魔性の血

拙訳『吸血鬼カーミラ』は公開を終了しました。

BAND-MAID中毒

Aftershock Festivalでのライブ風景。jrocknews.comより。

アンナ・レンブケの『ドーパミン中毒』

快感に殺される!」という刺激的なキャッチコピーに釣られて手に取ったこの本(アンナ・レンブケ著『ドーパミン中毒』恩蔵絢子訳)。しかし内容はなかなか手強く、ここにチョロッと要約できるようなものではありません。
この本の中で一番「深い」のはこんな話です。ある地方出身の青年がヘロイン中毒になって、大学を卒業できなくなった。ヘロインの影響下にある時、盗みを働いて警察に捕まり、リハビリ施設に通うことになって、そこで処方されたブプレノルフィン(Buprenorphine)という薬によってヘロインの乱用から解放された。彼は無事大学を卒業した上、幸せな結婚をした。
しかし、と著者(精神科医)は考える。問題はまだ解決していない。実はこのブプレノルフィン自体に依存性があることがわかっており、その禁断症状はヘロインよりも重いとも言われている。たまに彼に対して「そろそろ薬を止めてはどうか」と持ちかけてみても彼は「ノー」の一点張り。「私はこの薬に救われた。今はすべてがうまく行っている。どうして止めなければならないのか」確かに今の彼は激情に駆られて周囲と衝突するようなことはない。だが彼の妻は時折「彼には人間らしい感情が欠けているような気がする」とこぼす。相当腹を立ててもいいはずの時にも怒らないのだそうです。
自制が効かず、周りに迷惑をかけ、自分自身も麻薬に手を出すほど苦しんでいた頃の彼と、薬のおかげで「すべてがうまく行っている」今の彼と、どっちがほんとの彼なのか?これはなかなかの難問です。とにかく「薬」(抗うつ薬とか精神安定剤とか)に依存しない方がいいということで、この本では意図的な「苦痛」を耐え忍ぶことによって「ドラッグ(アルコールやギャンブルやアダルトコンテンツ等のデジタルドラッグを含む)」の誘惑から逃れる方法(冷水浴とか、絶食とか)も紹介されておりますが、それはそれでやはり依存性があるそうで、結局人は何かに依存しないと生きていけないのではないか(この本の著者はそんなことはひと言も言っていませんが)、要するに人様に迷惑をかけない程度に、出来るだけ依存先を増やすことで、リスクを分散して世渡りしていくしかないのではないか、といった身もフタもない結論になりそうです。
YouTube上にあふれ返っているBAND-MAIDのライブ映像に付けられたコメントを眺めておりますと、「BAND-MAIDには中毒性がある」といったものが散見しますね。英語のコメントもあれば日本語のコメントもある。私自身、同様の中毒症状に苦しんでおり、「何がこんなに面白いのか?」と来る日も来る日も自問自答しているところですが――とにかくブプレノルフィンなんかくそくらえだと言いたい。

コロナ禍が生んだ名曲「from now on」

「from now on」について書くのはこれで三度目になります。下はやはりAftershock Festivalでのパフォーマンス映像で、こちらの記事に貼ったものとは別の人が撮ったものですが…


www.youtube.com

このドラムの女の子ですが、私の目にはどう見ても正気には見えない半狂乱にしか見えないのです。プレイ自体は正確無比ですが…そう言えば、何でも2016年にジミー・ペイジが東京に来た時、たまたまこの女の子のプレイをライブで観てびっくりして楽屋を訪れ、「ボーナムの再来だ」と言ったとか言わないとか。ペイジも焼きが回ったようですね。
もう一つ、ペイジの名前が出たついでに思い出した昔話ですが、パンクロックが全盛の頃、確か『rockin’on』誌上で、何とかいうイギリスのパンクバンドのメンバーがインタビューに答えて、

女にロックは無理だキンタマがついてないから

と迷言を吐いていたように記憶しますが、彼が今この曲を聴いたら何と言うでしょうか?
もちろん私が言いたいのは、「この女の子たちには、実はキンタマがついているのら!」というようなことではありませんで、とにかくYouTube上のこの曲のライブ映像に付けられたコメントを眺めていると、日本のファンはどちらかというとBAND-MAIDの演奏テクニックばかり賞めて、この曲のテーマ自体にはあまり注意が払われていないように感じられる。わたくし思うに、こういう曲を書いて演奏するには、よほど大きな不平や不満――よほど激しい怒りや悲しみを内側に溜め込んでいないと無理なはずで、もちろんそういった心的エネルギーをこのような美しい楽曲に昇華させるにはきわめて洗練されたアーティスティックな手腕が必要ですが、結局のところ、この曲の背景にはこちらの記事で触れたジェンダーギャップといったことのほかに、今回のコロナ禍によって休業を余儀なくされたミュージシャンたちの鬱憤の爆発があることは間違いない。「禍転じて福となす」という言葉がありますが、他のアーティストたちが「冬眠」している間、BAND-MAID蒸気機関にせっせと石炭をくべていたわけです。BAND-MAIDの表現は、ヘビメタバンドとしてはきわめてエレガントかつ上品なものですが、そういう彼女たちの内に秘めた情熱、凶暴性、獰猛性――野獣性と言ってもいいかも知れませんが、そういったものが表面上の優しさ&おしとやかさを突き破って現われるところにBAND-MAIDの音楽の魅力の核があるのですね。