魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

ルネ・ヴィヴィアン『一人の女が私の前に現われた』へのイントロダクション――ゲイル・ルービン(5)

f:id:eureka0313:20190816185459p:plain

エドウィン・ロング作「王の召喚を拒否する王妃ワシュティ」。ウィキメディア・コモンズより。

ルネ・ヴィヴィアンとナタリー・バーネイはレズビアニズムにおいてだけではなく、フェミニズムにおいても歯に衣着せなかった。ヴィヴィアンは女性の自立というテーマに関する素材を探し回った。アマゾンたち、両性具有者たち、古代の女神たちが彼女の作品にはおびただしく登場する。彼女の散文作品の多くは偉大な反逆を成し遂げた女性たちの物語である。誇り高き乙女たち、男の言いなりにならぬ娼婦たち、国王の欲望の奴隷となるくらいならむしろ貧困と自由を選ぶ王妃たちの姿がそこにはある。「ワシュティのヴェール」(1904年刊『狼女』所収)は旧約聖書の『エステル記』に基づく物語である。ユダヤのプリム祭はエステルがペルシャ宮廷のある役人の陰謀からユダヤ人を救出したことを記念するものである。ヴィヴィアンはこの物語の普通ヘブライ学派が無視する部分に着想を得た。彼女はエステルの前の王妃ワシュティ(Queen Vashti)について書いたのである。聖書の記述によれば、ワシュティは国王アハシュエロスの命に従うことを拒んだ。王の助言者たちは王妃を処罰するべきだと警告した。さもなければペルシャ人やメディア人は女性たちの大反乱に直面することになるだろう。
ヴィヴィアンの物語では、ワシュティの挑発は考え抜かれたものであった。

「なぜなら私の行動はすべての女性たちの注目の的となるであろう。彼女たちは言うであろう、『アハシュエロス王は王妃ワシュティに御前へ推参するよう命じたが、王妃は従わなかった』と。そうしてその日から、ペルシャやメディアの王女たちは自分たちがもはや夫のしもべではなく、また男性が家の主人でもないことを知るであろう。すなわち女性は自由であり、妻と夫はその家において対等の関係にあることを悟るであろうから」

王妃ワシュティに宮廷追放の処分が下されたことを知った時、彼女は断言する。

「私は人間がライオンのように自由である砂漠へと去るであろう…私はそこであるいは飢え死にするであろう。あるいは猛獣の牙にかかって死ぬであろう。あるいは孤独に耐えかねて死ぬであろう。しかしながら、リリスの反逆以来、私は初めての自由な女となるのだ。私の行動は全女性の注目の的となるであろう。そうしてその家において父や夫の奴隷と成り下がっている者どもは、心ひそかに私をうらやむことであろう。私の輝かしい反逆に思いを馳せながら、彼女たちは言うであろう、『ワシュティは王妃たることを潔しとせず、自由を手に入れた』と。
「そうしてワシュティは砂漠へと消えていったが、それは死んだ蛇たちが月光のもとでふたたび息を吹き返す場所であった」云々。*1

ルネ・ヴィヴィアンはまた男性の悪行の犠牲となった女たちの物語を書いた。そのもっとも印象的なもののうちの一つは「永遠の虜囚」と題された一篇(1903年刊『緑色から菫色へ』所収)で、これは全文を引用する価値がある。

私は黄金と青銅の鎖で幾重にも束縛された『女』を見た。そのいましめは蜘蛛の巣のように繊細でありながら、山々のように重かった。『男』は時には暴君のごとく彼女を支配し、時には寄生虫のごとく彼女を食い物にしていた。
大人しく、彼女はこの圧政に従っていた。そうして何よりも私をうろたえさせたのは、『男』の命令の声に混じって聞こえてくる『女』のおよそ心にもない愛の言葉であった。
私は『女』に向かって叫んだ(そうして私の叫び声は私たちを隔てている鉄格子を絶望的に突破した)。
「おおあなた、永遠の苦しみよ、裏切られた優しさよ、愛の犠牲者よ、どうしてあなたは事態を悪化させるしかない忍耐のうちに、この心ない伴侶の卑劣と俗悪を甘受しているのですか。あなたを従順にしているものは愛ですか、恐怖ですか」
彼女は答えた。「私を従順にしているものは愛でも恐怖でもありません。無知と因習なのです」
この言葉を聞いたとき、大いなる悲しみとともに、大いなる希望の光が私の心を訪れた…

男の独占欲に対して敏感であるところから、ルネ・ヴィヴィアンは男を拒む女たちの物語に魅力を覚えた。彼女は男の欲望を受け容れるくらいなら、化け物とつがいになるか、あるいはいっそ死を選ぶ女たちについてしばしば書いた。彼女の短編には、それとは知らずにそんな女と遭遇して、その拒絶によって恥をかかされ、途方に暮れた男たちの視点から書かれたものも多い。「はしばみの実のように土気色」(前出『狼女』所収)の語り手はジェリーという名の青年で、女友だちのネルに関する苦い回想から成り立っている。彼はネルを恋人にしようとしたが、容れられなかった。彼女いわく「あんたのものになるくらいなら、ヒキガエルでも飲み込んでやるわ」。彼はヒキガエルを捕まえてきて言う「これを飲み込まなければ力ずくで僕のものにしてやる」。すると彼女は本当に飲み込んでしまう。

*1:訳者注:この散文詩「ワシュティのヴェール」についての作者自身のコメントが、『一人の女が私の前に現れた』の中に挿入されております。拙訳第4章をご参照下さい。