- 私はいつまでも処女でいよう(Je serai toujours vierge)
- 海上の夜明け(Aurore sur la mer)
- 両性具有者に捧げるソネット(Sonnet à l’Androgyne)
- 誇らしく提げた鎖と…(L’orgueil des lourds anneaux…)
- 叫び(Cri)
- 正気(Lucidité)
- 傷心(Lassitude)*3
- 死者をして死者を葬らしめよ(Let the dead bury their dead)
- 墓碑銘(Épitaphe sur une pierre tombale)
私はいつまでも処女でいよう(Je serai toujours vierge)
「私はいつまでも処女でいよう」プサッファ*1
わたくしは雪のように処女でいよう
彼方で静かに白い眠りを眠っている雪のように
獣的な太陽から「冬」の手によって
守られながら
そうして北風のごとく 流れる水のごとく
汚されることも 傷つけられることも知らずに
抱擁と 噛みつくような接吻との 血なまぐさい恐怖から
逃げてゆこう
わたくしは月のように処女でいよう
川の水面に姿を映す月のように
海の欲望の 長く尾を引くすすり泣きを
迷惑に感じながら
海上の夜明け(Aurore sur la mer)
「…しかして我が涙は、これをして一切の苦悩もろとも疾き風に吹き去らしめよ」プサッファ*2
束の間の悩みよ わたくしは遂に汝を見下している
わたくしは顔を上げた 今はもう泣いてはいない
わたくしの心は晴れて 汝のかすかな影も
今はもう眠れぬ夜に これをかすめはしない
今日 わたくしはこの手きびしい夜明けに微笑みかける
大海の風よ そなたは咲く花の香りではなく
苦味ある潮の香りで くじけた心に活を入れる
広大な風よ 来たりて悲しみを遠く吹き去れ
悲しみを 風よ吹き去れ その広い翼によって
太陽と歌と理想に向けられたわれらの心
神聖な自負を新たにしたわれらの心のうちに
この勝利に思い上がって よろこびがはじけるように
両性具有者に捧げるソネット(Sonnet à l’Androgyne)
王室の華たる君が病んでいる その病いとは
霧により すべてがかすむ 北国のメランコリアだ
オフェリアのごとく蒼ざめ ハムレットみたいに暗く
愛憎の両極端を 君はその涙に混ぜる
君は行く 花と歌とをまきちらす『彼女』のように
プライドの下に悩みを押し殺す『彼』のようにも
うつろなるそのまなざしを 定めなくさまよわせつつ
錯乱の紅い光のただなかを 君は過ぎ行く
物思え 美貌の王子 笑ってよ 金髪の処女
それぞれが 磁性の両極のように 人を惹きつける
キャンドルの冷やかな火に燃え上がる君の肉体
きむすめの青いひとみと プリンスの憂い顔とを
時に彼 時には彼女 時としてその両方を
君に見るこのわたくしも 狂おしく心乱れる
誇らしく提げた鎖と…(L’orgueil des lourds anneaux…)
誇らしく下げた鎖と 目も眩むアクセサリーは
芸術の火花を 君のよこしまな美に織りまぜる
冬また冬を飾ったガーデニアの花は あえなく
ふしだらな君の両手に愛されて 逝ってしまった
名工の彫琢に成る繊細なそのくちびるは
詩のような美辞と麗句の調合に抜きん出ている
心憎くも なかばひらいたサテンの波の下では
その胸が 蒼白の欲情に花咲いている
青い目は サファイアの影を宿していささか暗く
波を打つからだの線は 曖昧なとぐろを巻いて
降りそそぐ光の中に 金色の軌跡を残す
宝石と香水とを過積載したブロンド・パステル
ありなしの笑みを浮かべて歩み去る君を見ながら
わたくしは一糸まとわぬ陸離たる蛇体を想う
叫び(Cri)
青い目の なかば閉ざした まぶたのうらには
漠とした浮気心のかがやきが隠されている
この薔薇の 欺瞞に満ちた 荒い息づかいは
毒入りのワインのように わたくしを酔わせてしまう
蛍らが狂おしく舞い踊る夜のひととき
目と目とが 束の間の欲情に燃え上がるとき
「大好き」などと 見え透いた嘘をならべる
あなたが嫌い ぞっとするほど惚れているから
正気(Lucidité)
よこしまな手練手管で 退屈をまぎらわすひと
欲情の火を呼びさます奥の手を知っているひと
しなやかで ずるいあなたの肉体は その火にとける
そのドレス 花の香りと 情交の匂いが嗅げる
蜂蜜の色のその髪 蜂蜜のようにまずいわ
うそつきで 作り物しか愛さない そんなあなたは
睦言と 甘い言葉の音楽に おぼれているの
そのベーゼ ゆきつもどりつ くちびるの上をすべるの
その青いひとみを空にたとえれば 冬の星空
その軽い歩みにつれて現われる 悲しみの子ら
その身ぶり手ぶりは暗示 その語る言葉は隠喩
数知れぬベーゼのもとで しなやかにしなだれる肉
魂は色あせた花 肉体はまるでぼろぎれ
だらけた手 ふしだらな指 心ない指の戯れ
心ある恋人たちの抱擁の華をさとらず
求愛をよそおいながら 甘言を弄するようす
美しい獲物のもとへ忍び寄る毒蛇さながら
砂州のない水域のよう 幾重にも闇を重ねた
淫猥なその寝台は 奈落より底が知れない…
お姉さま それでもわたし あなたから離れられない
傷心(Lassitude)*3
今宵こそ 壮大にして甘美なる眠りを眠る
この重いとばりを下ろせ このドアを開けてはならぬ
何よりもあの太陽の侵入を許さぬように
薔薇に濡れそぼつ夕暮れよ わたくしを取り囲め
その薫り 人に取り憑く 霊安室の花々を
深き枕の白さの上に 供えておくれ
わたくしの両手にも 胸にも額にも供えるがよい
冷やかな蝋さながらの 蒼ざめた花また花を
わたくしは呟くだろう「一切は失われたり
わがこころ遂に休まん この者を憐れみたまえ
願わくは 永き眠りを軽々に断つことなかれ」
今宵こそ この上もなく美しい死を眠るのだ
月下香よ また白百合よ 花びらを失うがよい
来し方のすすり泣く音の消えやらぬこだまよ 遂に
閉ざされしドアの敷居を遠ざかり 絶え入るがよい…
薔薇に濡れそぼつ夕暮れよ 無限なる夕暮れよ
死者をして死者を葬らしめよ(Let the dead bury their dead)
夜が来た わたくしは今 幾つかの死を葬ろう
わが夢を わが欲望を わが苦悩 わが後悔を
過ぎ去りしすべてのものを… 幾つかの死を葬ろう
葬ろう 黒きすみれの花々にうずもれている
そのまなこ その手と顔を 物言わぬそのくちびるを
おお君よ 黒きすみれにうずもれて眠る女よ
君の目のいまわのきわの輝きを持ち去りましょう
花と散る命のさなか よろこびのきわみに咲いた
臨終のそのまなざしの優しさを持ち去りましょう
その恋が薔薇のさなかに燃え尽きた 一人のひとの
蒼白に輝く髪を ぴったりと閉ざされた目を
埋ずめよう 香の薫りで また薔薇で 薔薇また薔薇で
願わくは 亡き人々の冷やかな魂たちが
わたくしのうちに巣食った戦慄と悔いを滅ぼし
わたくしに 微笑む死者の平安をもたらすように
願わくは すみれ花咲く大いなるベッドの上で
甘美なるすみれの花の香りさえ 死ぬこの場所で
不動なる 永遠のしじまの安らぎを 得られますよう
蒼白に静止している 壮大なたそがれどきが
澄み切ったわがまなざしの奥底に映らんことを
最後には わがまなざしのほとぼりも 冷めますように
さればこそ 薔薇の記憶を手土産に わたくしも逝く
閉ざされしまぶたの上に ロートスを また白百合を
また薔薇を 薔薇また薔薇を 人々が献花する時…
墓碑銘(Épitaphe sur une pierre tombale)
去るための戸がここにある
わたくしの薔薇よ いばらよ
過去が何? 今は聖なる
事どもを夢みて眠る
よろこびに満ちた魂
安らいで ここにまどろむ
それは「死」を愛するゆえに
「生」という罪を許した