魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

『吸血鬼カーミラ(Carmilla)』第4章「彼女の習慣‐ある日の散策」

私が彼女のほとんどあらゆる点に心奪われていたことは既に述べた。
あまり好きになれない点もいくつかはあった。
彼女は女性としては背の高い方であった。手始めに彼女を描写してみよう。
彼女はすらりとして、すばらしく姿のいい女性であった。からだがだるそうなこと、本当にとてもだるそうなことを除いては、病人らしい様子はさらになかった。彼女の肌はつやつやとしてまぶしかった。彼女の目鼻立ちは小作りで、端正だった。彼女の目は黒く大きく、きらきらと輝いていた。彼女の髪に至ってはまったくの驚異であった。彼女が髪をほどいて肩から垂らしている時、私はそんなにも絢爛とした豊かな長い髪を見たことがなかった。私はしばしばその髪の下から両手を入れてすくい上げては、その重さに驚き、声を上げて笑った。それはまさに雲髪で、色は少し金色の入った濃厚なダークブラウンだった。私はその髪に触れて、それがみずからの重みで自然になだれ落ちるありさまを見るのが好きで、彼女が自室の椅子の背にもたれてその低く、甘美な声で物語をしているあいだ、私はそれを結ったり、編んだり、ひろげたり、いじったりしていた。ああ、もしも私がその頃すべてを知っていたなら。
あまり好きになれない点もあったと私は言った。先に述べたように、私は彼女と初めて会った夜から、お互い秘密を共有する仲になれたことで舞い上がっていた。しかし私はやがて彼女が彼女自身に関すること、彼女の母親に関すること、彼女の過去に関すること、その他彼女の人生や、計画や、人々やに事実上つながっているすべてのことについて、固く口を閉ざしていることに気がついたのである。私が馬鹿だった。おそらく私が間違っていた。私はあの黒いビロードの服を着た立派な貴婦人が父に与えた厳命を、もっと重視してしかるべきだったのである。しかし好奇心というものは、疲れを知らず、またとどまる所も知らない一つの情熱であって、少女はそれをはぐらかされることに耐えることも忍ぶことも出来ないものなのである。私があれほど熱心に知りたがっていたことについて打ち明けることが、誰に何ほどの危害を及ぼしたであろうか。彼女は私の良識や道義心を疑っていたのだろうか。彼女から打ち明けられたことは、生きとし生けるものに対し、たとえ一音節たりとも漏らしはしないと私があれほど厳粛に請け合ったにもかかわらず、彼女はなぜ私を信じてはくれなかったのであろうか。
年齢の割には冷たい人だと私は思ったのである。彼女は悲しげに微笑みながら、しかし頑として、私に一条の光明すら与えてはくれなかった。
この点について、私たちが口論したと言うのではない。なぜなら彼女はいかなる点についても口論することを好まなかったからである。言うまでもなく、無理難題を押し付けているのは私の方であり、育ちが悪いと言われても仕方がないが、私としては本当にどうしようもなかった。今にして思えば、私はこだわり過ぎていたのかも知れない。
彼女が教えてくれた事柄は、私のひがんだ評価基準に従えば、ゼロに等しかった。
それらを合算すると、以下のはなはだ漠然とした三つの公開情報となる。

第一に、彼女の名はカーミラということ。
第二に、彼女の一族はきわめて古く、きわめて高貴な血を引いていること。
第三に、彼女の家は西の方角にあること。

彼女はその一族の名も明かしてくれなかったし、彼らの紋章も、彼らの所有地の地名も、それどころか彼らが住んでいる国の名前さえ教えてはくれなかった。
この主題について、私がひっきりなしに彼女を困らせていたと考えてはならない。私は機会をうかがっていたのであって、私の質問について彼女に回答を迫るというよりは、むしろそれとなく聞き出そうとしていたのである。一度や二度は真っ正面から攻撃したこともある。しかしいかなる戦略を駆使しようと、結果が完全なる失敗であることに変わりはなかった。彼女は飴でも鞭でも利かぬ子だった。ただここで付け加えておかなければならないのは、彼女の回答拒否はいつも大変物悲しく、それはとても無理だという様子で行なわれ、その都度彼女は私への好意と私の徳性に対する信頼を繰り返し心をこめて表明し、最後には何もかも分かるからと何度も約束してくれるものだから、私としてもいつまでも腹を立てているわけにはいかなかったと言うことである。
そんなとき、彼女はその優婉な腕を私の首にまわして私を抱き寄せ、私の頬に頬を寄せながら、耳もとにこんな言葉をささやくのが常であった。
「可愛いひと、私はあなたを傷つけてしまったのね。私を心ない乙女だと思い給うな、なぜなら私は自分の強さと弱さの抗いがたい法則に従っているだけなのだから。あなたの可愛らしい心が傷を負う時、私の心もまた乱れ、血を流します。私はこの大いなる屈辱のよろこびのうちに、あなたの命の中で命を得、そしてあなたを殺します。あなたは私の命の中へ快く滅びてゆくことでしょう。それは仕方のないことなのよ。私があなたに近づいたように、今度はあなたが他の誰かに近づいて、このむごたらしい喜びを知る、それもまた愛なのだわ。だからしばらくは私や私の身のまわりのことを知ろうとはしないで。ただあなたの慈しみ深い魂のすべてで私を信じていて」
そうしてこのようなラプソディを口ずさむとき、彼女はその震える手でさらに強く私を抱きしめ、その唇は私の頬に優しい接吻をふりそそいで、ほのかに色づいた。
彼女の乱心と狂言とは私には理解できないものであった。
このような愚かしい抱擁は、そうたびたび生じたわけではなかったが、私としては何とかして逃れたかったにもかかわらず、いざとなると力が湧いてこなかった。彼女のささやきは私の耳に子守歌のごとく優しく響き、私の武装を解除して夢見心地へと誘うので、彼女が手を離してくれるまで、私は目をさますことができなかった。
こういう怪しい雰囲気の彼女が私は嫌いだった。私は奇妙な、心をかき乱すような興奮を経験し、それは快感には違いなくても、時として恐ろしさと厭わしさとの漠たる感覚が入り混じっていた。このような場面が続いている間、私は彼女への思いをはっきりさせることが出来ず、一つの愛が慕情へと成長してゆくのを意識しながら、同時に彼女のことが大嫌いだとも考えていた。矛盾したことを言っているのはわかっているが、他に説明のしようがない。

あれから十年以上も経った今、震える手でこれを書き綴っていると、それとは知らずに過ごした試練の日々における一連の事件と状況とが、混乱したおぞましい記憶となってよみがえる。とは言え私の物語の本流をなす一人の少女の思い出は鮮明で、少しも色あせてはいない。
ただ、私は思うのだが、誰の人生にも感動的な場面と言うものがあるのではないだろうか。われわれの情念は、そういう場面において、いとも激しく狂おしく呼びさまされる。にもかかわらず、後になって思い出そうとすると、そういう場面ほど、他のどんな場面にもまして朦朧として、不明瞭なのである。

私の不思議な美しいお友だちは、しばらく冷たいそぶりを見せたあとで、時として私の手をとって、優しく握りしめ、また握りしめてを繰り返すことがあった。頬を染め、物憂げな燃える瞳で私を見つめながら、とてもせわしなく息をするので、その乱れた息づかいにつれて彼女のドレスは上下するのだった。それは恋する男が慕い寄る姿に似ていた。私はほとほと弱った。とても嫌なのだが、圧倒されてしまうのである。そうして彼女はうっとりとした目つきで私を抱き寄せると、その熱い唇が接吻を浴びせながら私の頬の上を旅した。そうして彼女はほとんどすすり泣きながらささやいた。「あなたは私のもの。誰にも渡さない。あなたと私は永遠に一つに結ばれている」それからあお向けに椅子に倒れて、小さな両手で顔を覆い、私は一人で震えているほかはなかった。
「私たちは血族ですか」と私は問うたものであった。「あなたはいったい何が言いたいのかしら。恐らくご自分の愛する人の面影を私に重ねていらっしゃるのでしょう。けれど駄目。わたし嫌だわ。私はあなたがわからない。あなたがそのように見て、語りかけている私がわからない」
私がまくし立てると、彼女は溜息をつき、私の手を離して顔をそむけた。
これらの途方もない症状の数々について、私なりに納得のいく学説を打ち立てようと努めたが無駄であった。それを演技や悪ふざけに帰することは出来なかった。それは間違いなく抑圧された本能と情動との一時的暴発であった。彼女は、その母親の自発的否定にもかかわらず、時としてほんの少しの間だけ気が触れることがあるのだろうか。それともここには変装とロマンスとがあるのだろうか。私は昔お話の本でそんなのを読んだ覚えがあった。もし年下の男の子が、機転の利く魔法使いのお婆さんの助けを借りて、変身して家に現れ、意中の人に求愛しているとしたらどうであろうか。しかしこの仮説は、私の虚栄心にとっては面白くても、反証がいくらでもあった。
私は世の紳士たちが淑女たちによろこんで差し出すもろもろの配慮とは縁がなく、その種の事柄で自慢できることは何一つなかった。情熱的な彼女は長いインターバルを置いて現れるので、いつもは普通の女の子をしており、それなりに陽気であったり、陰気であったりした。陰気なときの彼女は、私のことなどまるで眼中にないようにも見えたが、その陰鬱な情火に満ちた視線が、私のあとを尾けていることに気がついたこともあった。こういう怪しい興奮のひとときを除けば、彼女の物腰は少女らしいものであった。それに彼女のまわりにはいつも疲労感がただよっていて、それは健康な状態にある男子の生態とは相容れないものであった。
彼女の生活習慣は、いくつかの点で、奇態なものであった。恐らくあなたがたのような都会の女性は、私たち田舎者が思うほど奇異には思われないことであろうが。彼女は大変な朝寝坊で、まず午後一時をまわらないと起きてこなかった。それからカップ一杯のチョコレートをたしなむものの、食事は一切とらなかった。それから私たちは散歩に出かけたが、ただしばらく歩くだけで、彼女はほとんどすぐに疲れてしまうらしく、城へ戻るか、または林間のあちらこちらに設置されている椅子に腰を下ろすかするのだった。それはもっぱら肉体的な疲労感で、彼女の心の調子とは裏腹だった。彼女はいつもおしゃべりで、とても知的な女性だった。
彼女は時として彼女自身の家庭に触れることがあった。また冒険や状況、あるいは幼時の記憶を物語ったが、そこには私の知らない風俗習慣の民族が出てきて、彼女はわれわれが聞いたことのないようなしきたりや慣わしを描写した。このような機会に私が収集した手がかりの数々から、彼女の生まれ故郷は私がはじめ思っていたよりもはるか遠くにあることがわかった。

ある日の午後、私たちがそのようにして木陰で休んでいると、かたわらを葬列が通り過ぎた。それはある美しい少女の弔いで、森の巡邏係の娘さんで、私も顔見知りだった。あわれな父親が愛娘の棺のあとについて歩いていた。彼女は彼の一人娘で、彼はすっかり打ちひしがれているように見えた。
農夫たちが二人ずつ列を作ってあとに続きながら、弔いの歌を歌っていた。
私は立ち上がって彼らに敬意を表し、その美しい歌声に唱和した。
私の同行者がいささか乱暴に揺さぶるので、私はびっくりして振り返った。
彼女は無愛想に言った。「ひどい歌ね。わからないの」
「私は反対に、とてもきれいな歌声だと思いますが」中断にいらだち、小さな行列を作っている人たちがこちらを見て憤慨しないかととても気を揉みながら、私は答えた。
それでただちに続きを歌い出すと、またしても邪魔が入った。「耳がこわれそう」カーミラはほとんど怒りながらそう言って、とても可愛らしい指で耳に栓をした。「ところであなたたち、本当に私と同じ宗教の信者なの。あなたたちの形式は私をそこなうわ。それに私お葬式なんて大嫌い。何て騒ぎかしら。人間は死ぬのねえ。一人残らず死ぬのねえ。死ねばいいことがあるのかしら。帰りましょう」
「父は教会の方と墓地へ参りました。彼女のお葬式が今日だと言うこと、あなたもご存じとばかり思っておりましたが」
「どちら様のことかしら。わたくしお百姓さんのことで頭を悩ませないことにしておりますの。存じ上げませんわ」カーミラは美しい瞳を爛々と光らせながら答えた。
「彼女はかわいそうな女の子で、二週間前に幽霊を見たと言って、それからずっと死にかけていて、昨日とうとう亡くなったのです」
「幽霊の話なんかしないでよ。夜眠れなくなる」
「熱病か疫病が流行らなければいいけれど、どうやら流行りそうね」と私は続けた。「豚飼いの男の若い奥さんが一週間前に亡くなったばかりなの。彼女は就寝中、何者かに首を絞められて、窒息しかけたそうよ。お父さまがおっしゃるには、そういう恐ろしい夢には、何らかの形で病気がついてまわるものらしいの。彼女はその前日まではとても元気だった。それがその後病床に就いて、一週間前に亡くなったのよ」
「そう。そのひとの葬儀は終わったのね。そのひとの弔歌も終わったのね。それで私たちの耳はあの乱調子と隠語に悩まされずに済むわけなのね。わたくし気分が悪くなってきたわ。ここに座りなさい。私のそばにお掛けなさいな。もっとそばにいらして。この手をとって、強く握って。強く、強く、もっと強く」
私たちはいつしか少し後退して、別の椅子のところへ来ていたのだった。
彼女は腰を下ろした。彼女の顔はある変化を経ていて、私は驚いたというより、一瞬ぎょっとした。その表情は暗く、顔面は蒼白だった。彼女は歯を食いしばり、両手に握りこぶしを作っていた。そうして顔をしかめ、唇を結びながら、足もとの地面をじっと見つめていたが、制しがたい瘧のような絶え間ない身震いで、全身がわなないていた。それは全力を上げてある発作を抑え込もうとしている様子で、彼女はいま息を殺してその発作と戦っていた。やがて低い、痙攣的な苦悶の叫びが洩れると、ヒステリアは徐々に収まっていった。「ほら、あそこに歌で窒息させる連中がやってくる」と彼女はかろうじて言った。「抱いて。強く抱いて。あれが通り過ぎるまで」
そうして葬列は次第に通り過ぎていった。そして、恐らくは今の光景から私が受けた陰気な印象を払拭するためであろう、彼女はいつもにもまして賑やかにおしゃべりを始めた。そして私たちは家路についた。

彼女の母親が語っていた健康上のもろさについて、その症状を確認したのはこれが最初であった。また彼女が怒りをあらわにするのを見たのもはじめてだった。
ふたつながら夏空を流れる雲のように通り過ぎていった。しかし私はその後もう一度だけ、彼女が一時的にかっとなるのを見たことがある。その時の話をしよう。

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「冬が来る前に」。gilliannさんがdeviantart.comに投稿した画像。元画像はこちら

その日、彼女と私は居間にいて、背の高い窓のほとりに寄り添って、外を見ていた。すると城の外から跳ね橋を渡って中庭に入ってくる者があって、それは私がよく知っている旅芸人だった。彼はだいたい年に二度ほど城を訪れたものである。
それは猫背の男で、そのような者が大概そうしているように、痩せた鋭い目鼻立ちをしていた。彼のあごひげは黒く、先が尖っていた。そうして彼は耳もとまで裂けた口でにんまり笑い、口の端から白い歯がはみだしていた。彼の服の色は黄褐色と黒と赤だった。そうして彼の胴体には無数のストラップとベルトが交差していて、そこからあらゆる種類の物体がぶら下がっていた。彼はまた幻灯機と二つの箱を背に負っており、私はその二つの箱のことをよく知っていた。そのうちの一つにはサラマンダーが、もう一つの箱にはマンドレイクが入っているのである。これらの怪物を見て、私の父はよく笑ったものであった。それは猿や、鸚鵡や、栗鼠や、魚や、針ねずみの一部分を乾燥させ、縫合したもので、あっと驚く精巧な出来栄えだった。彼はまた胡弓と、手品の道具の箱と、フェンシング用の剣とマスクを一対、ベルトに結び付けて持っていて、それ以外にも怪しげな容器をいくつもぶらぶらさせ、銅の石突きの付いた杖をついていた。彼はまた一匹のしつけの足りない痩せ犬を連れていて、この犬は彼のうしろにぴったりとついて入ってきたが、途中で立ち止まり、跳ね橋のあたりを嗅ぎまわってから、とてもうっとうしい声で吠え始めた。
くだんの旅芸人は、それには構わず、中庭の中央に立つと、そのグロテスクな帽子を取り、私たちに向かってとても仰々しいお辞儀をして、でたらめなフランス語と、それと同様にひどいドイツ語で、滔々とお世辞を述べた。
それから胡弓を取り出すと、まず溌剌とした一曲を奏でながら、陽気に音程をはずして歌い、滑稽な振り付けでとても元気よく踊るものだから、私は爆笑してしまったが、その間も犬は吠え続けていた。
それから彼はにこにこ、ぺこぺこしながら窓に近づいてきて、帽子を左手に持ち、胡弓を小脇に抱えた姿で、立て板に水をさながらの、長ったらしい宣伝文句を早口でまくし立てたが、その中で彼は、彼のあらゆる偉業と、彼が私たちの役に立つよう用意した多種多様な技芸の才能と、彼の力の及ぶ限りの珍奇な品々と娯楽の数々とを、私たちの命ずるままに、披露しようと申し出た。
「お嬢さまがた、吸血鬼よけの護符をお買い上げなさいませんか。聞けばこの森には吸血鬼なるものが狼のごとく出没するとか」と彼は帽子を舗石の上に落として言った。「右を向いても左を見ても、人が死にかけている次第だが、ここに霊験あらたかな護符がある。こいつを枕に留めておくだけで、魔物が来ても大丈夫。面と向かって笑い飛ばしてやれましょう」
その護符というのは、長方形のヴェラム紙の一片で、カバラの図形と暗号とが描かれていた。
カーミラがただちに一枚買い求めたので、私もそうした。
彼は下から私たちを見上げていて、私たちは上から彼を笑顔で見下ろしていた。私たちは娯しんでいたはずであったが、今にして思えば、心から娯しんでいたのは私だけであったかも知れない。彼の炯々たる黒瞳は、しばらく私たち二人の顔を見上げながら、彼の好奇心をとらえた何物かを探り出そうとしているように見えたが、やがて取り出したのは一つのレザーケースで、その中には変てこな形をした鋼鉄製の小道具がいっぱい詰まっていた。
「お嬢さま、こちらをご覧下さい」と彼はそのレザーケースの中身を見せながら、私に向かって言った。「わたくしめの多々ある特技のうち、もっとも世のため人のためになるとされているのが、歯科医の技術なのであります。犬も病死したいか」と彼は横道にそれた。「吠えるな、畜生。あのように吠え立てられましては、わたくしめの言葉がお嬢さまがたのお耳に届きませんからねえ。あなたさまの高貴なるお友だち、あなたさまの右隣におられるお嬢さまは、とても鋭い歯をお持ちだ…その長く、細く、先の尖りたること、錐のごとく、針のごとし。わっはっは。わたくしめの千里をも見通す眼力をもって、しかとお見受けいたしましたぞ。もしそちらのお嬢さまがそれでお悩みなら、いやお悩みに違いあるまいとお察しいたすわけでございますが、ほれ、この通り。やすりあり、はさみもあれば、鉗子もある。よろしければその歯の先を、鈍くまどかにいたしましょう。もはや魚類の歯ではない。その明眸にふさわしい皓歯となるでありましょう…はて、お気に障りましたか。わたくしめの言葉が過ぎましたかな。ご無礼をいたしましたか」
若き貴婦人は、実際、それこそはらわたが煮えくり返ると言った様子で、窓辺を離れた。
「あの山師、よくもここまで侮辱してくれたわね。あなたのお父さまはどちらにいらっしゃるの。わたくしあの男に償いをさせてやるわ。もし私の父がここにいたら、あんな恥知らず、井戸端に縛りつけて、馬車用の鞭でむちうって、家畜に烙印を捺す焼きごてで、骨に徹るまでじりじりと焼いてやるところよ」
彼女は窓のほとりから二、三歩しりぞいたところで腰を下ろし、それであの無礼者の姿も見えず、向こうから見られる心配もなくなってしまうと、その怒りは生じた時と同様、たちまち収まって、次第にいつもの優しい口調が立ち戻り、あの猫背の小男とその駄法螺のことなど、きれいさっぱり忘れてしまったように見えた。

その夜、父は元気がなかった。彼は部屋に入ると、最近起こった二件の死亡例とまったく同じ症例が現れたと私たちに告げた。彼の領地内の、この城から一マイルしか離れていないところで、ある若い農夫の妹が重病であり、本人が言うには、ほとんど同じようなものに襲われたとのことで、その病状はゆっくりと、しかし確実に悪化していた。
「このようなことはすべて」と父は言った。「自然の原因から起こるものに違いないのだ。あの貧しい領民たちは、お互いに迷信を感染させて、いにしえより隣人たちを食い物にしてきた恐ろしい連中が、ふたたび姿を現したと思い込んでいる」
「でもその状況そのものがとても恐ろしゅうございますわ」とカーミラが言った。
「どうして」と父がたずねた。
「もし自分がそんなものを見たらと考えると恐ろしゅうございます。たとえ気のせいでも、それは恐ろしいことですわ」
「われわれは神の掌中にある。何事も彼の許可なしには起こり得ない。神を愛する者は必ず報われる。彼は誠実な造り主だ。彼はわれわれすべてを造り、われわれすべてを大切にしてくれるのだよ」
「神、自然」と若き貴婦人は私の優しい父に答えて言った。「それではこの地方を侵略しているこの悪疫もまた自然なものでございましょう。自然。すべては自然から生ずるのですわ。天においても、地においても、また地下の冥府においても、一切は自然の掟にしたがって生きて動いているのではないでしょうか。私はそう思います」
「今日医師が来ることになっている」しばらく黙っていたあとで、父が言った。「彼がこの件についてどう考えるか、私たちがどうすればよいと考えるか、それが知りたい」
「お医者さまは私に何もしてくれなかった」とカーミラが言った。
「あなたは大病をわずらったことがあるのですか」と私はたずねた。
「あなたがわずらったことのないような大病をね」と彼女は答えた。
「それは遠い昔のことかしら」
「ええ、遠い昔。私はまさにこの病気にかかったの。けれどその時の自分の苦痛と衰弱以外、すべて忘れてしまったわ。それにその苦痛と衰弱は、他の病気のものに比べてそれほどひどくもなかったの」
「それはあなたがまだ幼い頃のお話ね」
「やめて。もうこの話はよしましょう。友だちを苦しめて楽しいかしら」
彼女は物憂げに私の目を見つめ、私の腰に優しく手をまわすと、私を部屋から連れ出した。父は窓のほとりで書類に没頭していた。
「あなたのお父さまは、どうして私たちを怖がらせようとなさるのでしょう」美しい少女はかすかに身を震わせながら、溜息をついた。
「いいえ、カーミラ。父はそのようなことをする人ではありません」
「あなたは怖くないの」
「それは、もし私があの貧しい人たちと同じものに襲われて、それこそ命にかかわる事態にでも陥れば、とても怖いでしょうよ」
「死ぬのが怖いのかしら」
「ええ。誰しもそうよ」
「けれど恋する者として死ぬこと、愛する人と共に死ぬことは、共に生きることであるかも知れないわ。
「女の子というものは、生きて世に在るうちは毛虫でも、夏が来ればとうとう蝶になるのよ。それまでは、皆それぞれ独自の性癖を持ち、必要を持ち、構造を持った、幼虫であり、亡霊であるのだわ。隣室にある大著の中で、ムッシュ・ビュフォンがそう説いていらっしゃるの」

その日、夜遅く、医師が訪ねて来た。彼はお父さまとしばし密談していた。
それは腕利きのお医者さまで、年は六十以上。髪にパウダーをつけ、青白い顔をかぼちゃのようにつるりと剃り上げていた。二人は一緒に部屋から出てきて、私は父が笑いながら、こんなことを言っているのを耳にした。
「先生、あなたは驚くべき賢者だ。ヒポグリフやドラゴンについてはどうお考えかな」
お医者さまは笑顔のまま、頭をふりふり答えられた。
「それでも生と死とは謎に包まれた二つの状態であることに変わりなく、そこに秘められているもろもろの資源について、われわれはほとんど何も知りません」
二人は歩み去り、私にはそれ以上何も聴こえなかった。お医者さまがどんな話を持ち出したか、その頃の私には知る由もなかったが、今なら何となく見当がつくような気がするのである。(第4章終わり)

*画像は初出誌『ダーク・ブルー』1872年1月号の挿絵で、Michael Fitzgerald による木版画
cygnus_odile様のご教示によるものです。
↓こちらもご覧下さい。cygnus_odile様の訳文と拡大画像があります。
http://www.geocities.jp/cygnus_odile/tategaki/carmilla/carmilla04_tu8.html