魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

ドラッグソングと『悪の華』

ドラクロワ「アルジェの女たち」。シーシャ(水たばこ)にアヘンを混ぜて吸っている。ウィキメディア・コモンズより。

「ドラッグソング」はドラッグが生んだ作品か?

「ドラッグソング」というジャンルが、ロック音楽にはございますね。あたかも薬物の影響下に書かれたかのような、怪しげな曲の作り、もしくはアレンジの仕方になっているものです。詳細は専門家にお任せしたいと思いますが、古典的なところでは、たとえばジミ・ヘンドリックスの「紫の煙」とか、ビートルズの「ルーシー」何とかいう、カタカナで書くと物凄く長ったらしいタイトルの曲がありますね。
レッド・ツェッペリンでは「胸いっぱいの愛を」にもそういう雰囲気があるが、特に四枚目のアルバムの「フォー・スティックス」が強烈ですね。あと個人的に印象に残っているのはハートの「ストレンジ・ナイト」という曲です(『ベベ・ル・ストレンジ』所収)。
ケイト・ブッシュは、この分野における「巨匠」ですね。たとえば一枚目のアルバムに入っている「カイト」とか、四枚目のアルバムのタイトルナンバー「ドリーミング」とか、他にもいろいろあると思います。
あの、断っておきますが、この記事は薬物の使用を推奨するものではございません。薬物は厳しく規制されるべきだと私は思います。私自身、薬物に手を出した経験はないし、お酒は飲みますが、これも若い人にはおすすめしません。こちらの記事にも書いた通り、人を依存させる傾向のあるものはすべてだと考えるからです。「マリファナくらいいいだろう」とも思いませんし、「アーティストだから許される」という考え方にも反対です。そもそも薬物の影響に支配された状態で、創作活動なんかできるわけがない。ネット記事を見ておりますと、「薬物による幻覚を、音楽によって再現した」などと、およそ安易な言語表現が見受けられますが、そんなことがホントにできるなら、やってみせてくれよ、と言いたくなります。
上に挙げたいくつかの音楽作品の例は、あたかも薬物の影響下にあるかのごとき効果を装っているだけで、決してドラッグが人間に書かせた作品ではありません。そこにはむしろ、充分に覚醒したアーティストたちの溌溂たる創意工夫が認められるのであります。単なる「写実」、単なる「日常」の再現だけでは「アート」の名に値しない。そこに幻想性を加えることで、より深い意味を帯びさせ、それによって鑑賞者を「非日常」の方向へと引きずっていきたい。そうした欲求をアーティストが持つのはむしろ自然で、健全なことです。

ボードレールの「ドラッグソング」

ボードレールの『悪の華』というと、今から200年近く前の作品ですので、話が飛躍しているように思われるかも知れませんが、実際にこの『悪の華』という詩集を読んでおりますと、上に例を挙げた「ドラッグソング」の原型のような表現に、ときどき出会います。
有名な「交信コレスポンデンス」という題のソネットもそうですが、特にはっきりとした「作意」が示されているもの、「この詩は薬物の影響下に書かれたのだよーん」と、あたかも読者に向かってアピールするがごとき設定で書かれているのが「パリの夢(Rêve parisien)」と題された一篇です。
拙訳はこちらとなります。文字通り「つたない訳」で、お恥ずかしい限りですが、まあだいたいの雰囲気は伝わるかと思います。周知の通り、『悪の華』はいくつかの章に分かれておりまして、この「パリの夢」は「パリ風景」の章に入っているので、タイトルだけ見ると「夢に出てきたパリの街角の情景を歌った詩か?」などと勘違いしそうなところですが、そうではない。このタイトルは、あるいは「パリジャンの夢」とでも訳すのが本当かも知れません。
展開されるのは、実際のパリとは似ても似つかぬ風景――すなわち幻想的というか、超自然的というか、あえて言えばシュールレアリスティックな風景です。もちろん、当時は「シュールレアリスム」などという考え方はありませんし、あったとしても、ボードレールは支持しなかったと思います。そしてこの詩は二部構成になっておりまして、第一部で上のような幻想風景が歌われた後、第二部では、うってかわって、薬物による陶酔から覚醒した語り手が、激しい幻滅感に襲われる様子が歌われるので、読者は「あー、これは麻薬が見せた幻覚を歌った詩なんだナー」と納得する、そういう仕掛けになっております。
ちなみに鈴木信太郎博士は岩波文庫版『悪の華』の脚注で、この詩がアルチュール・ランボーの『イリュミナシオン』に与えた影響を指摘しておられます。

「人口楽園」の夢

ここでまたまた話が飛びます。先日自宅の押し入れの中をゴソゴソやっていると、奥から『悪の華』の仏語原書が出てきた。アントワーヌ・アダム編、クラシック・ガルニエ社刊。560ページのソフトカバーで、240ページほどがボードレールの韻文詩、あとはほとんど編者による解説と注釈です。新品に近い状態で出てきたので、遠い昔にどこかで買って、一ページも読まずに押入れの奥に押し込んで、そのまま忘れていたものかと思われます。
面白半分にペラペラめくっていると、上の「パリの夢」の注釈に、この詩に影響を与えた作品として、テオフィル・ゴーチェの「モーパン嬢」や「ある夜のクレオパトラ」に加えて、エドガー・アラン・ポー「アルンハイムの地所」が挙げられておりました。この「アルンハイムの地所」というのは、これまた後世に大きな影響を与えたポーの名作の一つですが、内容は、ひと言で言うと、ポー流の「人工楽園」を描いたものです。ただ私はこの「アルンハイム」と「パリの夢」との間に、何か関連があるとは気がつかなかった。「何で気づかなかったんだろう」と思うと気になってきて、ポーの原文とボードレールの仏訳を(ネット上で)探し出してきて、ざっと目を通し、「なるほど」と納得しました。この「アルンハイム」に関する詳しいお話は、また別の機会に譲りたいと思います。ボードレールの目には、ポーの「人工楽園」もまた、薬物による幻覚のごときものと映っていたのかも知れません。

 

 

The Dreaming - 2018 Remaster

The Dreaming - 2018 Remaster

Amazon

 

 

(抄訳)ボードレール「エドガー・ポーに関する新しい覚え書」(3/3)

フェリックス・ヴァロットン「エドガー・アラン・ポーウィキメディア・コモンズより。

「一切は結末のために!」

詩人、この苛立ちやすき種族よ!*1』――詩人(ここではこの語をもっとも広い意味で、あらゆる芸術家の意を含めて用いる)が苛立ちやすいものだとは、よく言われることである。だがその理由については、一般によく理解されていないように思われる。芸術家が芸術家たるゆえんは、彼のずば抜けた美的センスにあるのであって、それは彼に大変なよろこびをもたらすのだが、それは同時にあらゆる欠陥とアンバランスに対する、同様にずば抜けた鋭敏をも含意し、内包するものなのである。かくして、真の詩人の目に留まったミス、あるいは不正は、通常の判断基準に照らして、当の不正とはまったく不釣り合いな程度にまで彼を激怒させるのだ。詩人は不正のないところに不正を見たりすることは断じてない。ただ、詩人の素質を持たない者の目にはぜんぜん不正が見えないところに、不正を見ることが実によくある。すなわち、詩人のかの悪名高い苛立ちやすさとは、一般に考えられているように、気質に由来するのではなく、デタラメと不正に関する常軌を逸した洞察に起因するものなのである。この洞察とはもっぱら、真理に対する、正義に対する、均整プロポーションに対する――ひと言でいえばに対する、彼の鋭い直感の帰結に他ならない。とはいえ、ここで一つだけはっきりと言えることがある。すなわち(一般人の目から見て)苛立ちやすくない人間は、決して詩人ではないということだ。*2

ポーはみずからこのように語ることで、彼自身を含むすべての詩人について、素晴らしい、鉄壁の弁明を用意している。彼はこの苛立ちやすさを文芸の世界にまで持ち込んだので、彼が詩歌に対して付与していた極度の重要性は、彼の詩評のトーンを、へぼ詩人にとってはあまりにも高飛車と感じられるものとした*3。ポーが戦わなければならなかったいくつかの偏見――彼の周囲に渦巻いていた謬説びゅうせつや俗論――それはまた、わが国フランスの出版業界をも汚染していることはすでに述べた。したがって、詩作に関する彼のもっとも重要な意見のいくつかについて、手短に説明を加えることは有益であろう。両国における誤謬の平行性パラレリスムは、説明の適用を容易ならしめる。
ただ、ここで断っておかなければならないのは、ポーの眼中にあったのは単に天性の詩人、生得しょうとくの詩才だけではない。彼はまた科学、労作、分析をも視野に入れていたのであって、それは思い上がった無学者たちには途方もないことと映るであろう。彼はただ単に、さちあるひとときのはかない影を、みずからの意志に従わせるために――それは他界からの、天来の恩恵とも見なし得るような、稀に見る尊い瞬間における、絶妙な感覚、スピリチュアルな渇望、詩的高揚の状態といったものを、こころよく思い出すために――ただそれだけのために、相当な努力を払ったのではない。彼はまたこのような霊感を、方法メソッドに、すなわちもっとも厳密なる分析に、従属させたのである。最適な手段を選び出さねばならぬ。彼は絶えずここに立ち返る。彼は賢者の雄弁をもって、効果に対する手段の合致を、脚韻の用法を、リフレインの改良を、詩趣に対するリズムの適合を語る。触知できないものをとらえてこそ詩人だ、と彼は言う。彼に言わせれば、詩人とは、みずからの記憶の飼い主であり、言語の支配者であり、常に閲覧可能な状態に用意されている彼自身の感情の登記簿レジストリなのだ。「一切は結末デヌーマンのために!」と彼はしばしば繰り返す。一篇のソネットですら計画プランを必要とする。そして構成、すなわち骨組みは、精神の作品の神秘的ないのちを保証する、もっとも重要な要素なのである。

「長い詩は存在しない」

私は当然「詩の原理」*4と題されたエッセイに言及するが、そこではのっけから、詩の長さもしくは規模に関する邪説、すなわち一般に、長大な詩にあるとされる馬鹿げた価値に対して、力強い反論が披瀝ひれきされる。「長い詩などというものは存在しない。『長い詩』という言い回しには、語義の撞着どうちゃくが含まれている」確かに、一篇の詩が詩の名に値するのは、それが魂を興奮させ、高揚させる限りにおいてであって、詩の実質的価値は、魂のこの興奮を、この高揚感を根拠としているのである。だが心理的必然によって、すべての興奮は一時的なものだ。この言わば読者が力づくで引きずり込まれる特異な状態は、人心に可能な熱狂の持続時間を超える長さの詩を読んでいる間じゅう、維持されることなどあり得ない。
かくして叙事詩は断罪される。なぜなら叙事詩と呼ばれる長さの作品は、あらゆる芸術作品の死活に関わる条件、すなわち統一というものを犠牲にしてこそ、初めて詩ととらえ得るものだからだ。ちなみにここで言う「統一」とは、主題の統一の意ではない。先ほど短編小説と長編小説とを比較した際に触れたような、印象の統一、効果の首尾一貫性を言うのである。こうしてみると、叙事詩は、美学的には、一つの逆説パラドックスと映る。あるいは古代においては一連の抒情詩として制作されたものが、後世の編者たちによってつなぎ合わされた結果、叙事詩という形式ができたとも考えられる。だがあらゆる叙事詩的意図は、明らかに未熟な芸術的感覚の産物である。そのような芸術的変則の時代は終わった。そうして実のところ、「長い詩」などというものが、その言葉通りの意味で、世に行なわれた時代が本当にあったかどうかも、きわめて疑わしいのだ。
ちなみに短すぎる詩、すなわち生成された興奮に対して充分なパブラムを供給しない詩、読者の食欲に見合わない詩、これもまた理想からは程遠い。その効果は、いかに鮮烈であろうとも、長続きしない。それは記憶に残らない。それは封蝋の上にあまりにも軽く、あまりにも急いでされたために、印影を残すいとまのなかった封印のごときものである。

「教訓性」の邪説

だが実はもう一つの邪説があって、それは精神的偽善と、愚鈍と、俗悪との恩恵を受けた、より手ごわく、より長生きしそうな邪説――より頑迷固陋がんめいころう謬説びゅうせつなのである。私が言いたいのは教訓性の邪説のことであって、これは必然的に情熱の、真実性の、および倫理性の邪説をも包含している。多くの人々が、詩の目的は何かを教えることだと思っている。すなわち、詩は良心を強化したり、品性を向上させたり、要するに、何かしら社会の役に立ちそうなことを喧伝デモンストレートしなければならないと考えている。エドガー・ポーは言う、アメリカ人はとりわけこの邪説に肩入れしている、と。悲しいかな、問題の邪説と出会うために、わざわざボストンまで出掛けて行く必要はない。まさにここフランスでも、この邪説はわれわれを包囲して、真の「ポエジー」に対して日々猛攻を加えている。もし人が、心してみずからを顧み、みずからの魂に問い、みずからの詩的体験を振り返るならば、詩が詩以外の目的を持たないことは明白なはずなのだ。詩にそれ以外の目的などあるわけがない。そうしてただただ詩を書くよろこびのためにのみ書かれた詩こそ、もっとも偉大で、もっとも高貴で、もっとも真の「詩」の名にふさわしい詩であることに疑いの余地はない。
詩が人の品性を高貴たらしめないというのではない。誤解しないでほしい。詩は最終的に、通俗な興味のレベルから人を向上させないわけではない。そんなことは明らかに馬鹿げている。私が言いたいのは、もし詩人が道徳を追求すれば、彼の詩人としての力は減殺げんさいされてしまうということだ。賭けてもいいが、彼は駄作を書くだろう。科学もしくは道徳と同一化すれば、「ポエジー」は死、あるいは衰弱を免れないのである。詩は「真実」を目的としていない、詩の目的は詩だけだ。「真実」を実証する方法はほかにあり、よそで探せる。「真実」はシャンソンとは何の関係もない。シャンソンに魅力を与えるもののすべては、「真実」からその力と権威とをぎ取ってしまう。冷徹で無情な実証的気分は、詩神ミューズの花や宝石をしりぞける。それは詩的気分の対極にある。

「美」を感じる心は不死の証拠

「純粋知性」は真実をめざし、「美意識グゥ」はわれわれに美を知らせ、「道徳観念」はわれわれに義務を説く。確かに「美意識グゥ」は、「純粋知性」とも「道徳観念」とも密接な関係にあり、特に「道徳観念」との区分はあいまいなので、ためにアリストテレスはこの「美意識グゥ」の機能のうちのいくつかを、ためらうことなく美徳のうちに分類したほどである。同様に、背徳的な行為を見て、美意識グゥを有する人間が激怒するのは、その行為の醜悪と不恰好のゆえである。悪徳は正義や真実をむしばみ、知性や良心に対して狼藉をはたらく。だがそれはまた、とりわけ和声ハーモニーに対する違反として、不協和音ディソナンスとして、 ある種の詩的精神をはなはだしく傷つけるのだ。私はあらゆる背徳的行為、あらゆる美徳に反する行為を、宇宙のリズムや音調プロゾディに対する不正ととらえても不遜ではあるまいと信ずる*5
この偉大なる本能、この美に対する不滅の本能こそ、われわれをして、この下界およびその眺めを、天界の一瞥いちべつとも、天からの通信コレスポンデンスとも思わせるものなのだ。彼方に在り、生命力が暴露するこのような一切に対する癒やしがたい渇きこそ、われわれの霊魂の不死性の、もっとも鮮やかな証拠なのである。詩により、また詩を介して、音楽により、また音楽を介して、魂は墓の彼方に位置する神の栄光を垣間見る。そうして美しい詩がわれわれを涙へと誘う時、その涙はよろこびの過剰から来るのではない。それはむしろ、流竄るざんの身でありながら、この世に姿を現した天国を、この下界において、直ちに手に入れたいと願う天性の、らされた悲しみを、聞き分けのない欲求を、立証するものなのである。
このように「詩の原理」とは、厳密かつ端的に言えば、天上の美に対する人間のあこがれである。そうしてこの「原理」の顕現けんげんは、魂の興奮と熱狂のうちにあり、それは心の陶酔であるところの情熱とも、理性のエサであるところの真実とも、まったく独立した性質のものだ。とりわけ情熱は自然であり、あまりにも自然すぎて、純粋美の世界に、調子外れの、耳障りなトーンを導入せずにはいない。またそれはあまりにも馴れ馴れしく、あまりにも乱暴すぎて、「ポエジー」の超自然的な領域に棲み着いているきよらかな欲望や、美しい悲しみや、神聖なる絶望感をはずかしめかねないのである。

自作の詩の創作過程を分析

この異常な高揚感、この絶妙なデリカシー、この不死性の強調が詩には絶対に必要と断ずることは、ポーの筆を鈍らせるどころか、むしろかえって彼の施術師プラティシャンとしての才能を、日々練磨することにつながったのであった。多くの人々、とりわけ大鴉ザ・レイヴンと題された奇妙な詩を読んだことのある人々は、作者ポー自身が、一見ざっくばらんに、とはいえ私には決して不快ではない程度の不遜さをもって、この詩を書いた方法について、事細かに説明しているエッセイ*6を紹介すると、気を悪くするかも知れない。その中で彼は、リズムの適用や、リフレインの選択――すなわち可能な限りもっとも短く、もっとも多様な使い回しに耐え、なおかつもっとも響きのよい語尾によって飾られた、悲しみと絶望とをもっとも体現した語としての「もう二度とない(nevermore)」の選択――人語を真似ることができ、なおかつ世間一般に不吉な鳥として知られている大鴉おおがらすの選択――もっとも詩的なトーンとしての「哀調」の選択――もっとも詩的な主題としての「亡きひとへの慕情」の選択――等々について説明している。「そうして私は、わが語り手を、貧者の陋屋ろうおくには置くまい」と彼は書く。「なぜなら貧困は醜悪であり、『美』の観念の対極にあるからだ。わが語り手の悲しい心は、美しく、詩的に家具調度を配置された室内にこそ、慰めを見出すだろう」読者はポーのいくつかの小説のうちに、意匠を凝らした環境と、東洋風の豪奢壮麗といった、美に対する、とりわけ異形いぎょうの美に対する、過度の偏愛耽溺の、奇妙な症例を見るだろう。
私はこのエッセイが、いささか不遜なトーンを帯びていると言った。霊感インスピレーションの信者たちは、ここに詩神ミューズに対する冒涜ぼうとくを見出すに違いない。だが私は、この文章は、まさにそういう人たちのために書かれたのだと思う。他のライターたちが放心を装い、目を閉じて傑作を書こうとして、自信たっぷりの錯乱状態で、天井に向かって放り投げた文字が、一篇の詩となってゆかに落ちてくるのを待っている間に、わがエドガー・ポーは――私が知る限り、もっとも霊感に富んだ人物のうちの一人は――天才をことさら隠し、冷徹と勤勉をことさら装うのである。「自慢してもいいと思うが」と、彼は決して悪趣味ではない、愉快な誇らしさをもって述べる。「私の詩は、その一点たりとも偶然にゆだねられず、数学の問題を解くがごとき正確さと厳密なロジックをもって、完成へと一歩ずつ進んでいったのである」このような細部への配慮蹴躓けつまずくのは偶然の愛好者、霊感の信奉者、無韻詩の狂信者だけであろう。芸術に細部など存在しない。

抒情詩の世界に新機軸を打ち出す

無韻詩について言えば、ポーは脚韻に極度の重要性を附しており、精神が脚韻から得る数学的かつ音楽的快感について分析しながら、彼はそこに、他のあらゆる詩的技巧メチエを分析した際と同様の、繊細と精妙とを導入するのだった。彼はリフレインと呼ばれる詩的手法が、無限に多様化された適用に耐えると主張する一方で、脚韻による快感を活性化し、倍増させるにあたって、あの意外な要素――すなわち、あらゆる美における不可欠な薬味のごときものであるところの奇妙さを付加することを試みた。彼がとりわけ愛用した手法は同じ詩句、もしくは同じ詩行の反復で、同一詩句の執拗な繰り返しによって癒やされない悲しみ、または固定観念イデ・フィクセによる憑依オブセッションを表現したり――シンプルな同じリフレインを、いくつかの違う場面に持ち込んだり――少しずつ違うリフレインで倦怠や錯乱を誘発したり――二重化、あるいは三重化された脚韻によって、中世のレオニウス韻の効果を、さらなる正確さと、より明確な意図をもって、現代詩へと導入するがごとき韻の踏み方を試みた。

アメリカ本国におけるポーの詩の評価

これらの詩的手法の価値は、言うまでもなく、実地に適用されてこそ証明される。そうしてかくも熟考され、かくも凝縮された詩を翻訳することは、甘美な夢ではあっても、夢に過ぎない。ポーが遺した詩は少ない。彼は時として、このもっとも高貴なものと思われた仕事について、もっとしばしば、もっとひたすら、没頭できなかった無念を表明した。それでも彼の詩は強烈な効果を有している。それはあのバイロンの情熱の吐露とは違う。それはまたポーがほとんど兄弟のような讃嘆の念を寄せていた詩人テニスンの、優しく、音楽的な、卓絶した憂愁メランコリーとも違うのだ。ポーの詩とは、奥が深くて夢のごとく燦然とした、ミステリアスにして水晶のごとく十全なる何物かである。付け加えるまでもないと思うが、アメリカの批評家たちは、ポーの詩をしばしば酷評した。つい最近も、アメリカの人名辞典の中に、私はある記事を見つけたのだが、そこではポーの詩は異端と断定されていた。そうしてこの巧みによそおいを凝らした詩神ミューズは、残念ながら、このアメリカという有益なる道徳の光り輝く国においては、遂に一派をなすことはないであろう――結論として、ポーがその才能を道徳的真実の表現に適用せず、奇怪な理想を追い求め、謎めいた、官能的悦楽の詩をいたずらに産み出すことに費やしたのは惜しむべきことである、とされていた*7
われわれフランス人は、この公明正大なる斬り捨て御免をよく知っている。阿呆な批評家が善良なる詩人をやっつける図は万国において共通に見られる。この記事を読みながら、私は何だか、パリの批評家たちが、わが国のもっとも完璧を好む詩人たちに対して提起した、おびただしい告発文書のうちの一つの英訳を読んでいるような気がした。とはいえ私が以下に述べるところは、詩を愛する人々なら容易に察しが付くであろうし、純粋詩に魅せられたあらゆる魂は了承してくれることであろう。すなわち、このフランスという反詩的アンチ・ポエティークな風土においては、ヴィクトル・ユーゴーその人でさえ、もし完璧であったならば、あれほど賞讃されることはなかったであろう――彼の天才が認められたのは、もっぱらエドガー・ポーが現代における詩的邪道の元凶と考えたもの、すなわち説教というものを、自分の詩の中に強引かつ暴力的に持ち込んだからなのだ、と。

*1:訳者注:ホラティウス『書簡集』第二巻、102節。

*2:訳者注:このパラグラフは、エドガー・アラン・ポーが『グラハムズ・マガジン』1849年5月号および6月号に発表した警句集「50のヒント(Fifty Suggestions)」のうちの一節の、ボードレールによる仏訳。

*3:訳者注:エドガー・アラン・ポーの本業は批評家で、辛辣な批評で鳴らしておりました。

*4:訳者注:拙訳をご参照ください。

*5:訳者注:ボードレールの詩「自分自身の断罪者」第14行乃至第15行参照。

*6:訳者注:エドガー・アラン・ポー「詩作の哲学(The Philosophy of Composition, 1846)」。拙訳をご参照ください。

*7:訳者注:ここでボードレールが指摘している通り、少なくとも20世紀の前半までは、ポーの詩に対する英米人の評価というのは本当にひどいもので、たとえば彼の重層化した韻の踏み方について「十本の指に全部指輪をはめているみたいだ」などと、まったく意味不明の罵詈雑言を投げつけるばかりでした。少し風向きが変わってきたような気がするのは20世紀も末になってからのことで、ポーの詩は、英米においては、いまだ再評価の途上にあるというのが実情だろうと思われます。

(抄訳)ボードレール「エドガー・ポーに関する新しい覚え書」(2/3)

クロード=ノエル・テブナン(Claude-Noël Thévenin)「アベイ刑務所にて、父ジャック・カゾットの助命を嘆願する娘エリザベート・カゾット」ウィキメディア・コモンズより。

なぜなら彼は決してだまされなかったからだ。この民主主義の氾濫のさなかに、泰然として「人民は、法に従う以外、法と関わるべきではない」*1と書いたヴァージニア人*2が、近代の英知なんぞの犠牲者だったとは、とても思えない。――またいわく「大衆の鼻、それはその想像力だ。これさえつかめば、いつでも簡単に引きずり回すことができる」*3――その他、百にも及ぶ、集中砲火のごとく間断なく、それでいて無頓着かつ高飛車に、揶揄やゆ嘲笑を雨と降らせる寸言の数々*4。――たとえばかつて、あの純真な幻視家イリュミネたちが、『恋する悪魔』の著者のうちに、自分たちの秘教の指導者の姿を認めたごとく*5スウェーデンボルグ派の人々は、『催眠術の啓示』*6を読んで、これを物した人物を褒めちぎった。彼らは、ポーが公表した偉大な真理について、ポーに感謝した。なぜなら彼ら(検証できない事柄を検証する人たち)は、ポーがそこに記した一部始終が、紛れもない事実であることを発見したからである。「もっとも」とこの善良な人たちは言うのだった。「初めのうちは、ただの作り話ではないかと疑っていたのですが」するとポーは答えた「もちろん、作り話さ」と*7。――ポーの精神ののぞき部屋とも言うべき、この愉快な「マージナリア」を百遍も読み返しながら、別の短い一節を、ここに引用する必要があるだろうか。いわく「知識のあらゆる分野における書物の激増は、現代における最大の災厄のうちの一つである。なぜなら、それは確実な知識を獲得する上で、きわめて深刻な障害となるからだ」*8――家柄よりも天性によるこの貴族、このヴァージニア人、この南部の男、この暗黒街に迷い込んだバイロンは、その哲学的平静を常に失わなかった。愚民の鼻を云々うんぬんしようが、インチキ宗教の信者たちを虚仮こけにしようが、図書館を愚弄しようが、彼は常に真の詩人の態度を崩さなかった。――すなわち、附和雷同することを潔しとせず、西の夕空に花火が上がれば東へと走り去るがごとき、人目をあざむく奇抜な真理、外見上はまったくの非常識パラドックスであり続けた。
だがもっと大事な点がある。この思い上がった世紀の落とし子、それも他のどの国よりも輪をかけて思い上がった国の落とし子が、人間の生まれながらの邪悪さについて、これを明確に認識し、平然と断言したのである。ポーいわく、人間の内部には、現代哲学が認知しようとしないある謎めいた力がひそんでいる。だがこの名もない力、この根源的な傾向を想定しなければ、人間の多くの行為が説明のつかないまま、不可解なまま、残されてしまうだろう。それらの行為はただ邪悪だからこそ、危険だからこそ、魅力的なのだ。それは深淵のごとく人を魅了する。この原始的であらがい難い力こそ、人が持って生まれた倒錯性なのであって、それは人を絶え間なく、時を同じくして、自殺者に、他殺者に、暗殺者に、処刑者に変える。――「なぜなら」とポーはほとんどサタニックな狡猾さをもって付け加える。「ある種の邪悪にして危険な行為は、理にかなった動機が絶対に発見できないところから、これらは悪魔指嗾しそうの結果と見ていいだろう――もしがしばしば、これらの行為から、悪人の懲罰と社会秩序の確立とを導き出したもうことを、歴史と経験が示していなければ」*9――当の悪人どもを共犯者として利用して!これは隠微にして必然の含意として、私の頭に浮かぶものだ。とはいえ私としては、今のところ、この人間が持つ根源的な倒錯性を、忘れられていた偉大な真理と見なしたいのであり、古代の知恵の漂流物エパーヴが、意外な国からわれわれのもとへと帰ってきたことに、ある種の満足感を覚えずにはいられない。あらゆる人間性ユマニテ阿諛者あゆしゃたち、甘言者たち、「私は善良に生まれついた、あなたもそうだ、われわれは皆生まれながらにして善人なのだ!」などと、可能な限りあらゆるトーンで復唱するあらゆるペテン師たちの顔面に向かって、このような昔ながらの真理を炸裂させてやるのは痛快である。この勘違いした平等主義者たちは忘れている、いや忘れたふりをしているのだ、われわれが皆、生まれながらにして悪の烙印をされている事実を!

*1:訳者注:この言葉、ポーのいわゆる「名言」の一つとして、今でもネット上で流布している言葉ですが、正確な出典は確認できませんでした。ただ、ソクラテス以降、同じようなことを言っている人はたくさんいるみたいです。

*2:訳者注:ポーの出身はマサチューセッツ州ボストンですが、短い生涯のうちの比較的恵まれた期間を、ヴァージニア州リッチモンドで過ごしたため、本人は「ヴァージニア人」を自称しておりました。

*3:訳者注:エドガー・アラン・ポー「マージナリア」ポリン版No.226

*4:訳者注:ポーは1844年から最晩年にかけて「マージナリア」(「欄外注」の意)というタイトルのもとに、短いエッセイをあちこちの雑誌に売り飛ばしておりました。バートン・ラルフ・ポリンという人が1985年にまとめたものによると、その総数は300を超えるようです。ボードレールはおそらくポーの死後、ルーファス・グリスウォルドがまとめたものを『故エドガー・アラン・ポー作品集』第三巻(1850年)で読んだのだろうと思われます。

*5:訳者注:名高いゴシック・ファンタジー『恋する悪魔(Le Diable amoureux, 1772)』の著者ジャック・カゾットは、一時期マルティニストなる神秘主義者たちに勧誘され、その活動に参加していたことがあるそうです。

*6:訳者注:「催眠術の啓示(Mesmeric Revelation, 1844)」はポーの短編小説。

*7:訳者注:「スウェーデンボルグ派の人たちが手紙で知らせてくれたところによると、私が『催眠術の啓示』という雑誌記事に書いたことは、すべて事実なのだそうだ。もっとも彼らはその信憑性を、初めのうちは強く疑っていたらしい。私に言わせれば、疑うのが当たり前で、あれは徹頭徹尾、純然たるフィクションなのである」(エドガー・アラン・ポー「マージナリア」ポリン版No.130)

*8:訳者注:エドガー・アラン・ポー「マージナリア」ポリン版補遺No.6。原文は「知識のあらゆる分野における書物の激増は、現代における最大の害悪のうちの一つである。なぜなら、それは読者の行く手にガラクタの山を投げ出すので、それで読者は偶然が散在させた有益な知識の断片を手探りで探さなければならず、結果として、正確な情報を獲得する上で、きわめて深刻な障害を顕在化させるからだ」

*9:訳者注:エドガー・アラン・ポーの短編「倒錯の悪魔(The Imp of the Perverse, 1845)」の中にある言葉。こちらの記事をご参照ください。

(抄訳)ボードレール「エドガー・ポーに関する新しい覚え書(Notes nouvelles sur Edgar Poe)」(1/3)

ルイージ・ムッシーニ「スパルタ教育」。主人から過度の飲酒を強いられて、酔い潰れるスパルタ奴隷(ヘロイタイ)を描いた。ウィキメディア・コモンズより。

純粋詩(poésie pure) 」という言葉を最初に使ったのは誰なのか、私は知らないのですが、これを厳密な意味で、明確に定義可能な言葉として用いたのは、やはりボードレールが最初ではないかと思います。以下はボードレールの仏訳によるエドガー・アラン・ポーの二冊目の短編集『続・異常な物語(Nouvelles Histoires extraordinaires, 1857)』に附せられた序文の一部を日本語に訳したもので、これをお読みになれば、ボードレールと、彼に続く19世紀フランスのいわゆる「象徴派詩人」たちが、いかなる理想を胸に立ち上がったのか、今の日本の若い読者にもわかっていただけるのではないでしょうか。三回に分けて訳出します。原文はこちら


デカダンスの文学!――「古典美学」の聖なる門を守護する者ども、すなわち謎かけができるほどの知能もないスフィンクスどもの口から発せられるところの、大げさな欠伸あくびの叫びとともにしばしば聴こえてくる無意味な言葉だ。このような有難い神託を耳にするたびに、人は「この作品は『イリアス』よりも面白いのだ」と確信できる。なぜなら、ここで問題とされている詩もしくは小説は、必ずや、そのすべての部分が驚愕に向かって巧みに配置され、その文体は絢爛と装飾され、その言語と韻律の諸資源リソースの一切は、完璧な手腕によって活用されているに違いないからだ。このような寝言を聞かされるたびに――それは通常、わがお気に入りの詩人に対して、時折浴びせられるものなのだが――私はこう言い返したい衝動に駆られる。すなわち、「君たちは私を、君たちと同様の、物の値打ちがわからない人間バーバリアンだと思うのか?君たちは私が、君たちと同様に、退屈な詩や小説を有難がる人間だと、本当に思っているのか?」と。そうしてあるグロテスクな比較がわが脳髄にちらつく。二人の女が目の前にいるような気がするのだ。一人は田舎のおばさんで、ぞっとするほど健康で道徳的で、およそ見た目に気を使わない――要するに、素朴な自然以外、何もない女である。もう一人は、記憶を支配し、回想を圧迫する、そんな美女たちのうちの一人で――その独特の美貌を凝ったメイクでみずから飾り立てる、みずからの歩みの女主人メトレス、自意識家にして自分自身の女王――楽音のごとき美声であり、物思いに満ちた、みずからの願望のみを示さんとする眼光そのものである女だ。私がどちらを採るかは言うまでもない。にもかかわらず、何匹かの説教好きなスフィンクスは、古典に敬意を払わないと言って私を非難するのである。――とはいえ、たとばなしはさておいて、私としては、これらの博学な方々に対して、あなた方の博学はまったく空しく、まったく何の役にも立たないのだということを、ちゃんと理解しているのかと問いたい。デカダンスの文学という言葉は、文学に、おぎゃあと泣く段階、幼年期の段階、思春期の段階等々といった、段階というものが存在することを前提としている。この言葉は、私としては、たとえば人が免れることのできない天命のごとき、宿命あるいは神意による何物かを仮定していると言いたい。そうしてわれわれがこの神秘の掟を成就することを非難するのははなはだしい過ちだ。アカデミックな論調は、私に理解できる限りでは、この掟に従うことは恥であり、われわれは運命を甘受することで罪を犯すと説く。――太陽は、ほんの数時間前までは、その白色光線によって一切を圧倒していたが、やがて西の水平線をさまざまな色の光で水浸みずびたしにするだろう。この日没というドラマのうちに、詩人の精神は新たなるよろこびを見出す。彼らはそこに、目もくら列柱コロネードを、融解した金属による階段状の滝カスケードを、炎の楽園を、哀愁の光芒を、惜別の快感を、あらゆる夢の魔法を、あらゆる阿片の追憶を発見するだろう。日没は、彼らの目には、膨大な量の思想や夢とともに水平線の彼方へと消えてゆく、生命力に満ちみちた一つの魂の驚くべき寓意画アレゴリーとも映るであろう。
しかしながら、審判者たる大学教授たちの想定外だったのは、彼らの学童レベルの判断力には、まったく思いも寄らないような錯綜、もしくは結合が、この世の有為転変ういてんぺんにおいては生じ得るという事実だった。すなわち、一つの国家が誕生とともに退廃期デカダンスを迎え、他の国家が終わったところから始まるというような、およそ多様な形態を取って増殖するかも知れない現象における場合、彼らの非力ひりき語彙ごいは、これを表現しようにも、まるで不足していることがわかったのである。
現世紀における広大な植民地のうちに、新しい文学が創造されるとすれば、学者たちの頭を錯乱させるような心霊的アクシデントが発生しても、何ら不思議ではない。若くして同時に年老いてもいるアメリカは、驚くべき冗舌をもって、無駄口を叩き、たわごとを言う。アメリカに詩人は何人いるか?数え切れない。「青鞜ブルー・ストッキング」はいるか?雑誌を埋め尽くしている。批評家はいるのか?言うまでもなく、アメリカにはわが国フランスと同様、善良な衒学者ペダントたちがごまんといて、美術家たちに対しては常に古代の美を説き、詩人たちや小説家たちに対しては、その目的とすべき倫理性モラリテや、その創作の意図の上品さクオリテについて、絶えず注文を付けている。そこにはフランス以上に数多くの文字を知らない物書きがいて、幼稚な、無用の活動があって、孫引き専門家、二番煎じの専門家、盗作の盗作者や批評の批評家がうようよいるのである。このような凡人の沸騰バブルの中に、このように物質的進歩に夢中な人々の中に――これぞ無為無能なる国民の天下無敵性グランドールを示す新手あらてのスキャンダルとでも呼ぶべきであろうか――このように驚異に飢えた社会、人生が大好きで、とりわけ興奮に満ちた人生が大好きな社会の中に、一人の偉人が現れて、彼はただ単にその形而上学的精妙において、その思想の厳格にして心を奪う美しさにおいて、その分析力の強壮において、偉大であったのみならず、物真似芸人カリカチュールとしても偉大なのだった。――ここは少しばかり丁寧に説明しておかなければなるまい。というのは最近、ある軽率な批評家が、この私自身がエドガー・ポーに対するほとんど讃辞の一種として用いた大道芸人ジョングルール*1という同じ言葉を、この高貴な詩人の品位をおとしめ、わが讃嘆の真摯さを台無しにするために用いたからである。
物質に飢えた一つの世界の中心部から、ポーは夢へと身を投じた。アメリカの空気に窒息しながら、彼は『ユリイカ』の序文に書いた。いわく「私は夢みる人々に、夢のみを唯一の現実と信じる人々に、この書を捧げます」と。これは彼なりの立派な抗議だった。「モノスとウナの対話」*2において、民主主義だの進歩だの文明だのに対するもない侮蔑と嫌悪を吐露した人物は、自国の間抜けどもを連れ去り、野次馬どもを熱狂させるために、もっとも熱烈に人類の尊厳を讃え、現代人のうぬぼれに対してきわめて有効なデマ報道*3を、もっとも巧妙にでっち上げたのと同じ人物であった。こうした観点から見ると、ポーは私の目には、あべこべに御主人様を酔わせて赤面せしめんとするスパルタ奴隷ヘロイタイのように見える。結論として、私の考えをより明確に断言するなら、ポーはその高邁な思想においてのみならず、ジョーカーとしても、常に偉大であった。

*1:訳者注:ボードレールの仏訳によるエドガー・アラン・ポーの最初の短編集『異常な物語(Histoires extraordinaires, 1856)』の序文「エドガー・ポー、その生涯と作品(Edgar Poe, sa vie et ses œuvres)」の中で、ボードレール自身が使った言葉。

*2:訳者注:ポーが遺したプラトン風の対話篇の一つ。拙訳をご参照ください。

*3:訳者注:エドガー・アラン・ポーの短編「軽気球虚報」(1844年)。

(日本語訳)ボードレール「不遇(Le Guignon)」

フランツ・フォン・シュトゥック「シシュフォス(=シジフ)」ウィキメディア・コモンズより。

こんな重荷を持ち上げるには
シジフよ 君の心臓が要る
理想めざして精進しょうじんすれど
芸術は長く は短い

ほまれある偉人の墓地を遠ざかり
荒れ果てた 名もなき者の墓場へと
わが胸は 布にくるんだ大太鼓おおだいこ
葬送曲を打ち鳴らしゆく

封印の解けぬ秘宝の数々は
鶴嘴つるはしも 測深器具も届かない
地下の深みに 埋もれて眠る

人知れず咲いた妖花の数々は
荒涼を極めた土地に 秘めごとを
もらすがごとく かおりを放つ


*『悪の華』11。原文はこちら