魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

抄訳「ゴブリン・マーケット」

テキストはウィキソース『ゴブリン・マーケットおよびその他の詩集』に拠る。なお全訳が読みたい方には下のダコタさんの訳をお薦めします。原詩に忠実な訳詩です。

dakotanian.hatenablog.com

朝に夕べに

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アーサー・ラッカム(Arthur Rackham)による挿画で、小川の水を汲みながら、ゴブリンたちを見るローラと、見まいとして顔を隠すリジー。なお二人が座っている地面には雛菊の花が咲いていて、雛菊は純潔の象徴で、雛菊が咲いていない部分には汚れた少女の死体が埋まっているのだそうです。goblinmarketproject.blogspot.comより。

朝に夕べに
少女たちはその声を聴いた
「わしらの果樹園で採れた果実
買いなされ 買いなされ
リンゴにマルメロ
レモンにオレンジ
無傷のむっちりしたチェリー
メロンにラズベリー
産毛の頬をした桃
黒い頭をした桑の実
野生のクランベリー
クラブアップルにデューベリー
パイナップルにブラックベリー
アプリコットにストロベリー
すべてはこの夏空のもと
過ぎゆく朝また朝に
美しい夜また夜に
いっせいに熟れたくだもの
買いなされ 買いなされ
採れたてのぶどう
完熟ザクロ
デーツと酸っぱい野生のプラム
珍種の梨とグリーンゲージ
まずはご賞味あれ
ダムソンにビルベリー
カランツにグーズベリー
真っ赤なバーベリー
お口を満たすイチジク
南国産のシトロン
目に快く 舌に甘い
買いなされ 買いなされ」(第1行~第31行)

家に着くと リジーが待ち受けていて

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禁断の快楽に溺れるローラ。日本生まれのアメリカ人アーティスト、キヌコ・クラフト(Kinuko Craft)さんの作品。goblinmarketproject.blogspot.comより。

家に着くと リジーが待ち受けていて
たっぷりと叱りつけた
「いいこと 門限を守りなさい
女の子に夜はよくない
谷間はゴブリンたちの溜まり場
人がうろついていてはいけない
ジーニーのことを忘れたの?
彼女はゴブリンたちと月夜に出会い
上質で大量の贈り物を受け取った
彼女は夏を通して 日の恵みに満たされた
森の木蔭で摘み採られた
果物を食べ 花々で着飾った
けれど一夜明けると
彼女はやつれにやつれ
昼も夜もゴブリンたちを空しく探し求め
髪は白くなり 痩せ衰え
初雪とともに亡くなって
彼女が眠る墓地には 今にいたるまで
草一本生えてこない
私が去年植えた雛菊も
いまだに花を付けない
だから気をつけて」
「うるさい」とローラは言った
「姉上はお黙り下さい
お腹はいっぱいになったわたし
お口はまだよだれをたらす
明日の夜は必ず
もっと買うわ」そうしてリジーにキスをしながら
「悲しみにさよなら
ああ採れたてのプラムや
お値打ちもののチェリーを
あなたにも分けてあげたい
あなたは私の歯が初めて知った
イチジクの味をまだ知らない
金のお皿に載ったメロンは
重くて持てないくらい
巨きくて冷たい
何たる産毛にくるまれた桃
何たる透明な種なしぶどう
あのような果実が実る果樹とは 必ずや
蜂蜜酒のごとく馥郁たる土壌に根ざし
百合の花咲く清冽な川辺に育ち
その樹液は砂糖のように甘いに違いない」(第141行~第183行)

ローラはもう家の掃除も

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ドメニコ・フェッティ作「メランコリー」。ウィキメディア・コモンズより。

ローラはもう家の掃除も
牛や鳥の世話もしないで
蜂蜜を集めることも
小麦粉を捏ねてケーキを作ることも
川で水を汲んでくることもせず
ただ暖炉のそばにしょんぼりと腰かけたまま
食事も摂りませんでした

優しいリジーにとって
妹の病苦を共有できず
ただ眺めているのはつらいことでした
彼女は朝に夕べに
その声を聴いていました
「わしらの果樹園で採れた果実
買いなされ 買いなされ」
川辺で または谷間を歩きながら
あわれなローラには聴こえない
ゴブリンたちの訪れを 呼び声を 立てる物音を
かすかに聴いていた
妹に果実を買ってやりたかった
けれど代償が高くつくことを恐れた
思えば死んだジーニーは
結婚式を間近に控えていた
花嫁となる幸せの代わりに病を得て
うら若い身空で
冬が来る前に
初霜が降りた日に
その年初めての雪が降った日に 彼女は死んだのでした

けれどもやがて ローラの顔に
死相を看て取ったとき
ジーはみずからの行く末を もはやおもんばからず
ただ1ペニー銀貨を一枚財布に入れて
ローラにキスをすると
ハリエニシダとヒースの生い茂る荒野を渡り
夕暮れの川のほとりに立ち
そこでまず生まれてはじめて
目を凝らし 耳を澄ました(第293行~第328行)

ひりひりと ちくちくと ずきずきと

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ゴブリンたちから「集団暴行」を受けるリジー。ジョン・ボルトン(John Bolton)作アダルトコミック版「ゴブリン・マーケット」の1ページ。goblinmarketproject.blogspot.comより。

ひりひりと ちくちくと ずきずきと
からだのあちこちが痛むのをがまんしながら走り続けた
昼も夜もわからなかった
川を飛び越え ハリエニシダを引き裂き
雑木林を登りくだり 縫うようにして
そうして走りながら財布の中で一枚の銀貨が鳴る音を
ジーは耳にしていた
その音は彼女の耳には音楽でした
彼女は走った 走った
それはあたかもゴブリンたちが
彼女をからかうか 呪うか 殺すかするために
後をつけてこないかと それを恐れるように
しかし一匹のゴブリンも駆け付けて来ず
また彼女自身も少しもひるんだりしませんでした
優しい心が足につばさを与え
それで彼女は急ぎながらも 内心は快哉を叫びながら
ほとんど息もつがずに家路を駆け抜けました

「ローラ」庭から駆け込むやそれは大きな声で
「さびしかったでしょう
さあキスをして
私の傷にかまわないで
私を抱いて キスをして 私のジュースを吸うといいわ
これぞゴブリンの果実から搾り取られた
ゴブリンの果肉と ゴブリンの果汁
私を飲んで 食べて 愛して
ローラ 私をうれしがらせて
あなたのために 私は勇を鼓して谷をくだり
ゴブリンの商人たちとかかわりを持ったのだから」

ローラは椅子から飛び上がると
両手を宙に差し上げて
みずからの髪をつかんだ
「リジ― あなた まさか私のために
あの禁断の果実を口にしたの?
あなたの光は私の光のように失われ
あなたの若さは私の若さのように枯れ果てて
私が落ちぶれたせいであなたも落ちぶれ
私が死ぬせいであなたまで死んでしまうと言うの?
ゴブリンの毒にあたって 癒えることのない渇きと病苦に冒されて」
彼女は姉にしがみつくと
キスをして キスをして キスをした
熱い涙がふたたび
落ちくぼんだ目に込み上げた
それは長い日照りのあとの
慈雨のごとくほとばしりでた
死病の恐怖と苦痛にがたがたふるえながら
彼女は飢えたくちびるで 何度も口づけをした

そのくちびるは焦げ始めた
その舌にとって この果汁は甘露ではなかった
ローラはこのご馳走を憎んだ
憑かれたように跳びはね 奇声を発すると
ローブを引き裂いて その両手を
苦しくてたまらない様子でせわしなくよじり合わせながら
みずからの胸を打ち叩いた
彼女の髪は逆立ち
全速力で駆けてゆく競技者が
捧げ持つ松明の火のように
疾駆する馬のたてがみのように
太陽めざしてまっしぐらに飛んでゆく
猛禽のつばさのように
檻から解き放たれた獣のように
急行する戦隊が振りかざす軍旗のように たなびいた

速やかな火が全身の血管を駆けめぐり 心臓に来て
そこで燻っていた火と出会い
消えかけていた火を圧倒した
彼女は名前のない苦患をむさぼり食らうのでした
ああ命を危険にさらすような
つらい役回りを選ぶとは おばかさん!
五感はこの死闘で駄目になった
最後に彼女は 地震で倒壊した
高い物見やぐらのように
雷に打たれた帆柱のように
強風に翻弄されて 根こそぎ
引き抜かれた大樹のように
水しぶきを上げて横転した
海上の竜巻のように
ばったりと倒れてしまいました
天国のよろこびと地獄の苦しみのあとに訪れたもの
それは「生」だったでしょうか 「死」だったのでしょうか(第447行~第523行)


アンナ・ブランドフォード(Anna Blandford)監督による「ゴブリン・マーケット」の初の実写映画版であるところの短編映画『ゴブリン・マーケット――永遠に失われた純潔(Goblin Market ―Innocence lost forever)』(2012年、イギリス)の予告編。公式ホームページはこちら
Goblin Market - Submission to ÉCU 2013 (Trailer)