魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

ドラッグソングと『悪の華』

ドラクロワ「アルジェの女たち」。シーシャ(水たばこ)にアヘンを混ぜて吸っている。ウィキメディア・コモンズより。

「ドラッグソング」はドラッグが生んだ作品か?

「ドラッグソング」というジャンルが、ロック音楽にはございますね。あたかも薬物の影響下に書かれたかのような、怪しげな曲の作り、もしくはアレンジの仕方になっているものです。詳細は専門家にお任せしたいと思いますが、古典的なところでは、たとえばジミ・ヘンドリックスの「紫の煙」とか、ビートルズの「ルーシー」何とかいう、カタカナで書くと物凄く長ったらしいタイトルの曲がありますね。
レッド・ツェッペリンでは「胸いっぱいの愛を」にもそういう雰囲気があるが、特に四枚目のアルバムの「フォー・スティックス」が強烈ですね。あと個人的に印象に残っているのはハートの「ストレンジ・ナイト」という曲です(『ベベ・ル・ストレンジ』所収)。
ケイト・ブッシュは、この分野における「巨匠」ですね。たとえば一枚目のアルバムに入っている「カイト」とか、四枚目のアルバムのタイトルナンバー「ドリーミング」とか、他にもいろいろあると思います。
あの、断っておきますが、この記事は薬物の使用を推奨するものではございません。薬物は厳しく規制されるべきだと私は思います。私自身、薬物に手を出した経験はないし、お酒は飲みますが、これも若い人にはおすすめしません。こちらの記事にも書いた通り、人を依存させる傾向のあるものはすべてだと考えるからです。「マリファナくらいいいだろう」とも思いませんし、「アーティストだから許される」という考え方にも反対です。そもそも薬物の影響に支配された状態で、創作活動なんかできるわけがない。ネット記事を見ておりますと、「薬物による幻覚を、音楽によって再現した」などと、およそ安易な言語表現が見受けられますが、そんなことがホントにできるなら、やってみせてくれよ、と言いたくなります。
上に挙げたいくつかの音楽作品の例は、あたかも薬物の影響下にあるかのごとき効果を装っているだけで、決してドラッグが人間に書かせた作品ではありません。そこにはむしろ、充分に覚醒したアーティストたちの溌溂たる創意工夫が認められるのであります。単なる「写実」、単なる「日常」の再現だけでは「アート」の名に値しない。そこに幻想性を加えることで、より深い意味を帯びさせ、それによって鑑賞者を「非日常」の方向へと引きずっていきたい。そうした欲求をアーティストが持つのはむしろ自然で、健全なことです。

ボードレールの「ドラッグソング」

ボードレールの『悪の華』というと、今から200年近く前の作品ですので、話が飛躍しているように思われるかも知れませんが、実際にこの『悪の華』という詩集を読んでおりますと、上に例を挙げた「ドラッグソング」の原型のような表現に、ときどき出会います。
有名な「交信コレスポンデンス」という題のソネットもそうですが、特にはっきりとした「作意」が示されているもの、「この詩は薬物の影響下に書かれたのだよーん」と、あたかも読者に向かってアピールするがごとき設定で書かれているのが「パリの夢(Rêve parisien)」と題された一篇です。
拙訳はこちらとなります。文字通り「つたない訳」で、お恥ずかしい限りですが、まあだいたいの雰囲気は伝わるかと思います。周知の通り、『悪の華』はいくつかの章に分かれておりまして、この「パリの夢」は「パリ風景」の章に入っているので、タイトルだけ見ると「夢に出てきたパリの街角の情景を歌った詩か?」などと勘違いしそうなところですが、そうではない。このタイトルは、あるいは「パリジャンの夢」とでも訳すのが本当かも知れません。
展開されるのは、実際のパリとは似ても似つかぬ風景――すなわち幻想的というか、超自然的というか、あえて言えばシュールレアリスティックな風景です。もちろん、当時は「シュールレアリスム」などという考え方はありませんし、あったとしても、ボードレールは支持しなかったと思います。そしてこの詩は二部構成になっておりまして、第一部で上のような幻想風景が歌われた後、第二部では、うってかわって、薬物による陶酔から覚醒した語り手が、激しい幻滅感に襲われる様子が歌われるので、読者は「あー、これは麻薬が見せた幻覚を歌った詩なんだナー」と納得する、そういう仕掛けになっております。
ちなみに鈴木信太郎博士は岩波文庫版『悪の華』の脚注で、この詩がアルチュール・ランボーの『イリュミナシオン』に与えた影響を指摘しておられます。

「人口楽園」の夢

ここでまたまた話が飛びます。先日自宅の押し入れの中をゴソゴソやっていると、奥から『悪の華』の仏語原書が出てきた。アントワーヌ・アダム編、クラシック・ガルニエ社刊。560ページのソフトカバーで、240ページほどがボードレールの韻文詩、あとはほとんど編者による解説と注釈です。新品に近い状態で出てきたので、遠い昔にどこかで買って、一ページも読まずに押入れの奥に押し込んで、そのまま忘れていたものかと思われます。
面白半分にペラペラめくっていると、上の「パリの夢」の注釈に、この詩に影響を与えた作品として、テオフィル・ゴーチェの「モーパン嬢」や「ある夜のクレオパトラ」に加えて、エドガー・アラン・ポー「アルンハイムの地所」が挙げられておりました。この「アルンハイムの地所」というのは、これまた後世に大きな影響を与えたポーの名作の一つですが、内容は、ひと言で言うと、ポー流の「人工楽園」を描いたものです。ただ私はこの「アルンハイム」と「パリの夢」との間に、何か関連があるとは気がつかなかった。「何で気づかなかったんだろう」と思うと気になってきて、ポーの原文とボードレールの仏訳を(ネット上で)探し出してきて、ざっと目を通し、「なるほど」と納得しました。この「アルンハイム」に関する詳しいお話は、また別の機会に譲りたいと思います。ボードレールの目には、ポーの「人工楽園」もまた、薬物による幻覚のごときものと映っていたのかも知れません。

 

 

The Dreaming - 2018 Remaster

The Dreaming - 2018 Remaster

Amazon