魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

(日本語訳)ボードレール「アホウドリ(L’Albatros)」他一篇

リスボンの週刊誌『オー・パノラマ』誌(1837年)に掲載された、アホウドリを描いたリトグラフウィキメディア・コモンズより。

アホウドリ(L’Albatros)*1

時折 海の深淵の上を はるかにすべりゆく
われわれの船を追う いたずら好きな旅の道連れ
あの美しいアホウドリ あの巨大なる海鳥を
船員たちが生け捕りにしたのは 単に暇つぶし

ところが一度とらえられ 甲板かんぱん上に置かれると
この青空の王者たち 見る影もない恥さらし
その真っ白な両翼をだらりと垂れて 両脇に
引きずっているありさまは 実に惨めでかわいそう

この翼ある旅人は 何と間抜けで弱虫か
蒼天そらの姿とうらはらに 何とぶざまで滑稽か
パイプでくちを突っついて 嘲り笑う者もいる
大飛行家の拙劣な歩行を真似る者もいる

この雲上の貴公子に詩人はまるでそっくりだ
嵐の空を行き来して 射かける射手いてを笑うとも
ひとたび誹謗中傷の世にとらわれの身となるや
大きな羽根が邪魔をして 歩くことさえままならぬ

ふくろう(Les Hiboux)*2

黒い一位いちいかげ 下闇したやみまもられて
ふくろうたちが横並び 枝にとまって動かない
何か異国の宗教の神様ぶった貫禄で
色も真っ赤な目をむいて 考え事をされている

彼らはじっとしたままで ちっとも動かないだろう
斜めになった太陽が はるかかなたへ追いやられ
真っ暗闇がどっしりと下界に腰を落ち着ける
物悲しくも痛ましい時刻が遂にせまるまで

この鳥たちは心ある者に教えを垂れている
この世において恐るべく 慎むべきはただ一つ
それはバタバタ動くこと そしてガタガタ騒ぐこと

通りすがりの幻に吸い寄せられる人間は
絶えず居場所をコロコロと変えようとした罰として
それ相応の痛い目に会って 必ず泣きを見る

*1:悪の華』第二版2。原文はこちら

*2:悪の華』第二版67。原文はこちら

(日本語訳)ボードレール「悲しきマドリガル(Madrigal triste)」

オーギュスト・トゥールムーシュ「慰め」。ウィキメディア・コモンズより。

あなたの賢愚に興味はないわ
綺麗でいなさい そして泣いていなさい
川の流れが景色をうるおすように
涙は顔立ちに華を添えるの
花々は大雨で若返るのよ

私は好きよ あなたのうつむいた顔から
よろこびの影が消えてゆくとき
あなたの心が恐怖にまれるとき
あなたの現在いまがあなたの過去の
暗雲に覆われるとき

あなたのぱっちりした目から
血のように熱いものが流れ出るとき
私の腕が優しくあやしているにもかかわらず
あなたの重すぎる苦しみが いまわのきわの
喘ぎのように あなたのくちいて出るとき

聖なる快楽よ 深遠にして
甘美なる讃美歌の歌声のごとき
あなたの嗚咽を私は吸い込む
そうしてあなたの目がころがす真珠のたま
純情の輝きを知る

私は知っている あなたの心が
今は滅びた昔の恋を吐き出しながら
まだ赤々と燃えていることを
あなたが地獄落ちを宣告された人間の
プライドを いささか胸に秘めていることを

とはいえ恋人よ あなたの夢に
地獄の景色が反映されない限り
あなたが絶え間ない悪夢の中で
毒薬や剣に恋して
爆弾や鉄器に焦がれない限り

誰に対しても恐怖を感じながらドアをひらき
至るところに不吉なきざしを読み取り
時計が時を打つたびに痙攣を起こしながら
あらがいがたいあの嫌われ者
抱擁を感じない限り

「怖い」と「好き」とが不可分のあなた
わが女奴隷よ わが王妃よ
病的な夜の恐怖の中で 悲鳴でいっぱいの胸の中で
このように言い放つことはできないのです
よ 二人はこれで対等」と

*『悪の華』第三版90。原文はこちら

抒情詩「彼女は便所」他一篇(一部押韻)

ルイ=レオポルド・ボワイー「私的身支度または散った薔薇」ウィキメディア・コモンズより。

金魚を救え

魅せるお店は
 見せないお店
 隠し扉は
地下へと続く
金魚鉢では
 金魚が泳ぐ
 魅せる店では
少女が笑う
酒のおつまみ
 可愛いつぼみ
 刺身にされる
花のほほえみ
魅せるお店の
 少女は金魚
 見せびらかして
店をうるおす
金魚鉢とは
 金魚の金庫
 魅せるお店は
人魚の宝庫
監禁された
 金庫の金魚
 換金されて
店をうるおす
金魚鉢にて
 飼われる金魚
 酒の肴に
食われる少女
魅せるお店は
 見せないお店
 隠し扉は
地獄へ続く
金魚を救う
 心に誓う
金魚救いの旅に出る

彼女は便所

ゲスどもが
「彼女はどこだ」
「彼女は便所」
誰が便所だ この外道
「トイレうるさい」
「トイレは黙れ」
誰が黙るか 下水道
彼女は便所
 便利な少女
何でも水に流す美女
そしてわたしは
 奉仕の天使
この美少女に尽くす侍女

わが生活は
 文明的だ
 わたしの便所
水洗便所
殺菌された水道水は
 天然よりも
はるかにきれい
わか恋愛は
 運命的だ
 わたしの彼女
公衆便所
どんな聖女も青ざめるほど
 それはきれいな
きれいな便所

水はきれいだ 光を通す
水はきれいだ 姿を映す
水はきれいだ けがれを知らず
水はきれいだ 罪を知らない
流し目をして
 立ち去る水は
傷も渇きも癒してくれる

あなたの彼女
 不潔な便所
排泄物の停留所
落ち込むばかり
 溜め込むばかり
くさいものにはフタばかり
いつも泥酔
 そして爆睡
もらす小水 もる汚水
わたしの彼女
 きれいな便所
恋の女神の参拝所
濡れる聖域
 うるおう性器
分泌液は美容液

あなたの彼女
 見下げた便所
害虫駆除もできぬ痴女
頭の中は花畑
 巣食うは悪い虫だらけ
どうせおもちゃにされるだけ
それで監禁
 すると失禁
だからそろそろ手切れ金
わたしの彼女
 見上げた便所
熟れた男女の相談所
恋の遍歴
 華麗に披瀝
売れてうれしい適齢期

彼女の住所
 近所の便所
お手洗いから現れる
 だから心が洗われる
便所は急所
 生理の要所
性の聖書は禁断の奇書
何が「便所の分際」だ
 むしろ「便所に万歳」だ
便所をあがめ
 便所をおがめ
便所を舐めた男女はすべて
トイレに座れ
 トイレに吸われ
あわれ河童の川流れ
彼女は便所
 便利な少女
すべてを水に流す美女
そしてわたしは
 奉仕の天使
ゲスを下水に流す下女

(日本語訳)ボードレール「取り返せないこと(L'Irréparable)」

ヒエロニムス・ボス派「リンボに降臨するキリスト」。ウィキメディア・コモンズより。

悔いという名の感情を始末できないものかしら
年を取っても長々と 生きて動いて這いずって
蛆が死体を食うように 虫が樹木を食うように
このわれわれをむしばんで 食い物にしている奴を
悔いという名の感情を始末できないものかしら

どんな媚薬で 葡萄酒で それともどんなハーブ茶で
酩酊させてしまおうか この老獪ろうかいな宿敵を
売春婦ほど貪欲で 食いしん坊で残酷で
蟻ほど我慢強い奴 悔いという名の感情を
どんな媚薬で 葡萄酒で それともどんなハーブ茶で

ねえ教えてよ 魔少女よ 知っているなら教えてよ
傷ついているこの心 苦痛だらけの精神に
負傷兵らが踏み倒し 馬の蹄が踏みつぶす
そんな終わった人間と同じ私に教えてよ
ねえ教えてよ 魔少女よ 知っているなら教えてよ

狼がもう嗅ぎつけて からすがすでに目をつけた
この死にかけの人間に この臨終の存在に
この重体の兵卒に もはやお墓も十字架も
断念せねばならないか 知っているなら教えてよ
狼がもう嗅ぎつけた こんなあわれな瀕死の者に

泥にまみれた真っ黒な空を明るくできようか
瀝青れきせいよりも濃厚な闇をふたつに裂けようか
朝もなければ夜もなく 星もなければ葬送の
稲妻もない暗黒を 引き裂くことができようか
泥にまみれた真っ黒な空を明るくできようか

宿屋の窓に きらきらと輝いていた希望の
いつしかすべて消えている もう永遠にともらない
月もあかりもない夜のこの暗闇に とぼとぼと
悪路を歩む殉教者たち 憩いをどこに求めよう
宿屋の窓のともしびを 悪魔はすべて吹き消した

魔性を帯びた美少女よ 呪われびとは好きかしら
過去の重荷というものを あなたは知っているかしら
毒を仕込んだ矢をもって 人の心を射抜く奴
悔いという名の感情を あなたは知っているかしら
魔性を帯びたの美少女よ 呪われびとは好きかしら

取り返せないことどもが 呪われた歯でかじるのだ
それはわれらの魂を それはあわれな記念碑を
それはしばしばシロアリのごとく 基礎なる土台から
建築物をむしばんで 建築物をくつがえす
取り返せないことどもが 呪われた歯でかじるのだ

――どこにでもある劇場で 私は時に見たものだ
オーケストラの爆音が炎を上げている奥に
ある妖精が舞い降りて 地獄の黒い大空を
奇跡のようなあけぼのの光で照らす光景を
――どこにでもある劇場の奥に 私は時として

黄金きんと光と薄紗はくさとで合成された人物が
だい堕天使だてんしを打ち破り 打ち倒すのを見たのだが
大感激エクスタシーの訪れを絶えて知らないわが胸は
薄紗はくさの羽根で舞い降りるあの人物を 観客が
ずっと空しく待ちわびている そんな一つの劇場なのだ

*『悪の華』第二版54。原文はこちら

(日本語訳)ボードレール「どうにもならないもの(L'Irrémédiable)」

アーサー・ラッカム「メイルシュトロームへの降下」。ウィキメディア・コモンズより。

たとえば青い空を離れてちた
一つの観念イデー 一つの形態フォルム 一つの存在エートル
今はもう天界の目の届かない
三途の川ステュクスのぬかるみの中

たとえば魔性の恋人に誘惑された
一人の天使 一人の無茶な旅人
巨大な悪夢の底に沈んで
泳ぎ手のごとく 身をもがきながら

一つの大渦潮おおうずしおにあらがっている
死に物狂いで抵抗している
狂人の声で歌をうたう
闇の中の高速自転ピルエットと戦っている

たとえば一人の取り憑かれた困窮者
むなしく手探りをしている
蛇だらけの場所から逃れ出ようと
光と鍵を探して

たとえば一人の呪われびと ランプも持たず
穴のほとりを降りてゆく その穴の匂いは
手すりのない永遠の階段の
じめじめした末路を暴露する

そこではぬるぬるした怪物たちが目を光らせ
燐光を発するその巨眼は
真っ暗闇をより暗くするから
そのほかは何も見えない

たとえば水晶のわなのごとき
極海きょっかいに監禁された船
いかなる恐怖の海峡によって
この牢獄におちいったのかを探っている

ことごとく どうにもならない運命の
きれいな象徴エンブレム すばらしい絵画タブロー
八方塞がり だからとまどうばかり
悪魔の仕事はいつも完璧

一点の曇りもない対面会話
鏡と化した心に向き合う心
暗くても見通しのいい真理の井戸
ゆれるかすかな星の光は

皮肉にかがやく地獄のかがり火
堕天使の恩寵おんちょうに満ちた松明たいまつ
たった一つの栄誉 たった一つの慰め
それは悪に染まっているという自覚だ!

*『悪の華』第二版84。原文はこちら