表題の作品につきまして、一天一笑さんから紹介記事をいただきましたので掲載します。一天一笑さん、いつもありがとうございます。
多島斗志之について
多島斗志之『黒百合』(東京創元社)を読了して。
1989年『密約幻書』、1991年『不思議島』で2度の直木賞候補に輝きました。筆者の好みは、明石元二郎台湾総督・陸軍大将の鞄の中身に端を発する国際謀略小説の『密約幻書』です。
多島斗志之氏は2009年、京都市内のホテルをチェックアウトした後失踪し、現在に至ります。失踪の原因は両眼が失明し、執筆活動が出来なくなるのを苦にしたとか。健在であれば今70歳代後半に差し掛かる頃でしょうか?
『黒百合』の登場人物
では『黒百合』に参りましょう。
『黒百合』は寺本進、相田真知子、浅木謙太郎の3人の視点から描かれています。
他にも多士済々の人物が登場します。阪急電鉄、東宝、宝塚歌劇団等を創立した実業家、小林一三翁と思しき人物、小芝一造。とても客商売とは思えない客あしらいをする喫茶店オ-ナー、通称「六甲の女王」。1950年頃の時代の常態とはいえ男として情けない、人でも品物でも、手に入れるまでは夢中になっても、飽きたらそれっきりの倉沢貴久男。もっと情けなくお金にだらしない倉沢貴代司。ちなみにこの二人は倉沢日登美の長兄と次兄ですが、富裕層のボンボンはこんなもんですね。そして地味ではあるが、手先が器用で、働きもので、実は倉沢日登美と並ぶくらい美しい浅木のおばさんは何と小芝一造とも直につながりがあります。
六甲の別荘に逗留
寺本進(14歳)は、父の友人の浅木さんの“街より気温が8℃低い(標高737メートル)からきっと過ごし易いよ”の言葉に惹かれて浅木家の別荘にひと夏逗留する。はしっこい浅木一彦とヒョウタン池で遊んでいるとき、偶然に倉沢香(14歳)と出会い、仲良くなります。そんな小さなきっかけから3人は、進の観光案内(?)も兼ねて展望台へ行ったり、ハイキングをしたり、池で泳いだり、避暑地の夏休みを満喫します。但し天狗山のハイキングの時、付き添いの浅木謙太郎は、足をくじいた香を背負おうとはしません。息子達にさせます。何かあるのでしょうか?
倉沢香の境遇
地元では有名な神戸女学院の中学部の生徒です。六甲では誰もが知っている大きな家に住み、お抱え運転手もいて、超高級外車のビュイックとオースチンに乗るというと如何にも恵まれた環境のお嬢さんに見えますが、実母を亡くし、父の正妻の継母に引き取られて、しかもその後、父は1945年に死亡しています。実母死亡時、香は身寄りが無い小学生ですから、嫌でも昔でいう本宅で暮らすしかないのです。継母と異母兄は、当然香に辛くあたるか、無関心です。唯一の味方は叔母の倉沢日登美です。まあ何処の家にも事情はあるでしょう。私立のお嬢さん学校に通う家庭には、往々にしてよくある話です。
案の定、進と一彦は倉沢家に出入り禁止になってしまいますが、そこは柔軟闊達な少年たちのこと、香とうまく連絡を取ります。ところで、出入り禁止になる何があったのでしょうか?
倉沢貴代司の死
そうこうしているうちに、デカダンス派、ギャンブル依存症、境界性人格障害の倉沢貴代司が射殺死体で発見されます。凶器はワルサーP38、ルパン三世の愛用の拳銃ですね。周囲は俄然騒がしくなり、当然警察も捜査をします。進や香も話を聞かれます。しかし結局殺人犯は見つかりませんでした。案外と近くにいるような気配がしないわけでもないのですが。
夏休みの終わり
六甲ケーブルでのお別れの場面は何とも切ないですね。
見送りに来てくれた浅木のおばさんが転倒し、義足だったことに進はやっと気が付きます。
大人たちの話によく出てくる「美青年にも間違えられそうな容貌のベルリンの彼女」とは誰の事を指すのでしょうか?
時間は確実に過ぎていき、老境となった進が思い出した事柄とは何でしょうか?
六甲の避暑地での出会いは、淡い恋で終わることなく、香と一彦は結婚していて、今でも行き来があります。
ミスリードを誘う多くの伏線が張り巡らされた作品です。そして最後にアッという仕掛けが施されています。倉沢貴代司や日登美のボードレ-ルの詩の暗唱も読み応えがありますよ。
東海地方出身の筆者には京阪神地区の会話(『細雪』のような)は、なかなかピンとは来ませんが。
避暑地気分を味わいたい方、叙述ミステリーに興味のある方、多島斗志之作品に興味のある方、1940~1960年頃の日本人の日常生活や六甲山周辺に興味のある方にお薦めします。
一天一笑