魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の弐)

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現在平安女学院大学敷地内にある旧二条城(二条新御所)跡。こだわりの旅の達人が集うサイト「ツアーマスター」より。

天一笑さんによる吉川永青ながはる歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第二回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願いいたします。


二条新御所が完成

織田信長明智光秀の戦上手ぶりに舌を巻きます。足利義昭も上機嫌です。
1569年、二条の御所が完成します。御所の完成は3年程掛かると思われていたのが、僅か数ヶ月で完成しました。土木工事や城の縄張りに秀でている織田家の総力を結集した突貫工事の成果ですね。流石に織田家です。
気をよくした?義昭は、四国の盟主・毛利輝元に、阿波を本拠地とする三好三人衆を征伐するよう内書(将軍の花押と直筆署名の入った命令書)を出します。目的は三好征伐そのものよりも、毛利元就に内書を受け取らせ、将軍の言葉の重み(将軍の権威)を世に示すことと、三好三人衆が再び京都まで攻め込まぬよう、彼らを釘付けにしておくことです。
完成した御所の、新しい畳と木の香りに包まれて、義昭は信長を引見します。お互いに些か芝居がかった立ち居振る舞いをするのですが、この時点では義昭は、充分な武力と忠誠心と実行力をもつ信長こそ自分を供奉ぐぶするに相応しい武将として信頼をします。なので、天下の静謐を乱す者があれば、自分の裁可を求めずとも征伐してよろしいとの権利?を与え、美濃に帰る信長を御所の門前まで出て、その姿が見えなくなるまで見送ります(丁寧な扱いをしている)。果たして信長の心情は如何いかがでしょうか?
同じく1569年10月、義昭と信長の間に、目に見える亀裂が入ります。信長が伊勢の北畠氏を攻めて降伏させ、条件として実子の茶筅ちゃせんまるを養嗣子として縁組させます。幕府側の立場の義昭としては、北畠家織田家では、いくら織田家が名目上管領になっても根本的に家格が違うので、織田家北畠家との養子縁組は、容認しがたい。又松永久秀は実兄義輝の仇なので、取り立てることは心穏やかではいられません。
憤懣やるかたない義昭は、久世くぜ周辺で鷹狩りに興じた際、明智光秀にこれらのことを思わずこぼします。「弾正忠だんじょうのじょう殿の推し進める天下静謐と、余の望む天下静謐とは違うかも」と言います。
義昭の懸念に対し、光秀は答えます。「信長さまは、上様の為に尽くしてきました。恐れながら、上様のご懸念は穿ち過ぎではありませんか」と穏やかな表情と優しい声で言いました。
その姿を見て、義昭は、所詮信長の武力あっての自分の将軍位だと思い直すのでした(ちなみにこの御所は、のちに本能寺の変の際、信長の長男信忠が逃げ込み、八条宮が安国寺恵瓊に付き添われて脱出後、焼け落ちた御所です)。

ことばの毒

光秀に心情を打ち明けて、無理にも心を鎮めた後の1570年1月23日、怒りの余り、声が裏返った義昭は、光秀に「この五箇条は、どういう訳か!」と詰め寄ります。
一年前の殿中掟に新たに五箇条が追加されました。以前は草案のお伺いがあったのですが、今回は上意下達の形です。これで、義昭は信長の許可がなければ、内書が発行できなくなりました。いわば必殺技を封じられてしまいました。今までの下知げちも全て取り消しです。
これでは、義昭の目指す天下の静謐(三代将軍義満の頃の世の中)は実現しようがありません。何もすることがなくなってしまいました。
光秀のひたすら恐懼きょうくする姿を見て、義昭は思います。信長に天下成敗の決定権を与えたのは大きな間違いだった。しかし自前の武力を持たない自分には上洛にあたり、他の方法は無かったのだ。上洛が叶った今、役目が終わったのは、自分か、信長か?
ここは、肚を据えてかからなければ、自分は信長に飲み込まれてしまう。義昭は、光秀に「この五箇条を読み解くのに十日間の猶予が欲しい」と言います。
光秀の返事は「承知」。
義昭は此処で肚を決めます。武将としては有職故実ゆうそくこじつに通じ、鉄砲や戦術に詳しいが、如何いかんせん、線が細く、心根が優し過ぎる光秀を、日常使うことばを駆使し、信長に疑念を持たせ、牙をむく人間に作り替える決心をします。その光秀を共に仲介とする信長と義昭との関係はどうなるのでしょうか?

光秀、朝倉攻めを憂慮

約束の日、義昭は、光秀を召し出し「朕は天下の静謐を望むし、勿論信長を信じている。何よりそなたを困らせるのは自分の本意ではないから、五箇条を認める」と言います(弱弱しい声・俯き加減)。光秀に五箇条を認める黒印を打った条書を渡します。光秀は義昭の心配りに感激しつつも「これは一時の堪忍です」と苦い面持ちで辞去しました。
実はこの時、上洛の下知を断った朝倉義景から、返書が届いていました(互いに密書を取り交わしていた)。
信長の上洛の目的は、三好三人衆を討つため、との見立てに同意し、上様の為なら信長を蹴散らしてみせますが?との内容です。
やがて、朝倉義景が、上洛の下知を断り、国境の守りを固めるのは、“叛意はんいあり”と見なされます。光秀は、朝倉征伐の支度に大わらわとなります。
その折、武田信玄から義昭へ、信長は僭越せんえつな行動をするから、上様もご用心の程をとの書状が届きます。受け取った義昭は、自分が打倒信長の行動を起こした時、援軍を寄越すだろうと強気になります。
義昭は、朝倉征伐に参陣するための支度に忙しい光秀を召し出します。光秀は内心迷惑しながらも、参上します。用件は、信長の朝倉征伐を、浅井長政如何いかに思うかです。織田家と浅井家の婚姻同盟の条件には、朝倉家を攻撃しないことが加えられていました。その朝倉家を攻撃するのです。
先に裏切ったのは織田信長です。ましてや光秀はかつて朝倉家に仕えていました。長政とも面識があります。義昭は光秀に心配りをする芝居?をします。とどのつまり、そなたの旧主を討つ朝倉攻めは受け入れがたいかもしれぬが、天下の静謐の為には必要なのだ。信長も長政を裏切るのは忍び難いのだ。信長を疑ってはならぬと語り掛けます。光秀は少し気が楽になったと礼を言い、迷いをふりはらって、二条御所を辞去するのでした。(続く)

 

毒牙 義昭と光秀

毒牙 義昭と光秀

  • 作者:吉川永青
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/11/29
  • メディア: 単行本