魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

ルネ・ヴィヴィアン『一人の女が私の前に現われた』へのイントロダクション――ゲイル・ルービン(4)

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チャールズ・ブッシェル作「ラドクリフ・ホールの肖像」。ウィキメディア・コモンズより。

ルネ・ヴィヴィアンとナタリー・バーネイとが交際を始めた時、彼女たちはお互いのうちに、女性とレズビアニズムのための文学的闘争における同志を見出したのであった。自分たちのルーツを探し求めて、彼女たちはサッフォーとヘレニズムとを発見した。彼女たちはサッフォーの伝説を再現しようと努力した。サッフォーにちなんだ女流詩人のグループを、出来ればミチレーネ島(レスボス島)に設立したいと夢想していた。サッフォーを原文で読むために、ヴィヴィアンは古代ギリシャ語を勉強し、遂にはサッフォーの詩をフランス語に翻訳するまでに上達した。そうしてこの二人の女たちは自分たちが異教徒であり、古代ギリシャ人の精神的末裔であると宣言した。
ヴィヴィアン&バーネイは19世紀末に始まった初期の同性愛者運動の現われの一つだった。イギリスにおいては、この運動は主としてホモエロティックな詩を書いていたヴィクトリア朝の紳士たちによって成り立っていた。ドイツではこの運動はあからさまに政治的なもので、同性愛の合法化を目指した政界改編への戦いだった。フランスにおけるルネ・ヴィヴィアンとナタリー・バーネイの活動は、ドイツにおける同性愛者の人権運動と同じ意味では政治的なものではなかった。しかし彼女たちは同性愛者としての明確な自己認識に到達し、これをはっきりと表現した。彼女たちの遺した文書は、自分たちが何者であり、何に対して立ち上がったかを彼女たちがしっかりと心得ていたことを示している。同性愛者たちのうちでも、男女を問わず、自分たちの置かれている状況の重大性を理解している者がまだ少なかった時代である。
彼女たちは同性愛に対する偏見こそ打破すべきであり、オープンに生きることが大事だとよく知っていた。「人は同性愛者であってもかまわない」とラドクリフ・ホール(Marguerite Radclyffe Hall, 1880 – 1943)が主張する前に、「人は同性愛者であることを自慢していい」と彼女たちは主張した。ラドクリフ・ホールの認識は、主としてハヴロック・エリスやマグヌス・ヒルシュフェルトら性科学者たちの学説に基づくもので、彼らの信ずるところに従えば、同性愛者とは「先天的障害者」('an inborn anomaly')なのであり、障害者本人に罪は無いのである。これとは対照的に、ヴィヴィアン&バーネイは十九世紀フランス文学において支持されていたある態度を採用しており、それらの文学作品において、レズビアンはしばしばロマンティックなキャラクターとして描かれていたのだった。ラドクリフ・ホールは同性愛者であっても誇りを持ちうるものと信じた。ところがヴィヴィアン&バーネイは同性愛者であること自体を誇っていた。
クラフト=エビングが同性愛を「人類の退化による末期的症状」と位置づけた時、ヴィヴィアン&バーネイはこれをスリリングな定義であると考えた。「同性愛嫌悪」('anti-homosexual disdain')に対しては、彼女たちはおよそ人を食ったような極論をもって応じた。それはたとえば『一人の女が私の前に現われた』の二人の登場人物の会話における、以下のようなパラドックスによって示されている。

「そもそも、サン・ジョヴァンニ、女が男を愛したことなどあるのかしら」
「そのような語義の逸脱は、私には理解不能ね。サディズムや幼女凌辱の方がまだしもノーマルな欲望よ」*1

神話や、伝説や、古代の文学に、ルネ・ヴィヴィアンは広く親しんでいた。彼女は西洋文明におけるもっとも人口に膾炙した神話の多くを書き直して、その男性的あるいは異性愛的バイアスを、女性的あるいはレズビアン的なものへと変換して見せた。私が以下にその抜粋を示す「冒涜の創世記」(1902年刊『フィヨルドの霧』所収)では、ヴィヴィアンは聖書の中の物語を、レズビアン詩の創生神話へと改変している。


Ⅰ 『宇宙』が誕生する前から存在していたのはエホバとサタンという二つの永遠の原理だった。

Ⅱ エホバとは『力』の権化、サタンとは『知恵』の権化であった。

Ⅶ エホバが『永遠』の上を吹くと、彼の息吹きから青空が生まれた。

Ⅷ サタンは流れる雲を作って、青空の冷たい色を隠した。

ⅩⅢ エホバは泥を捏ねて、その泥から男を作った。

ⅩⅣ この男の肉のエッセンスをもとに、理想化された女の肉が花咲いて、それはサタンの作品だった。

ⅩⅤ エホバは男と女を折り曲げて、無理に合体させた。

ⅩⅥ サタンは彼らに心とろかす愛撫の術を教えた。

ⅩⅧ エホバはイオニアの詩人、強きホメロスに霊感を与えた。

ⅩⅨ ホメロスは虐殺の壮大や、流血の栄光や、都市の滅亡や、夫を喪った妻の涙を讃えた。

ⅩⅩ サタンが西方へ身を傾けると、レスボス島のサッフォーが目を覚ました。

ⅩⅩⅠ そうして彼女ははかない愛のかたちや、むせるような薔薇の香りや、クレタの女たちの聖なる踊りや、苦悩をさげすみ、死と女たちの接吻の魅力に微笑む不滅の驕慢を謳った…*2

*1:訳者注:拙訳第13章をご参照下さい。なお「異性愛こそアブノーマル」だとする主張は第2章の末尾にも見られます。

*2:訳者注:宇宙は「男性的なもの」と「女性的なもの」とから成り立っており、両者は永遠の闘争状態にある、というルネ・ヴィヴィアン流の形而上学については、拙訳『一人の女が私の前に現われた』第2章での「私」とイオーネ(=ヴァイオレット・シリトー)とのやりとりをご参照下さい。