪女がみずからを見て
うっとりとする ゆがんだ鏡

俺は刃物だ 刃傷にんじょう
俺はほっぺた つ平手打ち
俺は車だ 裂かれる四肢しし
処刑者にして受刑者なのだ

俺は自分の血を吸う悪魔
げらげら笑いの刑を科されて
もはや微笑ほほえむすべを知らない*1
そんな偉人のうちの一人だ


*『悪の華』第二版83。原文はこちら
*訳者注:ボードレールの「エドガー・ポーに関する新しいノート」(1857年)を読むと、この詩がエドガー・アラン・ポーの「倒錯の悪魔」(1845年)というエッセイ風の短編小説と関係のあることがわかります。ポーはこの短編の中で、自分自身を破壊したいという人間の飽くなき渇望について、「根源的で、原始的で、元素的な衝動」として、大いに力説しております。

 

 

 

*1:エドガー・アラン・ポーの詩「幽霊宮殿(The Haunted Palace)」の最終行に「(狂人は)げらげら笑うが、二度と微笑ほほえまない」云々。