魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

ルネ・ヴィヴィアン『一人の女が私の前に現われた』へのイントロダクション――ゲイル・ルービン(10)

f:id:eureka0313:20190827194313j:plain

ルネ・ヴィヴィアン。worldofwonder.netより。

ナタリーと違って、ルネ・ヴィヴィアンはみずからの欲求を体系的な哲学用語で表現しようとは試みなかった。彼女は単純なロマンチストだった*1。ルネにとって、愛とは永遠であり、愛するとは身持ちを慎むことだった。ナタリーが浮気を重ねながら、なおもルネに向かって「愛している」という時、ルネには彼女が嘘をついているとしか思えなかった。これに対してナタリーは言った、もしルネが本当に彼女を愛しているのなら、彼女を理解しようと努めるはずである。そうして十全なる理解に到達した暁には、ナタリーをかくも魅力的にしている元気の源を破壊しかねない猜疑心に満ちた独占欲をきっぱりと捨て去るはずである、と。ルネは理解しようとしたが、ナタリーの浮気性から来る苦しみには耐えられなかった。やがてルネはナタリーのヴァイタリティそのものが彼女の苦痛の源泉だと考えるようになった。ヴァイオレットの死を取り巻くもろもろの状況は、彼女をしてナタリーの肉感性と背信とを結びつけて考えるように仕向けた。ルネが最後の力を振り絞ってこの悪縁を断ち切ろうとした背景には、ヴァイオレットの死があったのである。
彼女は1901年の暮れ、ロンドンからまだワシントンにいるナタリーに宛てて、こんな手紙を書いた。

「…私たちが発つ前に交わした約束をあなたが守って下さらなかったことが残念です。あなたは私をほんの一時の消閑の具として役立てるために呼び寄せたりはしないと、ただ私の慰めと支えとが本当に必要な時にだけ私を呼び寄せると、約束して下さった。さて、いま私が駆けつける必要は何もありません。あなたの人生において大変なことは何ひとつ起こっていないのです…あなたが私を呼んでいるのはただもう一度、私に対するあなたの支配力を行使してみることで単純なよろこびを感じたいから。さもなければただもう一度、一人の泣き虫をそばに置いておきたいから。一人のたわいなく乗せられやすい人間をそばに置いておいて、あなたのあらゆる好色で気まぐれな悪だくみにもう一度利用したいから。
「こんなことを書くのは本当につらいのです、なぜなら私は今でも、何を措いてもあなたを愛しているのですから。けれどもあなたはどの程度まで私を迫害したかを忘れていらっしゃる。私に与えた苦悩を、屈辱を、傷害を忘れていらっしゃる。私が今なお血を流していることを――あなたが恐らくは知らず知らずのうちに、とは言え致命的に、私を責め苛んだあらゆる傷跡を私が今なお抱え込んでいることを忘れていらっしゃる。あなたから遠く離れた今、私は同じ激しさで苦痛や嫉妬を感じることはありません。あなたがまるで接吻の商人のように、相手が男であろうと女であろうと誰彼かまわず微笑みをふりまいたり、挑発的な流し目を送ったりする時に私が耐え忍んできたあの悶々たる思いに悩まされることもありません。
「…あなたを愛しています。けれどもそれはもはや出会った頃の盲目的な愛ではない。もっと苦い、もっと悲しい、もっと猜疑心に満ちた愛なのです…私はもはや不条理な信頼感を持ってはいません。私は疑い、もろもろの嘘の底にどんな真実があるのか――もろもろの真実の底にどんな嘘があるのか――を知りたく思っています。なぜならあなたはとても錯綜した人格の持ち主で、根っからの嘘つきでもなければ正直者でもないのですから。
「…ただ私に今しばらくの心の安らぎを下さい。私をして孤独と沈黙のうちに湯浴みせしめ、ほんの少し気力体力を回復させて下さい。
「…またすぐ別れるためにあなたのもとへ戻るなんて、狂気の沙汰です。私には出来ない。私にはもう一度我を忘れる勇気などない。世には取り返しのつかぬ犠牲というものがあるのです。
「…もう一度言います。私は『変わるすべもなく』あなたを愛しています。信じて下さい…あなたを愛していますし、これからもずっと愛し続けることでしょう」(以上、前出ジャン・シャロン著『ある誘惑者の肖像』より)

だからナタリーはパリに戻った折、ルネが自分たちの仲をもはや終わったものと考えていることを思い知らねばならなかった。とは言えファン・ザイレン男爵夫人の出現には彼女も驚きを隠さなかった。ルネはすでに1901年の末、オリーヴ・カスタンスとの関係に慰めを見出そうとしており、それに続いて現われたのがこの男爵夫人だった。ナタリーはまだルネにぞっこんであり、彼女の奪還を決意する。
とは言えナタリーのこの一大決心は、彼女が1902年にリュシー・ドラリュ=マルドリュスとの情交を持つことを何ら妨げるものではなかった*2
エヴァ・パーマーもまたパリに来ていて、ナタリーの密使となってルネのもとへ通った。ナタリーの作戦はエヴァか音楽を通じてしか成功のあてがなかった*3
ルネはエヴァを招待して、オペラのボックス席を共有しようとしたが、そこへ現われたのはエヴァではなくてナタリーだった。ルネは再会を喜んでいるように見えた。彼女はナタリーとふたたび会う約束をしたが、ランデヴーをすっぽかした。そうするうちにナタリーは父親の世話をするため呼び戻されて、彼女の父はモンテカルロで臨終の床にあった。彼女は彼の遺骨を抱いてワシントンへ戻り、しばらくの間そこにとどまっていたようである*4
とうとう1904年の夏、ナタリーはルネがバイロイトのワグナー音楽祭に参加しようとしていること、しかもあの男爵夫人は同行しないという噂を耳にした。ナタリーの努力がこれまで実を結ばなかったのは、この男爵夫人がいつも嫉妬深く目を光らせているせいであった。いつも誠実な友人であるエヴァ・パーマーが、ナタリーと共にバイロイトへ向けて旅立った。ふたたび席が入れ替えられ、ナタリーとルネは再会を果たすことが出来た。ナタリーは数篇の散文詩を携えていて*5、それはルネに対する誠意と愛の深さを断言したもので、ルネは遂に説得された。彼女は復縁を決意したが、それはミチレーネにおいてでなければならなかった。
ミチレーネに着いたルネとナタリーはある果樹園に二軒の別荘を借り、サッフォーの結社を作るというかつての夢をふたたび暖めた。牧歌的な幸福の日々はファン・ザイレン男爵夫人からの海外電報によって打ち破られた。夫人はまさにレスボス島へ乗り込んでくるところだった。ナタリーはパリに向けて旅立ち、ルネが必ずや男爵夫人と別れて自分のもとへ戻ってくると信じて疑わなかった。ルネは二人の女の間で引き裂かれたが、結局はナタリーを捨て、新しい愛人と暮らす方を選んだ。

*1:訳者注:「私は単純なロマンチストに過ぎなかった」とはルネ自身の言葉です。

*2:原注:ルネは1904年のナタリーとの和解ののちに、このナタリーとドラリュ=マルドリュスの関係を知ったに違いない。『一人の女が私の前に現われた』の1905年版にはもはやペトルスは現われず、リュシー・ドラリュ=マルドリュスはドリアンヌという名で、ロアリー(ナタリー)にお払い箱にされたもう一人の恋人として登場する。詩集『私たちの秘密の愛』(ドラリュ=マルドリュス、1951年)に収められたもろもろの詩篇は明らかにナタリーとの関係を歌ったものである。

*3:原注:音楽はルネのもっとも激しい情熱のひとつだった。『一人の女が私の前に現われた』の原書はその全章の冒頭に名曲の楽譜の一部が冠せられている。小説の中では、ルネに代わってサン・ジョヴァンニがこう言っている「私にとって永遠に残念なのは、自分が音楽家ではないことである」(訳者注:第4章をご参照ください)。

*4:原注:ジョージ・ウィックスは(私信で)ナタリーがこのころ年に数ヶ月ワシントンに滞在していたらしいという情報を提供してくれた。この旅路についた時、ナタリーはエヴァ・パーマーともう一人、フレディという青年をともなっていた(前出『ぶしつけな回想』)。ナタリーはオリーヴ・カスタンスを通じてこのフレディなる人物と知り合ったのだった。フレディというのは実名ではないかも知れない。この青年が『一人の女が私の前に現われた』の中の「売春夫」である可能性がある。

*5:原注:これらの散文詩は1910年に『私は思い出す』という題で出版され、ナタリーの側から見たルネとの関係が描写されている。