魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

リェーナ・カーチナ vs. t.A.T.u.(Elena Katina vs. t.A.T.u.)「レズビアン vs. フェイク・レスビアン」篇

2019年7月26日、リェーナ・カーチナの新しいソロアルバム『モノ(Mono)』がリリースされました。リェーナのソロアルバムは5年ぶり2枚目となります。さっそくその中からタイトルナンバー「モノ(Mono)」のライブ映像をご紹介します。作詞作曲:アレクサンダー・ホロシュコバティ(Alexander Khoroshkovaty)。歌詞はこんな感じ(原詩はロシア語で、英訳からの重訳)。

かつてはステレオだった二人の恋が 今はモノラル
二人の感じることも考えることもすることも 今はシンクロしない

かつてはステレオだった二人の恋が 今はモノラル
どんな世界にいても 私があなたを信じていたことは忘れないで


Lena Katina (t.A.T.u.) - "Моно / Mono" Live @ Novoe Radio

Моно

Моно

 

「僕は未成年の女の子が好き」

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男性向月刊誌『マキシム(MAXIM)』(ロシア版)2003年1月号の表紙を飾ったt.A.T.u.セミヌード。eng.tatysite.netより。

前回の続きに戻りまして、以下の長い引用は、2003年2月11日付のイギリスのタブロイド紙ザ・サン(The  Sun )』に掲載された「シャポヴァロフ『僕は未成年の女の子が好き』(Shapovalov: "I prefer underage girls!")」という記事からの抄訳となります。途中、読んでいて胸くそが悪くなる部分もあるかと思いますが、イワン・シャポヴァロフという男を知る上での基礎的なデータとなりますのでご容赦下さい。原文はこちら



シャポヴァロフ「僕は未成年の女の子が好き」

ティーンエイジ・ポップデュオ「t.A.T.u.」のマネージャーは未成年の少女とセックスするのが好きだと認めた。

イワン・シャポヴァロフ氏は小紙との独占インタビューに応じ、ユーリャ・ヴォルコヴァ(17)およびバンドメイトのリェーナ・カーチナ(18)とともに、バンドの背後にあるアイディアについて説明してくれることになった。
ところが彼の告白から浮かび上がったのは、スターの座にあこがれる少女たちを食い物にすることしか考えていない病めるスヴェンガーリの姿だった。

14歳の一人息子がいるシャポヴァロフ氏は言った。「t.A.T.u.のアイディアは市場調査から得た。僕はほとんどの人がインターネット上でポルノを調べていて、そのうちのほとんどの人が未成年者のわいせつ画像を探しているのを見た。
「彼らの必要は満たされていなかった。僕は結局自分が正しかったと思った。それは僕自身の欲望と同じだった。僕も未成年の女の子が好きなんだ」
未成年の女性と寝たことがあるのかと尋ねると、彼は答えた。「それは今の話とは関係ないし、覚えていない」
シャポヴァロフ氏は少女たちを対象としたオーディションで、彼女たちの熱意を悪用した手法を駆使している。
t.A.T.u.の元ソングライターで、シャポヴァロフ氏の元愛人の一人でもあるエレーナ・キーペル氏は、彼がスターになりたがっている少女たちと定期的にセックスしていると主張している。
そして離婚歴のあるシャポヴァロフ氏自身も、相手の年齢は慎重に伏せながらも、それを喜んで認めている。彼は言った。「僕はいつも(少女たちの枕営業を)利用している。いつもね。僕はこうして再婚相手を探してるんだ」
キーペル氏はまた、彼が当時まだ14歳のユーリャ・ヴォルコヴァと性的関係を持ったとして告発している。たとえロシアでは14歳の少女と関係を持つことが違法ではないとしても、この事実は今や世界的に有名となったバンドのイメージを大きく損なうものであろう。
一年前、t.A.T.u.のビデオやステージアクトの過激な性質に抗議してプロジェクトを脱退したエレーナ・キーペル氏(27)はこのように語った。「イワンは当初からユーリャを抱きたがっていました。もちろん、ユーリャは貧困層出身の若い娘に過ぎず、富と名声に飢えていました。イワンはそれが必ず手に入ると約束したのです。
「私たちが(プロジェクトとしての)t.A.T.u.を結成してから二、三週間後のある夜、彼は自分の車の中で、私の顔を見てこう言いました。『ユーリャをバンドに引っ張り込んで正解だった。あの子は少しおつむが弱いが、セクシーだ。あの子と✖✖✖✖して気持ちよかったよ』
「ユーリャはイワンに夢中でした。ツアー中、彼と私は同じベッドで休んでいたのですが、早朝になるとユーリャがドアをノックするのです、彼と寝ようとして。私がそこにいるとは思いも寄らなかったのでしょうね」
シャポヴァロフ氏はサラトフ州南部の町で心理学を学び、児童心理学者としての二、三年間の実習を経て、モスクワへと越してきた。
キーペル氏は言った。「彼は心理学者ですから、医師が子どもたちに心を開かせる術を心得ているのです。いわゆる『キャスティング・カウチ』の上で、彼はその妄想を実現してくれる多くの少女たちと出会い、彼が彼女たちを愛していると信じ込ませました。少女たちはみんな――私自身もそうでしたが――彼に恋をしてしまうのです。彼は自分を自分の思うように見せかけることができるのです」
シャポヴァロフ氏は小紙に対して、t.A.T.u.のメンバーたちやそのご両親たちが契約書にサインした時点では、彼女たちがレズビアンのふりをしなければならないことについては全く知らされていなかったことを認めた。
彼女たちが以前所属していたタレント養成学校の教師であるエレーナ・ピンドホヤン( Elena Pindzhoyan)氏は、彼女たちをt.A.T.u.のキャスティングに送り込んだことを後悔していると言う。

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「ネポセディ」の音楽教師、エレーナ・ピンドホヤンさん。ウィキメディア・コモンズより。

この32歳の女性は言った。「あの人たちが何を計画していたのか、私たちは何も知りませんでした。ただポップグループを作ると聞かされただけです。
「ご両親たちは後になって非常に憤慨しておられましたが(既に契約を済ませた後だったので)何もできることはありませんでした。このようなことが本当に年端もいかない少女たちに対して行われたという点が腹立たしくてならないのです。もし彼女たちが18歳に達していたならば、私も納得できたかも知れません。しかし彼女たちはまだほんの子どもでした。このようなことは彼女たちの将来に悪影響を及ぼしかねません」
また彼女はユーリャが児童たちによるパフォーマンス・グループ「ネポセディ」を脱退した理由について、ユーリャが下品な子で他の児童たちの体をさわるなどしたからだというシャポヴァロフ氏が拡散したうわさは、t.A.T.u.に注目を集めるための根も葉もない嘘だと主張した。
ピンドホヤン氏は怒りをあらわにしながら言った。「イワンは全くの空想家です。ユーリャはそんなはしたない子ではありません。彼女は14歳で最年長となったため、他の子どもたちと同じようにバンドを去らなければならなくなったのです。卒業すべき年齢に達したということです」
昨年、ロシア各地を巡業しながら、t.A.T.u.のメンバーたちは服を脱ぎ、性行為をシュミレートするよう命じられた。
キーペル氏は言った。「彼女たちは目立ちたがり屋でしたし、私たちも彼女たちのマネージャーとして、自分たちのしていることはわかっているつもりでした。
「しかしそれはエスカレートしていきました。彼女たちはステージ上で観客に向かって脚を大きく開いた姿勢で横たわったり、上半身を露出したまま観客をステージ上に招いたりさせられました。
「彼女たちは『嫌だ』と訴えていましたが、何も変わりませんでした」
シャポヴァロフ氏はこの告発を否定せず、こう答えた。「取り巻きのうちの誰かが、彼女たちにそんなことをするよう、そそのかした可能性はあるね」
しかしユーリャ・ヴォルコヴァは誠実に答えた。「ええ、確かに私たちはそんなことをしました。けれどそれは私たちが決めたことです。私たちが好きでやったのです。私たちはまさにイギリスからのこのようなリアクションを期待していたのです」
また彼女はステージ上でセックスの真似事をするにはまだ若すぎるという批判についてこう言った。「いいえ。私たちがまだ若いからこそ、それをする意味があるのです」
一方、シャポヴァロフ氏は彼女たちがレズビアンであると主張し、t.A.T.u.のビデオを放送禁止にしたBBCは「病気」だと非難した。彼はチャンネル4のプレゼンテーター、リチャード・マドリー(Richard Madeley)がt.A.T.u.のシングル「オール・ザ・シングス・シー・セッド」を「小児性愛者のメッセージ」と酷評してくれたおかげで、t.A.T.u.のアルバムの売り上げは更にアップしたとまで言った。
シャポヴァロフ氏は言った。「歌を売るためにセックスを利用する必要はないし、注目を浴びるためにセクシーである必要もない。ただ正直でありさえすればよいのだ」

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2001年、イギリスのチャンネル4でトーク番組の司会を務めることになったリチャード・マドリー夫妻。digitalspy.comより。

私が覚えているのは、英語圏のファンサイトでは、このころ既にこのようなファンの書き込みが見られたことです。

ユーリャ、リェーナ、目を覚まして!!今すぐシャポヴァロフと手を切って、あなたたち二人だけでやっていきなさい!!

これははなはだ賢明なアドバイスで、事実、事態はそのような方向へと進んでいくのですが、ただこの「二人だけでやっていく」というのが、口で言うほど生やさしいことではなかったのであります。

安っぽい「イメージ戦略」で欧米のヒットチャートを席巻

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女性向月刊誌『ガラ(GALA )』(ロシア版)2003年5月号に登場したt.A.T.u.のグラビア。eng.tatysite.netより。

2003年2月、t.A.T.u.英語圏でのデビューシングル「オール・ザ・シングス・シー・セッド」は欧米のヒットチャートを席巻、イギリスにおいても全英シングルチャートをあれよあれよという間に登り詰めるや、そこからトップの座を4週間(約一ヶ月間)にわたって占拠し続けるという、今もって信じがたい大ヒットを記録しました。これはたとえばメロディが美しいとか、リズムが心地よいとか、二人の歌唱力がすばらしいとか、アレンジのセンスがいいとか、はたまたトレヴァー・ホーンが書いた英語の歌詞が絶妙だとか、要するに楽曲そのものの魅力だけでは到底説明のつかない現象で、そこにはやはりイワン・シャポヴァロフの「イメージ戦略」の影響があることは無視できません。
t.A.T.u.に関するシャポヴァロフの「イメージ戦略」には二つのパターンがありました。

  • t.A.T.u.の二人は「非行少女」であり、「不良」であり、既成の道徳的観念に敢然と立ち向かう「反逆者」であること。
  • 二人はガチのレズビアンカップルであること。

この二つのイメージは互いに関係があり、またこの両方が「t.A.T.u.」というプロジェクトの根幹と深いかかわりを持っていたのですが、ただメディアからこれらの点について突っ込まれた場合のシャポヴァロフの対応にそれぞれ微妙な差があったので、一応区別して考えるべきかと思います。
このうち前者のイメージは、拡散あるいは増幅するのが極めて容易な安っぽいものでした。要するにメディアから出来るだけ悪しざまにこきおろしてもらえばいいのです。
取材(インタビュー等)というものは、これを受ける側にとっては常に不安が付きまとうものです。取材する側は基本的に売れる記事を書くのが目的なので、取材される側にとって必ずしも都合のいい記事を書いてくれるとは限りません。それならいっそのこと初めからぼろくそに書いてもらうつもりで取材に応じよう、というのがシャポヴァロフ流で、上の『ザ・ザン』紙の記事などはその好例で、彼がことさら公の批判を招くような話し方をしていることが、よく読めばおわかりになると思います(ただ彼とユーリャとの間に肉体関係があるという説だけは、双方とも全力で否定しておりましたが)。彼はこのやり方を部下たち(t.A.T.u.)にも伝授し、公の場でこれを恐れず実践するよう指示しました。
t.A.T.u.のイメージはもともと日本で言う「アイドル歌手」のイメージとはおよそかけ離れたものでした。下はデレク・ブラウン(Derek Brown)という芸能レポーターが2003年3月25日付の『ザ・サン』紙に寄せた記事の抜粋。

ヒットチャートを騒がせているロシア人少女デュオ、ともに18歳のユーリャ・ヴォルコヴァとリェーナ・カーチナは、朝昼晩とセックスするのが好きだと言っている。
ユーリャは言う。「朝、起き抜けにやるのが一番いいわね。ゆっくり時間をかけて楽しむの。夜は大急ぎで、お互い服をむしり取りながらやるのよ。ランチタイムにやるのも好き」
リェーナは言う。「男でも女でもいいんだけど、男の人たちはとても早すぎて、私たちをいつもオーガズムまで導いてくれないの」
ドイツのある新聞のインタビューに答えて、ユーリャは言った。「よその国の男性はどうか知らないけど、ロシアの男たちは、いつもミシンのひと針縫いみたいにあっけないのよ」
イギリスでの初めてのコンサートを、5月にマンチェスターとウェンブリーで催す予定になっているこのデュオは、三人以上で乱交を楽しんだこともあると示唆している。
リェーナは言う。「たぶん四人か五人で遊んだこともあったわ、秘密だけどね。私たちはギグの後で、それぞれセクシーな女の子を一人ずつ、ホテルの部屋へお持ち帰りするのが好きなの」

けしからんことをほざいておりますが、これが英語圏における初期のt.A.T.u.のイメージです。
イギリスの『Q』誌と言えば割と権威ある音楽雑誌で、ゴシップを載せてなんぼというような本では決してありませんが、t.A.T.u.に関しては「失礼で、下品で、意地きたない」「世界でもっとも不愉快なポップスターたち」と決めつけました。下は2003年5月号に掲載された「発狂した少女たち(Girls Gone Wild)」というインタビュー記事の一節。

Q:お二人が出会った時のことを覚えていらっしゃいますか?
リェーナ:もう7、8年前ね。 私が加わったバンドの中で、一番最初に出会ったのがユーリャだった。私は「ハロー」って言ったわ。
Q:お二人はすぐに仲よしになられたのですか?
リェーナ:(舌なめずりしながら)私たち、とっても仲よくなったの。
Q:性的な意味で言っているのではありませんが。
リェーナ:もちろん、わかってるわよ。私はただ私たちはとても仲よくなったと言ってるの。
Q:イワン・シャポヴァロフはあなたたちの中に何を見ていますか?
リェーナ:彼に聞けば?
Q:ファンはあなたたちの中に何を見ているのでしょうか?
リェーナ:ファンに聞けば?

このようなネガティヴな報道は、シャポヴァロフにしてみれば大歓迎で、こんな記事がたくさん書かれることでt.A.T.u.の人気は逆に上がっていくと彼は考えておりました。しかし今、私のこの記事を我慢して読んで下さっている方ならおわかりかと思いますが、自分が傾倒している人物がテレビや新聞雑誌で袋叩きに会っている光景を見るのはとてもつらいことです。そういう意味で、シャポヴァロフのこの「スキャンダル商法」は、ファンを全くないがしろにした極めて残念なものだと言わざるを得ません。

レズビアンたちを夢中にさせた偽レズビアンたちの「レズごっこ

シャポヴァロフの「イメージ戦略」の二つのパターンのうち、彼は前者については上記のように常に攻撃的な姿勢を取っておりましたが、後者については守勢に回ることの方が多かった。t.A.T.u.の世界的な成功が主として後者のイメージによるものであることを知っていたからです。
これに対して世のメディアは、今にして思えば信じられないほどの執念を燃やしながら、t.A.T.u.が「真性レズビアンカップル」ではない証拠を、それこそ血眼になって探し求めておりました。中でも私には極めつけと思われたのはこちらの記事で、ユーリャの初めての「男」と称するアントン・フルレフ(Anton Khrulev)という人へのインタビュー記事で、ちょっとここでは訳載しかねますが、「彼女はとてもセックスが好きで、一晩に6回も7回も求められた」「俺のフーリガン(不良少年)っぽいところが彼女の気に入ったようだ」などと話しています。ちなみにこの記事はカラー写真入りで、このアントン・フルレフ君の顔写真も載っていて、確かにフーリガン風の面構えだったので、t.A.T.u.のファンサイトでは「美しいリェーナを差し措いて、何でこんな醜い男と・・・」などという嘆きの声が聴かれました。
私自身、この記事を読んだ時には、目の前が真っ暗になった気がしたものです。
ところが英語圏のファンサイトには、この期に及んでもなお「ゴシップ紙の書くことなど私は信じない!!私は彼女たちを信じる!!」などとおっしゃる奇特なファンの方々も大勢おられたのです。
下の動画は、少し日付がさかのぼりますが、2002年9月、イタリアのフェスティヴァル・バーでのパフォーマンス。


t.A.T.u. - All the Things She Said Live At Festivalbar 2002

バークス(www.barks.jp)のこちらのページの「プロフィール」欄にもちょこっと書いてありますが、この時は主催者側から「キス厳禁」のお達しが出ていたにもかかわらず、彼女たちは遠慮なくぶちかましためにイタリア語版ウィキぺディアによれば「多くの団体がこのシーンを放送しないようテレビ局に空しく求めた」ということです。かような過激なパフォーマンスは、もちろんシャポヴァロフの指示によるものに違いありませんが、今あらためて見直してみますと、彼女たちも結構楽しんでやっているようなフシがある。いずれにせよ、世の善良で純情なレズビアンたちをだまくらかして、お金を巻き上げる片棒を担いだという点で、彼女たちが犯した罪は決して軽微とは言えないと思います。
2003年を通して、私はアメリカのある巨大な t.A.T.u.のファンサイトに会員登録して、そこからいろいろと情報をもらっていたのですが、そのサイトは二、三人の年配のレズビアンの方々が運営に当たっておられ、一時は「ここは世界最大級のゲイ・レズビアン・コミュニティサイト」と自慢しておられた。ところがあくまでもフェイク・レズビアン路線を突っ走るt.A.T.u.に業を煮やした管理人のうちの一人の方が、あろうことか、自分で作ったt.A.T.u.のファンサイトに、みずから t.A.T.u.の悪口をさかんに書き込まれるようになった。元ファンが書く悪口ほど的確で辛辣なものはありませぬ。これに対して彼女たちのセクシュアリティにかかわらず、彼女たちを応援し続けたいとする若い女性ファンたちが猛反発。そのサイトは2003年の末までに空中分解してしまいました。このような悲劇は他のミュージシャンのファンサイトでは考えられないことでしょう。
ちなみに二人の本当のセクシュアリティですが、ユーリャ・ヴォルコヴァは昔から「私はレズビアンではなく、バイセクシュアル」という意味の発言をしていて、シャポヴァロフと別れた後も、t.A.T.u.を解散した後も変わらず一貫しておりますので、信憑性があると私は思います。他方、リェーナ・カーチナが「女の子と付き合ったことは一度もない(I have never had a girlfriend)」と明言したのはシャポヴァロフが去った後のようです(ウィキクォートに拠る)。

長くなりすぎたのでこの辺で。次回は「イギリス公演ドタキャン」から。


トレヴァー・ホーン自身のバンドによる「オール・ザ・シングス・シー・セッド」のカバー。2012年8月、東京。


Producers: All The Things She Said (Billboard Live Tokyo)