魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

リュシー・ドラリュ=マルドリュスVSルネ・ヴィヴィアン(『レスボスの女王』より)

近所の古本屋で『現代の詩人たち―1900年から今日までの詞華集』という600ページもある分厚いフランス語の本を、380円で買いました。1943年刊ということです。こんな本が場末の古本屋に転がっているのですから、日本という国は本当にわけがわかりません。
アンリ・ド・レニエから始まって、エミール・ヴェルハーレン、ジャン・モレアス、ヴィエレ・グリッファン、ポール・クローデルピエール・ルイスポール・ヴァレリー、フランシス・ジャム、ポール・フォール、シャルル・ペギー、レオン=ポール・ファルグ、ヴァレリーラルボーフランソワ・モーリアックジャン・コクトーギヨーム・アポリネールポール・エリュアールと言った、日本でもよく知られているビッグ・ネームにはさまって、ルネ・ヴィヴィアン、アンナ・ド・ノワイユ、リュシー・ドラリュ=マルドリュス、オリヴィエ・ド・ラファイエットなどの名が見えます。
ちなみにこの本の面白いところは、それぞれの詩人の章のとびらの裏のページに、本人の筆跡と署名が印刷されていることです。ルネの筆跡は『一人の女が私の前に現われた』(ヴァリー版)でも触れられている通り、本当にかぼそくて読みづらい字で、例の「花押」(?)も捺してあります。これに対してノワイユ夫人のは筆ペンで書いたのかと思うような雄渾の筆致(?)で、リュシーのはこの三人のうちでは一番「普通」です。

ナタリー・バーネイがルネ・ヴィヴィアンをエレーヌ・ド・ザイレン男爵夫人から取り返そうと躍起になっていた頃、ナタリーの空閨(?)を慰めるべく数人の人妻が言い寄ってきて、その中にコレットやリュシー・ドラリュ=マルドリュスも混じっていたという話は前にしました。この頃リュシーがナタリーへ盛んに書き送っていた詩はのちに『私たちの秘密の愛』という詩集にまとめられた。

苦い海に注ぐ甘い水の流れのように、
わたしたちの秘密の愛は優しく絡みあい、
肉体に魂を入れることを忘れた
この無情で冒涜的な世紀を通り過ぎてゆく。

リュシーはその後亡くなるまで、四十年にわたってナタリーの親友となり、その関係はナタリー自身の言葉によれば「長い間愛情と友情の間を揺れ動き、やがてあらゆる試練を越えて友情となった」ということですが、このいわゆる「Lの世界」(ロサンゼルスではなくてパリの話ですが)の顕著な特徴は、どこまでが「友だち」で、どこから先が「恋人」なのか、はなはだ曖昧であるという点です。たとえばリアーヌ・ド・プージイはナタリーとは一年ほどで別れたあと、ナタリーの良き相談相手となったと書きましたが、この「相談相手」とは、『高級娼婦リアーヌ・ド・プージイ』(ジャン・シャロン著、小早川捷子訳、作品社)という本によれば、要するに相談に乗ったり乗られたりしながら、なしくずし的に情交にまで及んでしまう、そんな不思議な関係であったようです。リュシーとの関係も、『レスボスの女王』の中ではナタリー自身は否定しておりますけれど、ゲイル・ルービンは『一人の女が私の前に現われた』の英訳本の序文の中で、この頃(1902年)リュシーとナタリーは一線を越えたとしており、さらにルネは例のレスボス島への逃避行のあとにこの事実を知ったものと推定しております。
それでルネはどうしたかと言うと、『一人の女が私の前に現われた』のロアリー版を書く時に、ペトルス博士はもはや登場させず、したがってリュシーももはやペトルスの妻としてではなく、ロアリー(=ナタリー・バーネイ)にもてあそばれて捨てられた数多くの女性たちのうちの一人として登場させたということです。これはルネの側からすれば、ささやかな復讐といったところなのでしょう。

しかしリュシーの方もやられっぱなしだったわけではない。ルネの死後、リュシーはこの三角関係(ナタリー×ルネ×だるまパン)のごたごたをネタにした『天使と背徳者たち』という小説を書いた。ちなみに『天使』とはリュシー自身と見られるヒロインのことで、その他の登場人物たちはすべて『背徳者たち』ということらしい。これは前にも御紹介した言葉ですが、この小説の中でヒロインはナタリー・バーネイがモデルと見られるロレット・ウェルズという女を「倒錯者、道徳破壊者、エゴイスト、悪人、頑固者」などと評し、さらに以下のように非難しているということです。

「だってあなたは無国籍者のように見えるけれど、恐ろしくアメリカ的なのです。同じ時刻にパリのあちこちでデートを二十五…病的なほどあちこち動き回るこの癖は、きっとあまりにも小さい時から、船や列車やホテルを連れ回されたせい。金持過ぎるアメリカ人の子供がみなそうであるように」

『レスボスの女王』の著者ジャン・シャロンが九十歳のナタリー・バーネイにこれを読んで聞かせると、ナタリーは答えた。
「二十五のデートですって?リュシーは大げさよ。多分十八ですよ…」
「たしかに十八です」とメイドのベルト・クレイレルクさんが話を引き継いで、「その頃のお嬢さまは、休む暇もありませんでした。お嬢さま、覚えておいででしょう。日に四度、着替えをなさいましたよ。朝のテニスと、昼食と、午後と、晩と」

『レスボスの女王』によれば、この『天使と背徳者たち』のキャスティングは以下の通り。

マリオン(主人公):リュシー・ドラリュ=マルドリュス
ロレット・ウェルズ:ナタリー・バーネイ
エメ・ド・ラーグル:ルネ・ヴィヴィアン
タイヤール伯爵夫人:エレーヌ・ド・ザイレン男爵夫人

「復縁」したいというウェルズ(=ナタリー)の願いを伝えるべく訪れたマリオン(=リュシー)に対し、エメ・ド・ラーグル(=ルネ)はこう答える。

「わたしは決して伯爵夫人と別れません。彼女は完璧な友人です。わたしがあのウェルズのせいで自殺しそうになった時(なんて馬鹿だったのでしょう!)、夫人はわたしにとても優しくしてくれました」

これはなかなか真に迫った台詞なのですが、あとが悪かった。リュシーはこのレズビアンに行きずりの男の子をはらませ、ヒロインの献身的な介護を受けるという筋書きにしてしまった。これはルネが読んだらさぞかし怒ったろうと思います。九十歳のナタリー・バーネイは笑いながら、

「ルネが妊娠するだなんて、こんなことを考えつくのはリュシーだけ!要するにリュシーはルネに嫉妬していたのです」

と語ったということです。