魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

『生きている理由』松岡圭祐(Ⅱ)

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幼い頃の川島芳子。www.mplus.comより。

表題の作品について、一天一笑さんから改めてレビューをいただいておりますので掲載します。一天一笑さん、いつもありがとうございます。

プロローグ

これは日中近代史に東洋のマタハリと謳われ、戦後1948年、中国国民党軍により漢奸(売国奴)として処刑された、川島芳子・愛新覚羅顕仔の少女期の物語・初恋譚です。
初恋の相手は松本聯隊の旗手山家亨中尉です。

愛新覚羅顕仔、日本へ渡る

1900年頃、義和団の乱以後(柴五郎が活躍した頃)そして中華民国が成立した後も、奇妙に清朝・愛新覚羅家が存続しているという状況下、王族粛親王は日本人通訳川島浪速と協力しながら、事態の巻き返しを狙うが思うに任せない。状況は改善される見込みがない。
親王は一つの決断をする。袁世凱に狙われている第十四王女顕仔(実母は第四側妃)を川島浪速の養女とする(七歳の女の子の意思は斟酌されません)。ここから、川島芳子の血筋と人工的な不自然な家庭環境に流されていく人生が始まります。
実父粛親王に「川島のおじちゃんの家の子供になるか?」と聞かれ、同意してしまう幼い芳子の心情に、胸が詰まるような思いがしますね。
芳子は豊島師範学校付属小学校に通学しますが、矢張り周囲とは上手く馴染めません。川島浪速の提唱する満蒙独立運動も、陸軍を通じて正式に政府は支援を打ち切るとの伝達があります(川島浪速は政府から金を出させる理由が無くなります)。
ひと気の無くなった川島の屋敷(粛親王からの財産分与で建築した)で遊んでいた芳子は、実父粛親王からの川島浪速宛の手紙を見つけます。そこには「君に玩具を進呈する」と書かれていました。“玩具”この言葉が芳子の心に焼き付けられてしまいます。

松本高等女学校に通学中、山家亨中尉と邂逅する

川島浪速は、不本意ながらも東京を引き払い故郷の信州へ帰ります。当然芳子も一緒に転居します。それに伴い学業も松本高等女学校へと移ります(当時の高等女学校はそれなりに裕福な家でないと入学できません)。当然、地元の松本聯隊が登校時の沿道の警備の任を負います。今の松本城の堀の辺りでしょうかね。松本聯隊の旗手山家亨中尉が、ある日危うく落馬しそうになった川島芳子を助けたことから、惹かれあうようになります。この異色の乗馬通学も、落馬未遂事件?も総て川島浪速の陰謀です。川島芳子を正式に養女として入籍せず、清朝王女の愛新覚羅顕仔のまま、満蒙独立の為の手駒として使おうとの目論見です。
それは中華民国を中国大陸から追い出して、自分が王女の養父として君臨したいという野望からです。
松本聯隊の陸士33期の兵士たちは、軍務の合間を縫って芳子目当てに川島邸に通います。
妻に逃げられた養父と十六歳の養女の二人暮らしというのはどうしても、世間の噂になります。
芳子にはどうしても、利害を超えた友達ができません。

実父粛親王、実母第四側妃が逝去、又玩具という言葉に出会う。

自分は何者なのか?日本人名を持ちながら、日本国籍を持たない。しかし中国語も忘れてしまっている。煩悶する芳子に実父の危篤の知らせが入り、川島浪速と共に船上の人となりますが、間に合いません。長い服喪期間に入ります。第七王子同母兄との話のつれづれに満蒙独立は過去の幻想であること(多額の資金を必要としましたが、見合った成果はありません)、更に父上は子供のことを玩具と呼んでいた、品物扱いかな?との会話に索漠とした気持ちを抱きます。幼き日の優しい実父の姿は見せかけだったのか?実母もほぼ同時期に病没し、天涯孤独の身の上になります。更に実母第四側妃の子供たちだけ同母兄のように留学するか、芳子の妹達も日本に行く予定だったと聞かされて、何となく嫌な気持ちになります。
養父の川島浪速は、人によって尊大な態度をとるか、わざとらしいへりくだった態度をとるかの二択です。これにも嫌気が指します。私は養父にとっても道具だったのか?
案外陸士仲間のいっていた「川島のおっさん、大物ぶりたいだけの人じゃないか」が本当かもしれません。見栄っ張りの自分大好き人間ですかね。

松本高等女学校退学とカンジャル・ジャップとの婚約

服喪期間三か月後、芳子は日本に帰国します。校長は歌人土屋文明に変わっていました。
そこで、問題が起こります。唐沢前校長は、芳子の戸籍謄本が未提出であっても(日本国籍が無くても)入学を許可していたのですが、土屋校長ではそれはNGです。結局松本高等女学校を退学することになります。
一方山家亨中尉は、芳子が帰国し、高等女学校を退学したと噂に聞いて、夕刻川島家を訪れます。その時不自然な状況ながら、川島家に賊が入ったようで、芳子が怪我をし、部屋があらされます。山家亨は松本聯隊の陸士を応援に呼び、不寝番を務めます。そして、川島浪速と深夜の押し問答の末、粛親王と川島浪速との間で取り交わされた“玩具”の本当の意味が明らかになります。「玩具は芳子を指すのではなく、他にあるのだ」。実母第四側妃が輿入れする時に、清朝の慣例に則って持参した「黄金の独楽」の事を玩具と呼んだのだと。
これは松岡圭祐ならではの視点ですね。なんということでしょう!
川島浪速は、黄金の独楽の所有権は自分にあると、強く主張します。事実銀行の担保に取られているのです。揺れ動く芳子の心とそれを支えようとする山家亨。黄金の独楽の存在を知った芳子は山家亨中尉を護衛に東京の銀行まで出向きますが、同じく独楽を狙っていた国民党の賊に強奪されてしまいます。
川島浪速は、強引に蒙古人カンジュル・ジャップとの婚約を決めてしまいます。
清朝の王女に相応しい縁組というところですかね。カンジュル・ジャル・ジャップは乗り気の様です。芳子は結局中国にいる皇帝溥儀に、婚約成立の挨拶に出向く事になります。
しかしながら、溥儀に民間人の川島浪速は相手にされません。
その間、日本に残っていた山家は松本聯隊の陸士仲間と協力して、軍務の合間を縫って黄金の独楽の行方を追います。実らない恋ですが、出来ることはやります。
さて溥儀と会見した芳子は失望感を味わいます。
何事にも退嬰的な形ばかりの清王朝では、誰も中華民国からの独立など望みません。

養父との決別、黄金の独楽の行方と関東大震災

山家中尉は、黄金の独楽の行方を入手し、奪還に成功します。恋敵?カンジュル・ジャップの助けを借りる形になってです。しかしここで独楽を入れた箱の底に、実父の粛親王からの芳子への正式な譲受人状(弁護士の署名もある)が発見されます。それによると黄金の独楽は、清朝王女の嫁入り道具ではなく、川島芳子個人の所有物であることが証明されます。
つまり、養父には所有権は無く、どの様に処分しようとも芳子の勝手であるということです。
実母からの日本語・中国語で書かれた真心の伝わる手紙も発見されます。
実父は清朝のしきたりより、芳子自身を大事に思ったのでしょう。

黄金の独楽の所有権を主張する川島浪速とカンジュル・ジャップとの激論の最中、関東大震災が起こります。東京は一時的に無政府状態になります。そこに執念深く黄金の独楽を追いかけて来た国民党のギャング達と、山家亨中尉とカンジャル・ジャップとの連合軍?の死闘が展開されます(純金の独楽の貨幣価値は国家予算に匹敵する?)。
この場面では川島浪速の屑っぷりが、半端なく出てきます。命より黄金の独楽が大事であるかのように。他人の評価ばかり気にして自分自身の無い人です。それを隠そうと尊大に振舞う。
芳子の「ようやく、わかった。私は人の期待を満たすために生きているのではないということが」の台詞がやっと出ます。精神的な養父からの独立です。困難な状況下でも生きている理由が少しでも掴めます。
カンジュル・ジャップは黄金の独楽が無くても、芳子と結婚する肚を決めます。川島浪速の借財の肩代わりをします。
芳子は黄金の独楽を、首都東京の復興の為に、母方の叔母新田春子(日本人名)に寄付をすることを自分自身で決定し、法律的に有効な書類も作ります。
そうやって、物事が前に進むと、残るのは芳子自身の身の振り方です。

エピローグ:男装の麗人の誕生

芳子は、女を捨て、もう王女ではない事を服装で世の中に示します。そして避けられない山家亨中尉との別れがやって来ます。最後の場面が何とも切ないですね。

日中近代史に興味のある方、人間川島芳子に興味のある方、時間のある方にお薦めします。
勿論松岡圭祐ファンの方にも。歴史と謎解きが融合して退屈しませんよ。

天一


天一笑さん、ありがとうございます。ちなみにこの作品の著者松岡圭祐は続編を構想中とのことで、ひょっとすると彼は川島芳子の謎に満ちた生涯全体をサスペンス小説化するつもりなのかも知れませんね。大いに期待したいところです。
それでは皆様、よいお年をお迎え下さい。

生きている理由 (講談社文庫)

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