魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

菫のミューズ(『レスボスの女王』より)

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上から順にルネ・ヴィヴィアン(男装している)、ナタリー・クリフォード・バーネイ、オリーブ・エリナー・カスタンス。ウィキペディアなどより。

ナタリー・バーネイの生涯について、この本(ジャン・シャロン著『レスボスの女王』小早川捷子訳)をもとにいろいろ書きたかったのですが、彼女の最初の大ロマンスの相手リアーヌ・ド・プージイについて調べているうちに迷子になってしまいました。そろそろけりをつけたいので、リアーヌはあきらめて本命のルネ・ヴィヴィアンに登場してもらいます。
辰野隆博士は先日ご紹介した迷論文で、「菫の女詩人」としてルネを紹介するとともに、その本名を 'Pauline Tarn' ときちんと記されている。ルネは本当はイギリス人で、ボードレールの毒にあたってパリに移り住み、そこでナタリーと同様、主要な作品をすべてフランス語で書きました。この本によりますと彼女は「永遠の女学生」で、「キーツ、スウィンバーン、カチュール・マンデスボードレールを好んで読んだが、とりわけサッフォーに夢中で、その翻訳に専念していた」。また「モードには関心がなく、エレガンスなど気にかけないインテリ」で、「それよりも稀覯書を買うのにお金を使う方が好きだった」。これはドゥミ・モンド(=裏の社交界)の花形だったリアーヌ・ド・プージイはもちろん、ナタリー・バーネイの生き方とも大きく隔たっております。ナタリーにとっては恋がすべてで、詩は魚を釣るためのエサの一つに過ぎませんが、ルネにとっては詩がすべてで、詩的霊感を得るための一手段として恋愛があるだけです。二人が深い仲になってからも「ルネは相変らず愛撫よりは十二音綴アレクサンドランの詩のほうが好き」だったそうです。
この本によりますと、ルネにはヴァイオレット・シリトーという女友だちがいて、このヴァイオレットが実はナタリーと同郷で、二人を引き合わせたのもこのヴァイオレットでした。パリでルネとナタリーが一緒に暮らしていた下宿へ、オリーブ・カスタンスというイギリスの女詩人が「レスビアンのコロニーを作りに」やってきたとき、ちょうどルネ宛に「ヴァイオレット、南仏にて危篤」という電報が届いた。ヴァイオレットの葬式から帰って来たルネは「眠りもせず、食べもせず、ヴァイオレットの死について自分を責め」(ルネには何でも自分のせいにするという非常に悪い癖がありました)「暗い想念にひたっては前にもまして詩作に没頭し、友の名のヴァイオレットを絶えず花のすみれに比べた」。ルネが「菫のミューズ」と呼ばれるようになったのはこのためだということです。ちなみにルネの留守中にナタリーはオリーブと浮気しており、家政婦の告げ口でこれを知ったルネはピストルを持ち出してきて、あやうく刃傷沙汰に発展するところだった由、この本では少しコミカルに触れております。
また「その昔レスボス島でサッフォーの周りに作られたような、女性詩人たちのコロニーを作ろう」という話は、ナタリー・バーネイの長い生涯を通じて何度も持ち上がりますが、すべて実現せずに終わっております。すべてナタリーの浮気が原因です。