
消えかけたともしびたちの 青白い光のかげで
悩ましい匂いの沁みたクッションに深く沈んで
そのひとは その純潔のカーテンをふたつに裂いた
力ある愛の行為を ぼんやりと考えていた
旅人がうしろを向いて はるかなる水平線に
今朝発った港の影を探しても 空しいように
そのひとも 嵐のような情交に かすんだひとみで
うしなった純真無垢の青空を 探していたのだ
うつろな目 そのまなこから ぽろぽろとこぼれる涙
放心と 意気消沈と やるせない悦楽感と
力尽き 無用の武器をさながらに 捨てられた手と
一切は その繊細な麗容にかしずいていた
その足もとに身を寄せて 静かに そして楽しげに
イッポリートを燃える目で凝視しているデルフィーヌ
猛獣が 獲物の肉をがつがつとむさぼる前に
噛み傷を負わせた上で 様子見をしているようだ
はかなげな美少女の前にひざまずく このたくましい
美少女は 勝利の美酒の芳香に酔い痴れながら
甘美なる感謝の念の収穫を試みるべく
満面の笑みを浮かべて 恋人ににじり寄った
この者は その蒼ざめた犠牲者のひとみの中に
快楽を謳歌する歌 聴こえない讃美の歌を
そしてまたそのまぶたから 溜息のようにこぼれる
荘厳な無限の謝意を 探し求めていたのだった
「愛らしいイッポリートよ どうだった? 気持ちよかった?
咲きそめたあなたの薔薇の神聖な全燔祭を
その花を枯らしかねない一陣の風の暴挙に
ゆだねてはならないことが あなたにもわかったかしら?
「わたくしの捧げるベーゼ そよ風も吹かぬ夕暮れ
湖の上をかすめる かげろうのように軽やか
男性はそれにひきかえ 農機具のようにたがやし
荷車のようにわだちを刻み込む とても残酷
「心ないひづめの牛や馬たちをつないだ車
その重い車輪の下に あなたを轢いてゆくでしょう
妹よ イッポリートよ その顔をこちらに向けて
わが心 わが魂よ わがすべて わが半身よ
「わたくしに見せて 星降る蒼天のようなその目を
神聖なる芳香よ その美しいひと目のために
わたくしはさらに秘密の快楽のヴェールをひらき
果てしない夢路の果てに あなたを昏睡させましょう」
さりながら イッポリートは 童顔をもたげて言った
「わたくしは 感謝を知らぬ者でなく 悔いてもいない
デルフィーヌ ただわたくしは 豪勢に過ぎる夜食の
ひとときを過ごしたように 苦しくて心細いの
「のしかかる恐怖とともに 目にも止まらぬ化け物の
真っ黒な群また群が この身へと襲いかかって
血の色の水平線が ぴったりと四方を閉ざした
揺れ動く大街道へと わたくしを導いてゆく
「それならば わたくしたちがしたことは 過ちですか
できるなら これほど胸が騒がしいわけを教えて
『可愛い』とあなたが言うと わたくしは身ぶるいをする
それでいて このくちびるは あなたへと向かってしまう
「そんな目で どうぞ見ないで デルフィーヌ わが想いびと
選ばれたわたくしの姉 わたくしの永遠のひと
構わない たとえあなたが仕組まれた罠だとしても
神様の教えに背く 滅びへの道だとしても」

鉄製の三脚台に腰かけて 足踏みをする
ギリシャ悲劇の巫女のよう そのひとは髪振り乱し
刺すようなまなざしをして 有無を言わせぬ声で応えた
「恋愛を目の前にして 堕地獄を語るのかしら
「難解で得るものもない問題に夢中になって
恋愛に属するものと 道学に属するものを
一体のものにしようと いちばん最初に考えた
無用なる愚か者こそ 永遠に呪われてあれ
「寒と暖 昼と夜とを 不可思議な調和のうちに
同一化させようとする空想家 夢想家たちは
人々が『恋』と名づけたこの紅の太陽に
鈍感なその肉体をあたためるすべも知るまい
「行きなさい 行って愚かなフィアンセを探しておいで
心ないその接吻に 純情を捧げてごらん
後悔と恐怖に満ちて舞い戻る あなたの胸の
乳房には 家畜のように 烙印が捺されていよう
「人はふたりの主人には仕えられないものだから」*1
だが処女は その限りない苦しさを 藪から棒に
吐き出した「自分の中で あんぐりとひらいた口が
裂けてゆく それはまさしく わたくしの心のかたち
「活きている火口のようで 虚空より底が知れない
泣き叫ぶこのけだものの食欲は 飽くことがない
そしてまた のどの渇きも止まらない 化け物の血を
エリニュスが 松明を手に じりじりと焼いているから
「願わくは このカーテンが 世間から二人をへだて*2
願わくは 疲労の果てに 休息がありますように
わたくしは あなたの深い抱擁の中で果てよう
その胸に さびしい墓地の涼しさを見出しましょう」
堕ちてゆけ 堕ちてゆけ あわれなる犠牲者たちよ
永遠の地獄へ続く道筋を さらに下へと
地と地との裂けた狭間に身を投げて そこにおいては
天空を渡る風ではない風が あらゆる罪を
荒天のひびきとともにかきまぜて 泡立てている
狂おしい二つの影よ 欲望の果てまで走れ
欲求はつのるばかりで 絶えて満たされることはなく
あなたたち二人の罰は 歓喜から生まれるでしょう
ほら穴のような住み家は ひと筋の光もささず
あちこちの壁のひびから 不浄なる瘴癘の気が
忍び込み ランタンのよう あかあかと鬼火をともす
あなたたち二人のからだ そのせいでぷんぷん匂う
子作りをしない恋愛 その苦い不毛性から
そののどの渇きはつのり その肌のうるおいは失せ
情欲は暴風となり あなたたち二人の肉を
ぼろぼろの幟のように はたはたとはためかせます
世間から姿を隠し 転々と流浪している
罪びとたちよ 狼のごとく荒野を駆けてゆけ
心乱れた処女たちよ つらいさだめを覚悟して
自分自身の内に在る神から逃げて 逃げ切れるなら
*『悪の華』初版81、禁断詩篇。原文はこちら。
フランスのシンガーソングライターDamien Saezさんによる音声作品。第7節から末節までの詩節を前後させて組み合わせ、なかなか巧妙な仕上がりを見せています。動画はファンが作られたものでしょうか。ちなみに仏語原詩はこちら。
Baudelaire par Saez

