魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

訳詩における脚韻

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短編映画『ザ・タッチ』(2007年)のワンシーン。filmbinder.comより。こちらの記事をご参照下さい。

 

マチネ・ポエティク」のこと

日本の詩人、というのはつまり、詩的天分に恵まれて日本語圏内に生まれた人のことですが、そういう人が自然と脚韻を踏んだ詩を志向するようになるとは私には考えられません。何度も申しているように、日本語で脚韻を踏んだ詩を書くことには無理があり、それがどれだけ無謀な試みであるかということは、才能を持って生まれた人なら本能的に気づくはずだからです。生まれつき詩人としての才能の無い、西洋かぶれした好事家(たとえばこの私)だけが、このタブーを破ろうとするのです。そういう人には脚韻に対する甘いあこがれがある。アチラの詩を読んで、脚韻の面白さに目覚め、「こんな詩が日本語で書けないかナー」などと夢想するわけです。
事実、「マチネ・ポエティク」といって、そういう大それたことを考える自称詩人たちが徒党を組んで活動していた時期もあったということです。興味のある方はググっていただくこととして、ここでは一篇だけ「マチネ・ポエティク」の作例を示します(福永武彦「饗宴」1943年)。


花は地につひの美を夢みる夜
光に翔けて行く翼のむれ
時 黒檀の部屋に燃えくづれ
影を移すかがやきのVENUSウェヌス

われをくいのちのふるさと おお
われに笑む遠い記憶よ眠れ
空の露 忘却の銀に濡れ
北河 天狼 五車 夜の女王

ここにともしびの孤獨のうたげ
錬金の暗い調べをささげ
たち迷ふ憤怒の霊をくだす

吹く笛のたくみに物はふるへ
夕波にうかぶうてなのゆくへ
天の乙女にさかづきを差す


日本語の詩で脚韻を踏むのは無理、ということは、この一篇をご覧下さっただけでもおわかりいただけるのではないでしょうか。どうも詩全体が破綻しているという印象を受けます。そんなに韻が踏みたければ、いっそ英語なりフランス語なりで書いたらどうかと思います。

ルネ・ヴィヴィアンの「ルシデテ」

もう一つ、この「マチネ・ポエティク」について疑問に思うのは、なぜ訳詩から入らなかったのか、という点です。たとえば彼らが日ごろ愛唱していたであろうアチラのソネットなどについて、どうして韻を踏んだ日本語訳詩を作ってみようとはしなかったのか。ちょうど明治時代に森鴎外たちが試みたように、原詩の韻律構造の日本語による究極の再構築を目指すわけですね。
実例を示します。以下はルネ・ヴィヴィアン(Renée Vivien,1877-1909)の『エチュードとプレリュード(Etudes et préludes)』という詩集(1901年)に収められている「ルシデテ (Lucidité)」という詩です。


L'art delicat du vice occupe tes loisirs,
Et tu sais reveiller la chaleur des desirs
Auxquels ton corps perfide et souple se derobe.
L'odeur du lit se mele aux parfums de ta robe.
Ton charme blond ressemble a la fadeur du miel.
Tu n'aimes que le faux et l'artificiel,
La musique des mots et des murmures mievres.
Ton baiser se detourne et glisse sur les levres.
Tes yeux sont des hivers palement etoiles.
Les deuils suivent tes pas en mornes defiles.
Ton geste est un reflet, ta parole est une ombre.
Ton corps s'est amolli sous des baisers sans nombre,
Et ton ame est fletrie et ton corps est use.
Languissant et lascif, ton frolement ruse
Ignore la beaute loyale de l'etreinte.
Tu mens comme l'on aime, et, sous ta douceur feinte,
On sent le rampement du reptile attentif.
Au fond de l'ombre, telle une mer sans recif,
Les tombeaux sont encor moins impurs que ta couche...
O femme! je le sais, mais j'ai soif de ta bouche !


悪徳の繊細な技術が君の閑暇を占拠している。
そうして君は欲情の火を呼びさます術を知っており、
君のしなやかでずるい肉体は、その火の中で崩れ落ちる。
君のドレスは香水の香りと情交の匂いがする。
君の金髪の美しさは蜂蜜の不味さに似ている。
君は嘘と作り物しか愛さない、
言葉の音楽と甘いささやきしか愛さない。
君の口づけは向きを変え、唇の上をすべる。
君のまなざしは星明りに蒼ざめた冬である。
喪服を着た人たちは君の歩みに葬列をなして従う。
君のジェスチャーは影であり、君の言葉は闇だ。
君のからだは数知れぬ接吻のもとでぐにゃぐにゃになっている。
君の魂は色あせて、君のからだは擦り切れている。
君のずるがしこい触り方は、好色かつ無気力であり、
誠意ある恋人たちの抱擁の美を悟らない。
君は恋をしているように見せかけ、そうして君のうわべだけの優しさに、
用心深く這い寄る爬虫類の姿を、人は感じる。
暗礁の無い海域のような闇また闇の深みに、
横たわっている君のベッドは、墓よりもなお不潔だ…
おお女よ、私はそれを知っている、それでも私は君の接吻に飢えているのだ!


韻の踏み方は、

a
a
b
b

という風に、二行ずつワンセットになったシンプルなものです。これなら何とかなりそうですね。次に英訳を示します。


You fill your leisure with the delicate art of vice,
You know how to awaken the warmth of desire in ice.
Every movement of your supple body is a sutle caress;
The odor of the bed mingles with the perfumes of your dress.
The too-sweet blandness of honey is like your blond charm,
You love only the artificial, what dose harm,
The music of elegant words and murmurings.
Your kisses graze the lips like transient wings.
Your eyes are winters starred with icy isles.
Lamentings follow your steps in dejected files.
Your word is a shadow, your gesture a pale reflection.
Your body has softened from kisses without affection,
Your soul has become withered, your body has been abused.
Languorous, lewd, your cunning touch you have used
Till it does not know the loyal beauty of the embrace.
You say the artful speeches one would hear, to one's face;
Beneath feigned sweetness a watchful reptile lies.
Dark as a sea without reflecting skies,
The tomb are less impure than your bed. But the worst,
Oh Woman! Only your mouth will quench my thirst!*1


訳者が四苦八苦して韻を踏んでいるのがよくわかります。ここでご注意いただきたいのは、無理して韻を踏もうとすると、どうしても意味の上で、原詩との間にずれが生じることです。たとえば上の八行目、

Your kisses graze the lips like transient wings.
あなたのキスは、幻の羽根のように、唇の上をかすめる。

大変詩的で美しいですが、どうも意訳の範疇を逸脱しているような気がします。
こういう無理な訳詩より、韻は踏まなくていいから、原詩の意味だけを忠実に伝える訳詩の方が好ましい、とお考えの向きもあるでしょう。しかし私の考えでは、およそ詩歌のたぐいはその表面上の意味を知っただけでは理解したことにはならず、従って無理をしてでも原詩の韻律構造まで伝えようとする上のような訳詩にはそれなりの存在意義がある、と思います。実際、意味が知りたいだけなら、今は自動翻訳ソフトなどという結構なものが無料で利用できるのですから、わざわざ訳詩家の手をわずらわすまでもありません。
次に拙訳をお目にかけます。別の書庫に入っているヴァージョンとは少し違いますのでご注意下さい。


禁断の恋をあさって 退屈を紛らわす姫
むすめらに 欲情の火をつけるのが上手なむすめ
しなやかで ずるいあなたの肉体は その火にとける
そのドレス 花の香りと 情交の匂いが嗅げる
蜂蜜の色のその髪 蜂蜜のように不味まずいの
うそつきで 作り物しか愛さない そんなあなたの
魂は 甘い言葉の音楽と 睦言むつごとに酔う
口づけは 向きを変えては くちびるの上をさまよう
その青いひとみを空にたとえれば 冬の星空
その軽い歩みにつれて現われる 悲しみの子ら
その手ぶり身ぶりは暗示 その語る言葉は隠喩
数知れぬ口づけのもと しなやかにしなだれる肉
心根は色あせた花 肉体はまるでぼろぎれ
だらけた手 ふしだらな指 心ない指の戯れ
心ある恋人たちの抱擁のはなをさとらず
求愛をよそおいながら 甘言を弄するようす
美しい獲物のもとへ忍び寄る毒蛇さながら
砂州さすのない水域のよう 幾重いくえにも闇を重ねた
淫猥なその寝台は 奈落より底が知れない…
お姉さま それでもわたし あなたから離れられない


この訳詩で訳者自身特に気に入っているのは第13-14行目の「ぼろぎれ」と「たわむれ」の韻で、好いライミングだと自負しております。他方、「隠喩」と「肉」とか、「さながら」と「重ねた」とか、韻になっていない行もありますが、ま、ご愛嬌ということで。

*1:'The Muse of the Violets: Poems by Renee Vivien' (Naiad Press, 1977) より。