魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

アルフレッド・テニスン「ティソナス(Tithonus)」の大意

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フランチェスコ・デ・ムーラ「オーロラとティソナス」。ウィキメディア・コモンズより。

シグナスさんのブログでテニスン卿の「ティソナス」の和訳を試みておられます。その完成を心から願うものですが、英文解釈上の疑問点を列挙するのが面倒なので、以下に大雑把な「意味」を示して、翻訳される方や原文を鑑賞される方の参考に供したいと思います。疑問点があれば遠慮なく御指摘下さい。ちなみに原文は→http://www.online-literature.com/tennyson/730/

木々は朽ち、木々は朽ちて倒れる。霧はその悲しみで地上を濡らす。人は生まれ、地を耕して、地下に葬られ、白鳥もまた多くの夏を経て死ぬ。私だけが心ない「不死性」ゆえに衰え(ながら生きのび)てゆく。あなたに愛されながら、ゆっくりと干からびてゆく。この静かな世界の果てで、この「東」の絶対的な沈黙の空間にあって、幾重もの雲の彼方、この朝焼けの大広間で、ただひとり夢のようにさまよっている白髪の幻影として。

ああ、この灰色の影も、かつては(若い)男であった。彼はその美貌とあなたの歓心を得たことで勝ち誇り、それほど魅力的だった彼のその思い上がった心には、もはや自分が神に等しいもののように思われたのだった。(だから)私は(慢心のあまり)あなたに「俺を不死身にしてくれ」と頼んだ。そうしてあなたはお安い御用とばかりに聞き入れてくれて、その時のあなたは(貧しい者に)施しを与えながら、どの程度の金額を与えているかもわきまえない(ほど無思慮な)大金持ちそっくりだった。ところが強力な「時間」は(女神の不条理な命令を)憤慨しながら実行して、私を打ちのめし、滅茶苦茶にし、ぼろぼろになるまで使い果たし、私の息の根を止めることが出来ないかわりに目も当てられない姿にして放り出して、それで私は永遠に若々しいあなたの前で、永遠に年を取らない者と結ばれた永遠の年寄りとなり、かつての私であったもののすべてを失った。あなたの愛や美貌は、果して(この仕打ちの)埋め合わせが出来るのか?今もまたあなたの先駆けである銀色の星が頭上に迫って、涙ながらに私の声に耳を傾けてくれているけれども。ここから出してくれ。この恩恵を引っ込めてくれ。人は人としての生まれつきを変えようとしてはならず、万人にふさわしく、万人が立ち止まるよう定められたゴール(=死)を、踏み越えようなどとは思ってはならないのだ。

そよ風にたなびく雲の絶え間より、私が生まれ育った暗い世界がちらりと見える。いつもの不思議な光があなたの純粋な額や肩からふたたび流れ、(あなたの)若返った心臓がその胸でどきどきと鳴る。暗闇の彼方であなたの頬が赤く色づき、私の目のそばであなたの目が輝き始めるが、それはやがて陽光となって(満天の)星の輝きを奪うことだろう。あなたに仕える荒々しい(馬の)一群は、あなたの(馬車の)くびきを求めて起き上がり、その解き放たれたたてがみから暗闇を払い落とし、薄明(の道)を(そのひづめで)蹴って火花を散らす。

見よ、あなたはこのように無言のうちに美しくなり、私の問いに答えないまま出かけてゆくが、(ふと気づけば)私の頬はあなたの涙で濡れている。

私はあなたの涙にぞっとする。そうして私は、その昔、暗い地上で学んだある一つのことわざが、もしや事実なのではないかと思って身ぶるいをする。いわく「神々が(人間に)授けた恩恵は、神々自身も取り消すことが出来ない」と。

ああ、私はその昔、どんなに異なった目と心とであなたを見つめていたことだろう。もっとも、それは(あなたを)見つめていたその人間が、私と別人ではなかったとすればの話だが。あなたのからだを取り巻いて光の輪郭が形作られ、黒髪が金色の巻き毛へと変わってゆく。そのようなあなたの神秘的な変貌とともに(かつての私もまた)変貌し、あなたの居場所やその城の正門が真っ赤に燃えてゆくのを見て、(かつての私もまた全身の)血をたぎらせたものだった。そうして私が横になっていると、四月のなかばほころびた花のつぼみよりもかぐわしい(あなたの)口づけで、(私の)くちびるや、額や、まぶたはあたたかく濡れ、私の耳は(あなたの)狂おしくも甘美な(愛の)ささやきを聴くことができ、その声はイリオン(=トロイ)の城塔が霞のごとく現われた時に、アポロンが歌っていた意味の解らない歌に似ていた(訳者注:ティソナスはトロイの王ラオメドンの息子)。

とは言え、私をいつまでもあなたの「東」に閉じ込めておかないで下さい。(人間である)私が(神である)あなたと末永く(幸せに)暮らすことなど、どだい無理です。私を包んでくれるあなたの薔薇色の肌は冷たく、あなたの光はすべて冷たく、そうしてあなたのお城の戸口にたたずんでいる私のよぼよぼの足もまた冷え切っている。(それに対して)可死の幸福な人間たちが暮らしているあの暗い平野や、もっと幸せな死者たちが眠っている草深い墓場からは、(何かしらほかほかと暖かそうな)湯気が立ち昇ってくるのです。私を放して下さい、地上へ帰らせて下さい。(神である)あなたは一切を見る、(だから)私の墓をも見る(のがよい)のです。あなたは朝が来るたび美しく蘇る。土くれとなった私はこの空っぽのお城を忘れ、あなたが白銀の車輪(をつけた馬車)に乗って帰ってくる姿も思い出さないことでしょう。