魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

「最愛の女へ(A la Femme aimee)」 について(『レスボスの女王』より)

少女時代から「少女愛」に耽溺していたナタリー・バーネイは、ルネ・ヴィヴィアンと出会った頃には既に百戦錬磨のツワモノだったわけですが、ルネは男も女も全然知らなかった。この本(『レスボスの女王』ジャン・シャロン著、小早川捷子訳、国書刊行会)には『一人の女が私の前に現われた』のロアリー版の第4章から、こんな一節が引かれております。

「ロアリーに対するわたしの愛は、初恋に特有の、無意識のほとばしるような愛であった。わたしの恋は盲目的だったので、相手の気持ちを疑ってみもしなかった。わたしはロアリーを愛していた。そしてわたしはまだ愛は愛を招くと信じていた…」

上の一節はヴァリー版にはありませんが、「初恋」という言葉はヴァリー版にもよく出て来ますね。

二人が急接近したのは文学を介してではなく、アイススケートを介してだったという話は前にもしました。二人がはじめて結ばれた夜についても同じ記事で触れましたが、これはもう今日では伝説の世界というより、神話の世界での出来事です。「ルネはナタリーを自分の寝室に招く。それは自ら熱烈な祭壇に変えた部屋で、蝋燭と百合の花が並んで置かれていた」。そして「この瞬間を、ルネ・ヴィヴィアンのつぎの詩ほどよく伝えるものはない」として、ルネの処女詩集『エチュードとプレリュード』の巻頭に置かれた「最愛の女へ(A la Femme aimee)」という詩が引用されております。小早川氏の訳で読めますが、氏の訳はあまりにも難解なので、もう少しわかりやすい訳詩が作れないかと思ってやってみましたので、どうかご参照下さい。かくも情熱的な詩に注釈を加えるなどという無粋な真似は、出来れば避けたいところで、ルネの霊に対して申し訳ないかぎりですが、あまりにも表現が格調高すぎてピンと来ないとおっしゃる向きもあろうかと思いますので、鑑賞上のヒントをいささか以下に示します。
設定は、ざっくばらんに言ってしまえば、「初体験」の夜で、「私」は先にベッドに入って「あなた」が来るのを待っている、そういう状態です。何せ「初体験」なもので、「私」はすっかりパニックに陥っている。「私はふるえていた」…要するに怖くてたまらないのです。
行を追うごとに緊張は高まってゆく。

>あなたが近づくにつれ 幾つもの竪琴が砕ける音がして

「竪琴が砕ける音」とは「私」の心臓の音です。胸がどきどきして、はりさけんばかりである。

>物憂げに引いてゆく音響の水の中から…あなたが現われた

どうやら「あなた」がベッドに入ってきた時点で、「私」は既に失神しかけているようです。
最後の一節は「解説」するに忍びないので、原詩を見ていただきたいと思います。

Et l’esprit assoiffe d’eternel, d’impossible,
D’infini, je voulus moduler largement
Un hymne de magie et d’emerveillement.
Mais la strophe monta begayante et penible,
Reflet naif, echo pueril, vol heurte,
Vers ta Divinite.

>Mais la strophe... begayante et penible,
しかし(わが意に反して)痛々しいしどろもどろの詩の一節が

>Reflet naif, echo pueril, vol heurte,
(あなたの姿の)愚直な反映 (あなたの言葉の)幼稚な反響 コントロールの利かない飛翔(となって)

>monta... Vers ta Divinite.
あなたの神性めざして上昇した

あと、これは本当に蛇足ですが、この『エチュードとプレリュード』という詩集の特徴として、ボードレールの強烈な影響の他に、確か中島淑恵先生も書かれていたと思いますが、「性別不詳」という点があります。ほぼ全編が性愛をテーマとした詩集ですが、男の詩なのか女の詩なのかよくわからぬ、というものが多々あります。作者はむしろ男性の詩として読んでほしいのかも知れぬ、といった詩です。ただこの「最愛の女へ」は女性の詩と解しても作者の意に反することはないでしょう。

言葉を失った私のくちびるの上にふるえたものは
あなたの初めての口づけの甘さと怖さだった…

というような繊細な表現は、男性のものと解するにはやはり無理があるからです。