魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の六)

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三方原古戦場」の碑(静岡県浜松市北区根洗町、三方原墓園駐車場敷地内)。1984(昭和59)年建立。ウィキメディア・コモンズより。

天一笑さんによる吉川永青ながはる歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第六回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願いいたします。

義昭、反信長の旗幟を鮮明に

表向きはともかく、裏では打倒信長の姿勢を崩さない義昭は、諜報活動に勤しみます。朝倉義景の透破も天井から出入りします。今回は気配を隠さず、義昭と喋ります。取り敢えずの目標は「武田をして、本願寺と織田の和解の仲立ちをさせる。暫く待て」。
義昭は右筆を使わず、自ら墨痕も鮮やかに二通の書状をしたためます。そして「面白き顛末が見られるかな?」の言葉とともに手渡します。透破は受け取ると直ぐに姿を消します。
密書の宛先はそれぞれ武田家と朝倉家です。策謀を用いて、徳川軍を含む織田軍を挟撃する罠を作ります。そして、細川藤孝を召し出して、武田家が動くと囁きます。
元亀3年11月、武田信玄駿河から軍勢を率いて出発します。同年12月13日、織田軍は小谷城の包囲を解きます。武田信玄の進軍の勢いは止まらず、12月23日、若き家康唯一の負け戦“三方ヶ原の戦い”が起こります。武田軍は疾風怒濤の如く駆け抜け、家康は浜松城に籠もります。義昭は一刻も早く徳川を助けよとの使者を織田家に遣わします。当然遠江とおとうみに出現する織田家を挟撃する肚です。義昭はこれから起きる事を仮想してワクワクします(信長の泣きっ面が見られる?)。
しかし12月末、御所にいる義昭は、上野清信のけたたましい声に嫌な予感がします。
信長が単身前触れもなく御所に上がり、目通りを願っている由。義昭は自分自身を励ましながら、直垂・冠を付け「面を上げよ」と鷹揚に声を掛けますが、狂気を宿す信長の眼光に震え上がります。信長は懐から“十七箇条の意見書”を取り出し、義昭に見せます。
「諸国に内書を発せられているようですが、それがしは一度たりとも副状を命じられてはおりません」(義昭が密書を送付していることを既に知っている)
「近江に出陣する忙しい其方を煩わせてはいけないと思うたまでだ」
「されど領民は、上様が何処かへお移りなさる準備をしていると噂しておりますぞ。曰く京都も比叡山のように火の海になるとか、牢人が増えているのは何故ですか?私は諫言などしたくはないのです。上様もどうぞ御身をお慎みあそばせ」
信長は、普段に似合わず低い声で、すごむだけすごむとさっさと出ていってしまいました。義昭は決意する。万全ではないが、打倒信長に肚をくくるしかあるまいと。
1573年2月、義昭は忙しかった。松永久秀三好三人衆に内書をしたため、反信長の志を持ち、征夷大将軍足利義昭の旗印の下に集合する兵力の算段をする必要に迫られたからです。上野清信によると、自前で揃えられるのは3,000人余り。浅井、朝倉、松永、そして一向宗門徒を加えれば50,000~60,000人。数の上では、徳川軍が壊滅状態の織田軍は、尾張を守るのが精一杯の筈です。義昭は会心の笑みを浮かべる。これで余の望む世の中の形が作れるぞと。何だか絵に描いた餅のようですが。
そこへ光秀が、人質となる織田家の末の姫を帯同して和議の使者として御所に来ました。
義昭は優しく言葉を掛けます。
「光秀。針の筵の役目、真にご苦労である」
光秀は神妙な面持ちで言います。
「某は上様と織田家の橋渡し役にございます」
「余と弾正はそもそも主従である。此度の行き違いを水に流すなら、起請文と人質のみでよい。それが世の習いだ。それに従うのみ」
そこへ上野清信が、大津にある三井寺の挙兵の報せを告げました。織田弾正忠を討つべし、と。思わず立ち上がった義昭は光秀を凝視して言います。
「人質と起請文は余が預かる故、坂本に戻り、売僧まいすを叩くがよい」
「しかし私は和議を整えねばなりません。主より命じられぬ事をするのは些か出過ぎたことかと」
臨機応変に動かなければ、比叡山焼き討ちを断ったと其方から聞いた、佐久間右衛門と同列に見られるぞ」
佐久間右衛門の名前を聞かされた光秀は、喉に何か引っかかったような感覚に陥ります。
すかざす、同席していた細川藤孝が、
「光秀殿。上様の仰せの通り、織田様と共に謀反を鎮められますように。人質の姫君と起請文は、某が大切にお預かり致します」
義昭は大きく頷き、力を込めて「任せる」と言いました。
これで話は決まりです。実は既に本願寺へは義昭の決起に合力するよう、使者を走らせてあります。光秀が参上したこのタイミングで挙兵するのです。
ドヤ顔の細川藤孝と、戸惑い顔で落ち着かぬ様子の光秀は、足早に辞去しました。
見送る義昭は、光秀は細川藤孝がこの間の悪さを取り持つ意味を解し、言葉とは裏腹に、義昭に挙兵の意志があることを信長に伝えるだろう。信長をいざ追い詰めんと、遠祖源氏の血が自分にも流れるのを感じ取ります。織田家の遠祖は平氏です。お互い仲が悪いのも無理はありません。同年3月6日、満を持して挙兵しました。
本願寺へは決起に加わるよう、とっくに使者を走らせてあります。
義昭の読みは、将軍挙兵の報せが届けば、朝倉や本願寺も打倒信長に立ち上がるだろう。戦わねばならなくなる。未だ三河野田城にいる信長は、家康に援軍を送らなければならないから、どの道を選んでも軽々しくは動けないだろう。武田軍とも対峙しなければばらならない。(続く)

毒牙 義昭と光秀

毒牙 義昭と光秀

  • 作者:吉川永青
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/11/29
  • メディア: 単行本