魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

加藤廣『空白の桶狭間』

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表題の作品につきまして、一天一笑さんから紹介記事をいただきましたので掲載します。一天一笑さん、いつもありがとうございます。


加藤廣『空白の桶狭間』(新潮社)を読了して。
信長の棺』『秀吉の枷』で設定された秀吉の出自<山の民>に焦点を当て、『武功夜話前野家文書』『信長公記』など多数の参考文献を用いた力作です。
又従来の桶狭間の戦いのイメージ(嵐の中、僅かな供回りと駆けた織田信長が、乾坤一擲の勝負に出て、今川義元を敗死させた戦のイメージ)を変えさせる歴史小説です。

<山の民>とは

平安時代中期の摂政関白藤原道隆を始祖とする。30年に渡ってこの世の栄耀栄華を謳歌した藤原道長は弟です。道長の栄華の影で、道隆の庶子道宗は(生母の素性は判らない)京都を追われ、丹波山中に移り住みます(貴種流浪譚?)。彼らは牛馬を放牧、また灌漑や土木工事を生業とするようになります。豊臣秀吉は山を下りて、平地に溶け込んだその3代目なので、武術(目つぶし、投石の仕方、火を起こし保存する方法、馬の扱い方等)を集団訓練で習得しています。前野将衛門や蜂須賀小六正勝は、4代目なので灌漑や土木工事に詳しいです。彼らは忍者顔負けの戦闘を繰り広げ活躍します。人々の目に触れないように用心しながら。情報収集もお手の物です。諜報合戦も。又秀吉は、城・砦の構造や数字等を、目をつぶれば自然に映像化したように再現できる“直観像素質者”であったとも加藤廣は主張している(放浪の画家山下清も直観像素質者であったから素晴らしい絵を描けた)。
桶狭間の戦い”は、強運に恵まれた織田信長悪天候をものともせず、乾坤一擲を狙って仕掛けた戦ではなく、綿密に練られた謀略戦であり、歴史の表には決して出ない戦です。
桶狭間の勇士毛利新介、服部小平太、そして梁田政綱らは、歴史に名を残すことになります。
<山の民>豊臣秀吉の歴戦の活躍は、もう少し後になります。
美濃の斎藤道三も、豊臣秀吉と同じく一代で成功した<山の民>との仮説もあります。

今川義元の新たなる評価

今川義元は父今川氏親と母正室寿桂尼(公家中御門宣胤の娘)の5男として生まれる。
幼くして、太源雪斎の導きで出家をし、栴岳承芳と名乗るが、兄たち氏輝・彦五郎の急死によって、還俗せざるを得なくなる。この坊主あがりの身が、後の義元の一生の運不運を決めることになります。なぜならば義元は乗馬が嫌いです。坊主の修行に乗馬は必要ありません。必要なのは座禅です。いきおい義元は輿に乗って戦場を移動・行軍することになります。おまけに太り肉で、機敏に動けません。武人としては、致命的な欠点となります。
だが、矛盾しているようですが、〝海道一の弓取り“と呼ばれたのも本当です。そして、父親氏親の代よりも領土を拡張し、福島氏所生の異母兄玄広恵探花倉の乱で自刃させています。また駿府を小京都と呼ばれるくらいに整備しました。また婚姻により甲斐武田、相模北条、そして今川・駿河三国同盟を締結します。お互いに後顧の憂いをなくしたいのが目的かと思われます。また”兵は詭道なり“を地でいくような面もありました。単なる京かぶれの愚者ではありません(東海地方出身の筆者の身贔屓かもしれませんが)。

創られた“桶狭間の戦い

秀吉は信長を“桶狭間の戦い”の勝者にするために、あらゆる地下工作をします。
同じく<山の民>蜂須賀小六に命じて、多数の<山の民>を、道化師組、農夫組、旅人が休憩する茶屋の主人と住み込みの下僕組にわけて身につくように訓練させます。費用は秀吉持ちです。道化師は諜報に役立ち、農夫は放牧をしていても不思議がられません。茶屋はいわば山の民の前進基地?あっても怪しまれない、あるいは必要な場所です。
肝心の秀吉は、命懸けで主君信長に、今川義元に降服状を書くように進言します。ここが勝負処です。
知恵の廻る秀吉は、降伏の屈辱と引き換えに義元を戦に向かない田楽狭間まで呼び出して、大事なところは<山の民>が闘い、手柄は織田家家臣がとるとの筋書きを信長に披露して、即断速決の信長を動かします。
実際に義元の首を取った毛利新介と一番槍をつけた服部小平太は桶狭間の勇士として名を残し、梁田政綱は破格の石高の城主になります。
果たして日本三大奇襲の一つは成功するのでしょうか?
日本史の表にでない、秀吉率いる実働部隊<山の民>&軍用犬?の活躍をお楽しみ下さい。
秀吉の犬笛を合図に義元の喉笛に食らいつく手筈の軍用犬。華麗な陣羽織に軍用犬よけの異臭の液体を塗って憮然としている馬上の織田信長。何か妙だなと思いつも信長降伏の地へ進む輿にのる義元。鮮やかに引き上げていく山の民。読みどころ満載です。
また数字に強い加藤廣ならではの今川家・織田家の戦力分析もお楽しみください。

時間のある方、戦記物・諜報戦の作り方、加藤廣ならではの秀吉像に興味のある方、戦国時代全般に興味のある方等にお薦めします。
天一

空白の桶狭間 (新潮文庫)

空白の桶狭間 (新潮文庫)