魔性の血

拙訳『吸血鬼カーミラ』は公開を終了しました。

エドガー・アラン・ポー「夢の中の夢(A Dream Within a Dream)」他四篇

ブライダル・バラード(Bridal Ballad)*1

それは指輪があるから
 それは花の冠があるから
綺麗な衣裳も宝石も
みんな私の意のままだから
 だから私はうれしい

それに何より優しい新郎がいるから
 でも彼が誓いの言葉をささやいたとき
私の胸は騒いだ
その言葉は弔いの鐘のようで
その声はあの男の声だったから
谷間の戦闘でたおれて
 故人となったあの男の

彼はぼんやりしている私に声をかけて
 私の額に口づけをした
すると私は幻覚に襲われ
それは私を墓地へと連れて行って
それで私は目の前の男に
彼を死んだデロルミだと思って
 「うれしい」と言ったのだった

こうして愛が告げられ
 これが交わされた誓いであって
それで私が不実な女となって
ひそかに断腸の思いをしても
人はこの黄金の指輪で
 私を幸せ者と呼ぶでしょう

ああ 私は目を覚まさなければ
 なぜなら私は夢を見ていて
それで心配でたまらないから
これは一大事ではないかと
これでは見捨てられた故人が
 死に切れないのではないかと


映画『ヴェニスの商人(Merchant of Venice, 2004)』より。詩:エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe)曲:ジョスリン・プーク(Jocelyn Pook)歌:ヘイリー・ウェステンラ(Hayley Westenra)。


Merchant of Venice - Bridal Ballad (Jocelyn Pook)

ヴェニスの商人 オリジナル・サウンドトラック

ヴェニスの商人 オリジナル・サウンドトラック

 

夢の中の夢(A Dream Within a Dream)*2

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米女優エヴァン・レイチェル・ウッドの背中のタトゥー。ウィキメディア・コモンズより。

その額にキスをさせておくれ
そして今お別れにあたって
これだけは言わせてほしい
「あなたの青春は夢だった」と
君が言うのは正しいかも知れない
けれど望みを絶たれたのが
一日にしてであろうと 一夜にしてであろうと
寸時にしてであろうと 瞬時にしてであろうと
それで絶望の深さが変わるわけもない
われわれに見えるもの 見える気がするものは
すべて夢の中の夢に過ぎない

海のほとりを訪れ
波打ち際にたたずむ
片手にはほんの少しの
金色の砂粒を握って
ほんの少しの砂粒
それが指の隙間からさらさらとこぼれ落ちて
私は涙を流す 涙を流す
おお神よ もっと強く
つかんで離さないわけにはゆきませんか
おお神よ たとえ一粒なりとも
心ない波から救うことはできませんか
われわれに見えるもの 見える気がするものは
すべて夢の中の夢に過ぎないのでしょうか

M. L. S.へ(To M. L. S——)*3

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マリー・ルイズ・シュー夫人。eapoe.orgより。

あなたと居ると朝が来たような気がする
だからあなたが去ると夜の訪れを感じる
それは聖なる太陽の姿が大空のどこを探しても
見あたらない夜―― 私たちは涙を流しながら
あなたを讃美してやまない 希望のため 命のために
それよりも誠意への 美徳への 人間らしい気持ちヒューマニティへの
とうに忘れられてしまった信仰のよみがえりのために――
「絶望」の汚らわしいベッドの上に横たわって
死に瀕していた私たち たちどころに癒されました
「光あれ」という優しいささやきによって
それはあなたがその明るいまなざしを投げかけてくれた ただそれだけで
成就してしまった その言葉によって――
あなただけが頼り その感謝の気持ちは
ほとんど崇拝の念にひとしい そんな人々の中でも
一番の正直者 もっとも熱烈なる信奉者
この下手くそな詩を書いた男のことを忘れ給うな
これを書きながら 私はぶるぶると震える
私の霊がいま天使の霊と交信していることを思って

エルドラド(Eldorado)*4

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エドマンド・デュラック「エルドラド」。プロジェクト・グーテンベルク版『鐘およびその他の詩集』より。

華やかに着飾った
 女好きの騎士が
日ざしの中を また夕暮れの影の中を
 歌を歌いながら
 久しく旅し続けていた
エルドラドを探し求めて

だが彼も老いた
 この命知らずの騎士も
そうして心には影が差すのだった
 なぜなら 世界中の
 どこを探しても
エルドラドらしき土地は見あたらなかったから

遂に精魂
 尽き果てた時
彼は巡礼の『影』と出会った
「『影』よ」と彼は問うた
「いったいどこにあるのだ
あのエルドラドと呼ばれる土地は」

「月の山々を
 乗り越え
影の谷を下りて*5
 恐れずに馬を駆れ」
 と『影』は答えた
「エルドラドへ行きたいならば」

ひとりぼっち(Alone)*6

幼いころから 私は他人ひと
違っていた 私は他人ひと
違うものを見ていた 他人ひとが心を奪われる
対象に 私が心を奪われる
こともなく 他人ひとと同じ理由で
悲しまず 他人ひとと同じ調子トーン
喜ばず そして私が愛するもののすべてを
私はひとりぼっちで愛していたのだった
幼いころ 私はこの数奇と言っていい
生涯の幕開けに ありとあらゆる
善きもの 悪しきものの最深部から
今なお解けないミステリーを見つけた
激流から また噴泉から
真っ赤な断崖絶壁から
わが周囲を金色こんじきに輝きながら 
めぐりゆく秋の太陽から
わがかたわらをひらめききながら
通り過ぎてゆく稲光りから
雷鳴から また嵐から
また私の目には(その日の空は
その一点以外は晴れ渡っていたのだけれど)
悪魔デーモンと見えたあの雲からも

E. A. Poe
Baltimore, March 17, 1829

*1:『大鴉およびその他の詩集』(1845年)に拠る。

*2:グリスウォルド編『エドガー・アラン・ポー最新作品集』第二巻(1850年)に拠る。

*3:グリスウォルド編『エドガー・アラン・ポー最新作品集』第二巻(1850年)に拠る。

*4:グリスウォルド編『エドガー・アラン・ポー最新作品集』第二巻(1850年)に拠る。

*5:旧約聖書詩篇23:4に「たとひわれ影の谷間を歩むとも」云々。ポーの短編「影(Shadow — A Parable)」参照。

*6:『月刊スクリブナー』誌1875年9月号の載するところ。