魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

メイドさんの話(『レスボスの女王』より)

メイド喫茶の話ではなく、メイドと女主人の禁断の愛の話でもない。
「禁断の愛」と言えば、『ハイト・リポート』で有名なシェア・ハイトの『なぜ女は女が嫌いなのか』(石渡利康訳)という本に、「私の調査では特異な例」として、こんな話が載っています。

「私はある家庭でホームヘルパーをしていました。ところが、心の中に非常に強い感情が生まれ、その家庭の奥様に会うのが待ち遠しくなりました。彼女の立居振舞いすべてが魅惑的で、彼女と一緒にいるだけで幸福でした。そのようなことは初めての経験でした。彼女にも私にも家庭があります。私は彼女の家族が好きでしたが、特に彼女に恋をしてしまったのです。
「結局、私は彼女の所で働くのを辞めることにしました。とても残念だったのですが、それ以上の選択が私には考えられなかったのです。それ以来、彼女には会っていません。一度、彼女を見かけましたが、それは車に乗っている姿をちらっと見ただけです。夫には何も話していません。でも私は、将来にも、また同性に心を奪われるようなことが起こるのではないかと心配です。女性に対する特別な感情に終止符を打つのは、とても困難なことです」

『レスボスの女王』によりますと、ベルト・クレイレルクさんがジャコブ街二十番地のナタリー・バーネイの屋敷に小間使いとして雇われたのは23歳の時でした。ある作家の紹介と言うことですが、ベルトさんはここの女主人の「評判」について何も知らなかったらしい。知った時には後の祭ということで、実際ベルトさんは泣き、逃げ出したいと思ったそうです。そりゃ好色な女主人の餌食になる危険性は充分あったでしょうし、仮にそれはまぬかれたとしても、出入りしている女性がほとんどそういう人ばかりですから、まさに貞操の危機ですね。しかし開き直って仕事に精を出した結果、それは取り越し苦労であることがわかり、二年後には無事男性と結婚されたそうです。
このベルトさんは非常に有能な女性で、やがてめきめきと頭角をあらわし、この陰謀渦巻くサロン(とハーレム)においてバリバリと雑務を処理した結果、気難しい「お嬢様」の全面的信用を得、またお客さんたちの間でも人気者となった。リュシー・ドラリュ=マルドリュスもコレットも、ナタリーに本を贈る時にはベルトさんの分も添えて二冊贈っていたそうです。
このベルトさんの思い出話から、いかにもナタリー・バーネイという感じのするエピソードを以下に二つ引きます。
ある時、「お嬢様」の旅支度をしていたベルトさんは、「気を利かせて」スーツケースに「針と糸とボタン」を忍ばせておいた。ところがこれを見つけた「お嬢様」は後にも先にもないほど厳しく叱り付けた。要するに針仕事などは「下女」の仕事で、「お嬢様」は決して針も糸も手に取ることはないのだ、というわけです。以後、ベルトさんは肝に銘じました。
第二次世界大戦の間、ナタリーは恋人の画家ロメーヌ・ブルックスフィレンツェに避難して、何不自由のない快適な生活を送っておりました。一方、パリに踏みとどまったベルトさんは、まさに命がけでナタリーの屋敷を守り抜きます。1942年、アメリカの参戦に反発したドイツ軍がジャコブ街二十番地を占拠しようとした時、ベルトさんは「雌ライオン」のように抵抗した。決定打となったのが「お嬢様はムッソリーニと親交がある」というベルトさんの口から出まかせで、それでナタリーの屋敷は危うく撤収を免れたそうです。
ナタリーの方はパリがどうなっているのか全然知らなかった。情報網がダウンしていたので、これはある面では仕方のないところです。1944年4月14日付のナタリーからベルトさんへの手紙。

「…わたしの留守をいいことに、みな怠けているようですね。わたしの友人たちに助けてもらって、秩序を回復して下さい。そうでなくてはずっと前に切った薪が、どうして今も出口をすべて塞いでいるのか、わたしには理解できません。ゴトラ夫人は『芝生の上に並べられた』この薪のせいで、館にも、神殿にも、入ることができなかったのですよ、わたしが用事を頼んだのに。夫人の見た芝生が、木蔦の芝生でなければいいのですが。あれは植えるのにずいぶん高くついたし…」

「これがお嬢様なのです」と『レスボスの女王』の著者にベルトさんは語ったそうです。「こちらは爆撃されているというのに、お嬢様の頭の中には木蔦の芝生のことしかないのです」
戦争が終わり、ナタリーがパリに帰ってきた日、ベルトさんは暇乞いをして出て行ってしまいました。しかし三年後にはまた仲直りして戻ってきたということです。

このベルトさんがYouTubeの動画に出演されているのを見てびっくりしました。「パリは女だった(Paris was a Woman)」という題の動画で、今は著作権侵害の申し立てがあったとして削除されていますが。ベルトさん曰く、ナタリーお嬢様はいつも声を上げて笑っている華やかな方であったが、ロメーヌ・ブルックスの方はいつもアトリエに閉じこもり、笑っている顔を見たことがなかった。かくも正反対のお二人が、どうして六十二年間にもわたって変わらぬ友情を保ち続けてこられたのか、自分には未だに不思議でならない、と。
ちなみに今読んでいる『一人の女が私の前に現われた』の英訳本に解説を書いているゲイル・ルービン(ウィキペディアによれば高名な文化人類学者)も、このベルトさんに会いに行って話を聞き、「お嬢様に焼いてさしあげたものと全く同じクッキー」をご馳走になったということです。