表題の作品について、一天一笑さんから紹介記事をいただいておりますので掲載します。一天一笑さん、いつもありがとうございます。
はじめに
佃一可(つくだ・いっか)作『エル・グレコの首飾り―青柳図書館の秘宝』(樹村房)を読了して。
作者佃一可の横浜市瀬田図書館長、調査資料課長、神奈川県図書館協会企画委員長を歴任したキャリアを生かして執筆されたロマンティックな歴史ミステリー小説であると同時に日本の図書館・公民館の始まり等が分かる教養小説でもあります。ライブラリアンのヒロイン山口摩耶がスペイン旅行中、エル・エスコリアル修道院図書館で起こった出来事を発端にして、連続殺人に巻き込まれ、謎解きをしてゆきます。ある意味、ハッピーエンドに向かって行きます。
歴史的な話をするならば、エル・グレコとは、言わずと知れたギリシャはクレタ島出身の16世紀のスペインを代表する画家である。当時の絶対君主のフェリペ2世とは作成した絵画が原因で剣呑な仲になり(宗教改革の関係やエル・グレコ自身の処遇への不満があるらしいのですが)、フェリペ3世にも憎まれてしまいます。そのエル・グレコが慶長遺欧使節(1613年~1620年)団長支倉常長が帰国の際、ある神父を通じて、ダイヤモンドの原石と首飾りとを託す。エル・グレコは1614年に死亡したようですから、お互いに面識があったかどうかは解りません。
本当に首飾りはあるのか?何処にあるのか?少なくとも仙台の博物館の所蔵品の中には記録されていない(表紙絵のネックレスのイメージですかね。18世紀フランス王妃マリー・アントワネットの首飾りよりは地味ですね)。このエル・グレコの首飾りは、ラストでヒロインにとって重大な意味を持つことになります。
父の事故死
摩耶の父山口仲道は、仙台出身で支倉常長の子孫(?)で、魔法の石やら、首飾りに心当たりがあるような気配です。しかも慌ただしく出かけた旅行先の仙台で、父はひき逃げに遭います(事故か事件かはっきりしません)。父はどうしてあの場所で死んだのだろうか、疑問がわきます。結果否応なしに摩耶は支倉常長の宝物を巡る謎に巻き込まれていきます。
父の葬式の際に、大迫刑事が来ているので、警察は殺人の可能性を含んでいるとの見立てです。
その上、上司の田村館長は、父の最後の言葉の「アオ」は、仙台藩に関係する青柳文庫ではないだろうかと当たりを付けます(青柳文庫は、青柳文蔵が多額の私財を投じて1831年に創立した日本最初の公共図書館です。戊辰戦争で蔵書が散逸しましたが、その一部は仙台市の図書館の蔵書となっているそうです)。
摩耶は休暇をとり、仙台に赴き亡き父の行動を辿ってゆきます。亡父の幼馴染の大槻元医師も協力してくれます。そして手掛かりとなる伊藤友厚の存在を掴みます。しかしその手掛かりの人物も交通事故死してしまいます。
それで手掛かりが絶えたように見えますが、父の生前の仕事の人間関係や、事件の担当だった六本木ヒルズに住む大迫刑事が職務を超えて謎解きに協力してくれます。
摩耶の推理パズル
摩耶と大迫刑事は、伊達藩藩主伊達政宗没後(1636年)の支倉一族の歴史と父と伊藤友厚、大槻医師たち3人の少年期の家庭環境を組み合わせて些か強引な推理を導き出します。
その推理とは、支倉常長の次男支倉常道は父支倉常長から教えられた医学知識を基に、医師として活躍する。逃亡の際、宝物(魔法の石)を薬剤の削り石として持ち出している?
その常道の子供由水は、建部清庵と名乗り、田村藩のお抱え医師となり、活躍する。魔法の石(ダイヤモンド)は、青柳文庫の備品となる。明治時代に青柳文庫がなくなって以後は、巡り巡って、満鉄調査部に奉職していた伊藤父と出会う。伊藤父はダイヤモンドの価値を知っていたのか?(ダイヤの原石をダイヤモンドとして商品化すれば、どれだけの値段が付くのか?天文学的な数字ではないのでしょうか?)
問題は石の行方です。父や伊藤父の死と関係があるのかもしれません。ダイヤの研磨職人の黒田の行方がわかれば、ヒントがつかめるかもしれません。
九州、宗像大社の近くの記念館に寄贈されているダイヤの勾玉の製作者が黒田だったのです。
数日後、仕事に戻った摩耶に思わぬ来客がありました。なんと黒田本人です。
ダイヤモンドの研磨職人としての良心を持つ黒田は、包み隠さず摩耶に青柳文庫にあったダイヤの行方について話します。意外なことにそれは、大迫刑事の両親が殺された事件と根本で繋がっていました。
結び
ヒロインの摩耶は、突然父を失いますが、その事件をきっかけにして結婚相手に恵まれます。
親戚たちも概ね好意的で、自宅の不動産売買にも協力的です。実際は不動産の名義は、開けてみて、つまり遺産相続が始まって初めてわかることもあります。摩耶は一人っ子の設定なので、合意を得て遺産分割協議書を作成する事はなさそうですが。相続税の納税でも物納や一括ではない方法もあるそうですから、なんとかなるでしょう。若く、美しく、きちんとした職歴の持ち主で、歪んでいない人格のヒロインには、邪悪な人は近寄れないのかもしれません。それどころか、ダイヤモンドの研磨職人の黒田からは、大きなプレゼントがありました。
人生は一冊の本を読むようなものです。本人にとって幸運ばかり来ないし、不運は起こるべくして起きているのかもしれない。“禍福は糾える縄の如し”の言葉もあります。
日本の図書館史に興味のある方、ダイヤモンドの歴史に興味のある方、慶長遺欧使節団や伊達政宗の海外政策に興味のある方、エル・グレコに興味のある方、表紙絵に興味を持たれた方等にお薦めします。
一天一笑