日本語でロックする法
BAND-MAIDの歌詞には「毒」があるという話を、二三の例を上げながら、もう少し掘り下げたいと思っていたところ、Redditという英語圏の掲示板サイトのBAND-MAIDの板で、 t-shinji さんとおっしゃる方が、BAND-MAIDの歌詞に触れながら、日本語の歌詞をロックのリズムに乗せるテクニックについて、細かく解説しておられるのを見つけたので、受け売りの形になりますが、この記事でついでに少しだけご紹介したいと思います。日本語を知らない人に説明するよりも、知っている人に説明する方が楽ですからね。詳細は「小鳩ミクが偉大な作詞家である理由(Why Miku is a great lyricist)」と題された t-shinji さんのご投稿をごらん下さい。なお以下に取り上げるBAND-MAIDの「HATE?」および「CHEMICAL REACTION」の二曲は、いずれも歌詞に猛毒を含んでおります。
「HATE?」*1の歌詞
これはまことにけしからん歌です。ですがメインヴォーカルの女の子のイメージにぴったりで、私にはこたえられない魅力があります。
消えて!
もう充分でしょ?
これ以上意味なんてない!
この「意味なーんてない!」というフレーズの「なー」の母音が引き延ばされ、そのあとの「ない!」という単語が t-shinji さんのいわゆる母音結合(Vowel combining)によって、一拍で発音される。その結果、何とも生意気でムカつく台詞に聞こえるのです。女の子がこの歌を彼氏の前で歌ったら、ぶん殴られるか、下手すると殺される危険性がある。それほど男性に対する侮辱に満ちた歌なのですが、まさにその点が痛快極まりないのです。それにしてもライブ映像で、ステージと客席とが一体となって" I HATE YOU !! "と連呼する様子を眺めていると、何だか不思議な気がしますね。
「CHEMICAL REACTION」*2の歌詞
この歌のタイトルは、ある人格の豹変を、物が化学反応によってその性質を一変させる様子になぞらえたもののようです。一見清純可憐な美少女が、突如として魔性をあらわにする、そんな光景が歌われている。背景に何かアニメ作品の影響があるのかも知れません。
You don't say !
中途半端が善人ぶって微笑うなよ
この「You don't say !」というのは「まさか!」「信じられない!」という意味で用いられる慣用句ですが、ここでは「驚いたかしら?」というほどの意味らしい。
かしずき愛し全部ちょうだい
「SMセッション」における女主人役のごとき台詞ですね。「かしずく」という古語に属する日本語の選択も、ここではキラリと光っている。この歌全体の歌詞のスタイルは(小鳩ミクの書く歌詞は皆そうですが)非常に手の込んだ、凝ったもので、折に触れてちりばめられる格言のたぐい(「事実は小説より奇なり」とか「良薬は口に苦し」とか)もまた、装飾的にキラキラと輝きながら、しかも皮肉で暗いトーンを存分に響かせています。
小鳩ミクは詩人ですね。私には彼女が爪を彩ったり、ツインテールを結ったりするのと同じ様に、丁寧に言葉を紡いでいる姿が目に浮かぶ気がします。
Chemical Reaction !
感情的配慮じゃないのよ 問題外
通常、日本語において「ん」の音は、母音のように一拍として発音される。これは日本語特有の性質というわけではないが、他の言語にはあまり例のない特色で、日本語を学ぶ人たちが躓きやすい点だ、と聞いたことがあります。ところが上の「感情的配慮」というフレーズの「感(かん)」の字は、t-shinji さんが「ん」の包摂(Inclusion of 'n')と呼ぶところのテクニックによって、二拍ではなく、英語風に一拍で発音される。しかも驚いたことに、その次の「問題外」という単語の「問(もん)」の字は、普通の日本語風に二拍分の間を取って発音される。これは漠然と歌を聴いているだけでは気づきませんが、われわれ日本人が実際に歌ってみようとすると、歌えないのでびっくりするところです。
もちろん、好みは人それぞれですが、少なくとも私には、たとえば「世界に一つだけの花」のような、いかにも「善人ぶっ」た歌よりも、こうした悪人ぶった歌の方がいいですね。ちなみに下の演奏、リードギターは確かに不調だが、メインヴォーカルの魅力がそれを補って余りあると、私は思います。