魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

エドガー・アラン・ポー「ユーラリー(Eulalie) 」他二篇

ユーラリー:歌(Eulalie — A Song)*1

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エドガーの妻、ヴァージニア・ポー。エドガーとともにヴァージニアの最期を看取ったマリー・ルイズ・シュウ夫人が、死後数時間のうちに描き上げたものだそうで、ウィキペディアによれば、信頼に値するヴァージニアの肖像はこれ一点しか残っていないとのこと。ウィキメディア・コモンズより。

 私は呻吟の世に
 ただ独り住んでいて
わが魂はよどんだしおであった
ユーラリーを迎えた日まで
金髪巻き毛のユーラリーをわが花嫁として迎えた日まで

 ああ 夜空の星の
 輝きも この美少女の
まなざしに比べれば暗い 暗い
 月光と霧が咲かせる
 パープル真珠パールの色の
花びらの そのひとひら
ユーラリー 彼女が魅せる ほつれてもくしけずらない巻き毛ほど 綺麗ではない
ユーラリー 彼女が魅せる 乱れても淫らではない髪ほどに 綺麗ではない

「疑い」も「痛み」も今は
 私をわずらわさない
彼女の魂は 溜息に溜息を返すから*2
ユーラリー そんな彼女が 人妻の目を向ける時
ユーラリー 菫色ヴァイオレットの目をひらき 振り仰ぐ時
 金星は昼もひねもす
 蒼天に光り輝く*3

ULALUME:一つの物語歌(Ulalume — A Ballad)*4

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D. G. ロセッティ「ULALUMEのための習作」。ウィキメディア・コモンズより

暗澹たる大空でした
 木の葉は朽ちてひからび
 木の葉はしなび ひからび
それはわが記憶が実に不確かな  
 ある一年の十月の夜*5
オオバアの暗き湖水のほとりこそ
 濃霧の秘境 ウィアアなのです
オオバアのじめじめとした湖畔こそ
 ウィアアの林地 魔の境です


糸杉の巨木の道をかいくぐり
 私は霊とともに旅した
 わが霊と わがPSYCHEプシュケーと二人して
その頃のわが心境は火口より
 沸きほとばしる岩滓スコリアの川
 沸き立つ溶岩ラヴァが滔々と
ヤアネック かの極地なる山上を
 転落させる硫黄の流れ
ヤアネック 北極界の高峰を
 とどろき落ちるその流れ

しめやかに語らいつつも われわれの
 想いはともにしびれ ひからび
 記憶はともに定かではなく
それが十月だったとも
 その年のその夜だったとも知らなかった
(一年のあらゆる夜のその夜を)*6
オオバアの暗きみずうみ心せず
(かつて旅したこともあるのに)
オオバアの陰湿湖沼 気にもせず
 ウィアアの林地 魔の境すら

さるほどに夜はおとろえ
 見ればいま星の文字盤スター・ダイヤル 朝を指し
 文字盤ダイヤルは朝のきざしを示す時
われわれの旅路の果てに 液化せる
 星雲状の光あらわれ
三日月の形状をした星影が
 ふたつの頭角つのを見せてのぼった
三日月の形状をした金星が*7
 ふたつの頭角つのをくっきりと見せ

私は言った「この星は月姫ダイアナよりも暖かい
 溜息のエーテル中を浮遊して
 溜息の世界で 甘い恋に酔う
煩悩が巣を食っているわが頬に
 絶えず涙が宿るのを見て
やってきた 獅子の星座を通過して
 天国そらへの道を示そうと
 天国そらですべてを忘れるために
やってきた 獅子座の星をふりきって
 その目で道を照らそうとして
やってきた 獣王ライオンの巣をくぐり抜け
 その明眸に愛をたたえて」

されどわがPSYCHEプシュケー 指をさし上げて
「この星は何故か不安をかき立てる
 蒼白な影が不安をかき立てる
さあ早く 何をぐずぐずしているの
 逃げましょう 逃げましょうよ 彼女は危険だわ」
そう言って身ぶるいすると 彼女の翼は垂れ下がり
 塵にまみれるばかりしおれた
苦しげな嗚咽とともに その両翼は垂れ下がり
 塵にまみれるばかりしおれた
 地の塵にまみれるばかり

私は言った「そう悩むには及ばない
 わななく光のあとをいて行こう
 水晶の光に湯浴ゆあみしよう
その巫女シビュラのごとき光は今宵
 『希望』と『美』に輝いている
大空をゆらめきのぼるこの微光
あの星はきっと信じて大丈夫
 きっと正しく道しるべする
必ずや正しい道を指し示す
 光をともに信じよう
大空をゆらめきのぼる星だから」

こう言って彼女を抱いてキスすると
 彼女は悲しくはなくなり
 彼女は朗らかになります
さて二人 旅路の果てに来たものの
 お墓があって先へ進めず
墓には文字が刻まれていた
「妹よ 墓に彫られた文面は
 如何いかに」と問えば 霊魂いわく
ULALUMEウラルーム ULALUMEウラルームです われわれは
 今ULALUMEウラルームの墓前にいます」

惨憺たる心境でした
 朽ちてからびた木の葉のように
 しなび からびた木の葉のように
私は叫んだ「十月だった
 去年の同じこの夜だった
この私 ここへ旅して 旅をして
 恐ろしい重荷をここへもたらした
 一年のあらゆる夜のこの夜に
どんな悪魔デモンがみちびいたのか
オオバアの暗きみずうみ この地こそ

 濃霧の秘境 ウィアアなのです
オオバアの陰湿湖沼 この地こそ
 ウィアアの林地 魔の境です」

ここでわれわれは歌声こえそろえた「まさか
 この森に棲む魔人グールらが
 慈悲憐憫の魔人グールらが
われわれの道を封鎖し 遮断して
 魔境の謎を固守せんとして
 魔境の秘密厳守せんとて
この妖星を呼び寄せたのか
 天体たちの陰府リンボから
この罪業ざいごうさんたる星を
 き星たちの地獄から」*8

アナベル・リー(Annabel Lee)*9

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ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス「ミランダ」。ウィキメディア・コモンズより。

遠い遠い昔
 ある海辺の王国に
一人の少女が住んでいて
 その名をアナベル・リーと言い
この少女は俺を愛し 俺に愛されることだけを
 考えて暮らしておりました

この海辺の王国においては
 俺も彼女も子どもでした
けれども俺とアナベル・リーとは
 愛以上の愛で結ばれていた
だから天上に住む天使たちは
 俺たちのことをこころよく思っていませんでした

だから遠い昔のある日
 この海辺の王国で
一片の雲から風が吹き降りてきて
 俺のアナベル・リーが冷たくなった

すると彼女のやんごとない一族の人たちが来て
 俺から彼女を奪い
この海辺の王国の
 墓に閉じ込めてしまいました

天使たちは天国にいてもちっとも幸せでなく
 俺たちが幸せなのが面白くなかった
だから(これはこの海辺の王国に
 おいては周知の事実)
一片の雲から夜風が吹き降りてきて
 俺のアナベル・リーの体温を奪った

だが俺たちの愛は強かった
 俺たちより人生経験を積んだ人たちの愛よりも
 俺たちより知恵のついた人たちの愛よりも
だからそらで人々を仕切っている天使たちも
 海で人々をおびやかす魔物たちも
俺とアナベル・リーとを結ぶ固い絆を
 断ち切ることはできません

なぜなら清らかな月の姿は 俺にとっては
 アナベル・リーの姿だから
そうして満天の星の光は 俺にとっては
 アナベル・リーの目の輝きだから
だから俺は夜もすがら 俺の大切な 大切な
俺の命 俺の花嫁のかたわらに眠るのです
 海のほとりの墓の中で
 波の音がする彼女の墓の中で

 

スティーヴィー・ニックスアナベル・リー」。アルバム『In Your Dreams』(2011年)より。
Annabel Lee.wmv
In Your Dreams

In Your Dreams

  • アーティスト:Nicks, Stevie
  • 発売日: 2011/05/06
  • メディア: CD
 

*1:『大鴉およびその他の詩集』(1845年)に拠る。

*2:ボードレール「レスボス」(『悪の華』初版80)第二節に「そこでは誰の吐息にも、応えない吐息とてなく」云々。こちらの記事をご参照ください。

*3:金星が昼間でも肉眼で観測できるというネタについてはこちらの記事もご参照ください。

*4:マンハッタンのモルガン・ライブラリー所蔵の手書き原稿(1849年9月)に拠る。

*5:「それはわが記憶が実に不確かなある一年の」原文 'of my most immemorial year'。'immemorial'とは本来「人々の記憶にないほど大昔の」という意味の言葉ですが、ポーはここでは意図的に意味を変えて使っています。この語義の転用をT. S. エリオットは厳しく非難しました。

*6:「その夜」とは10月31日、ハロウィーンの夜。

*7:「(金星は)外合のときは満月、最大離角のときは半月、内合のときは新月、最大光度のときは三日月のような形に見える」。日本語版ウィキペディアより。

*8:最終節後半四行、月や星など夜見える天体は朝が来るといったん死んで、夜になるとあの世からよみがえってくる、という考え方。トーマス・マボット(Thomas Ollive Mabbott, 1898 – 1968)の注に拠る。

*9:グリスウォルド編『エドガー・アラン・ポー後期作品集』第二巻(1850年)に拠る。