魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

(日本語訳)ボードレール「嘘に恋して(L'Amour du mensonge)」

ロレンツォ・リッピ「変幻する多産な女性の寓意画」。ウィキメディア・コモンズより。

物憂げなわが恋人よ 時として俺は見るのだ
満場に反響を生む楽団の演奏につれ
ゆるやかなリズムとともに踏んでいたステップをやめ
倦怠アンニュイの遠い目をして 行き過ぎる君の姿を

時として俺は見るのだ ガス灯の青い光が
青ざめた君のひたいを 病的な魅力によって
飾るとき 夜のあかりが蒼雲しののめを照らす風情を
また俺は絵画のような君の目をじっと見ながら

ひとり言う「何たるひとだ 美人だが 妙に悲しい
壮麗で重い記憶は 王宮の塔さながらに
このひとの頭上を飾り 傷ついた桃の心は
肉体とともに 巧者な恋により 色づいている」

恋人よ 君は甘くて毒のある秋の木の実か
心ある者の涙を待ち受ける水瓶みずがめですか
他界なるかの楽園を思わせる香水ですか
ご遺体を寝かす枕か ひつぎを満たす花々か

知っている 実は大した秘密など何もないのに
この胸がえぐられるほど悲しげな目があることを
空っぽの宝石箱よ 銘のないメダリオン
おお天よ 御身おんみにまして何もなく 深い空間

だがおよそ真実などに興味ない者にとっては
対象はうわつらさえ美麗ならそれでよろしい
本質が馬鹿で勝手で無情でも問題はない
仮面でも虚飾でもいい 君は綺麗だ だから好きだ


*『悪の華』第二版98.原文はこちら