魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

村木嵐『阿茶』

阿茶の局が開基した雲光院(東京都江東区)。ウィキメディア・コモンズより。

表題の歴史小説につきまして、一天一笑さんから紹介記事をいただておりますので掲載します。一天一笑さん、いつもありがとうございます。


村木むらきらん『阿茶』(幻冬舎)を読了して。
武田家家臣・飯田直政なおまさの娘として生まれ、後に今川家家臣・神尾かんお忠重に嫁ぎ、やがて縁あって徳川家康の側室となり、二代将軍・徳川秀忠の養育係ともなる、阿茶の局(須和)の物語です。
徳川家康に勝るとも劣らない“知恵”をもち、いわば二人三脚で、“一体どうすれば天下が取れるのか”と、戦国時代を独特の遊泳術をもって乗り切り、やがて豊臣秀吉に臣従することも厭わず、江戸幕府を開く(朝廷から家康が征夷大将軍に命じられる)までこぎ着けた裏方の知恵袋ともいえる阿茶の八十三年の生涯を描いた、渾身の歴史小説です。

また何故徳川家康キリスト教を禁止したのか、そして自ら久能山に神号“東照大権現”と、正一位の神階を望んだのか(そうあらねばならなかったのか)も解き明かされます。
キリシタン大名高山右近を通じて、キリスト教の経典(巻一・巻二)を読み、キリスト教の奥義を悟った徳川家康は、何故キリスト教徳川幕府は並び立たないとキリスト教禁止令を発出し、鎖国し、外国との貿易は長崎・出島のみとし、徹底的に管理したのか。
徳川家康から阿茶に下賜された、京都で和訳された“巻二”の行方はどうなったのか。

物語全体は第一章「狭間の人」、第二章「昧見姫」、第三章「腕くらべ」、第四章「関ヶ原」、第五章「天下人、右近殿」、第六章「宝玉の椅子」から構成されています。

第一章「狭間の人」では、今川義元桶狭間の戦いで敗死した後の今川家の内紛と婚姻同盟を結んでいる武田家の動静と、“三方ヶ原の戦い”では勝利をおさめているものの、武田信玄公の“戦い方や”軍馬“の微妙な変化を発見する神尾忠重と須和。
武田家の先行きは暗いと見切った神尾忠重は、妻・須和と一子・猪之助に最後の願いを託す。その願いとは「家康に仕えよ」だ。
神尾家は幼少の頃の家康(「竹千代」の頃)を預かったことがあった。
三月みつきあまりではあるが、人質の家康を、神尾家は決して粗略には扱わず、丁重に迎えた。
忠重も寝起きを共にした。忠重の家康評は、今川義元の軍師・雪斎の教えを身に着けて、子供らしい我が儘を言わず、癇癪を起こすことの無かった印象だった。
子供心にも感心した忠重が「家康に仕えたい」と言うと、「松平家より今川家に居る方が御身の為」との答えだった。
もし家康がこのことを覚えているならば、須和母子が仕えるチャンスは有るかもしれない。
いずれにしろ、このまま武田家滅亡を待つよりは、余程良い選択だろう、と。
だだし、歩いて行け。須和は尼姿で猪之助を連れ、本多正信の屋敷にたどり着く。
首尾よく、家康に目通りできた。家康は神尾忠重の事を記憶していた。
忠重の年齢や、生来左ききであったことも。そして武田家から松平家への士官替えを、夫の遺命以外、そなた自身はどう思うと問われた須和は、臆せず申し述べる。
まず眼前のやらねばならぬ事をする。すると次に為すべきことが開ける。為すべき道、人の義の道を歩けば、世の中が進む。家康は尋ねた。
「いつか戦の無い世がくるのか?」
「わかりません。私が今なすべきは、猪之助に道をひらいてやることでございます」
家康は言った。
「猪之助ぐるみで当家に召し抱えよう。ただし、側室となれ。ちょうど今日は八十八夜だ。士官の名は『阿茶』がよかろう。これから、そなたに面白い一生を送らせてやろう」
「まことに有難い名を頂戴いたしました。末永くよろしくお願い致します」
こうして「須和」改め「阿茶」の側室としての人生が始まった。

徳川家康は記憶力がよく、人質時代に、鷹狩りに必要なたった一羽の鷹をめぐって自分を冷遇した孕石はらみいし主水もんどを、後に切腹させている。

その行く手には、やがて「さい様」と呼ぶこととなる、姉妹のごとく助け合う“お愛の方”こと西郷の局、家康の最初の正室・築山御前と長男・信康母子、狩野かのう光信(永徳の息子)、高山右近細川ガラシャ石田三成淀殿とその息子・秀頼、お初(京極高次の妻)、お江与の方ら浅井三姉妹とも交流し、やがて家康を含めて沢山の人を見送る人生を生きてゆく。
秀吉没後、大坂城に出向き、淀殿と「大坂城を出るならば、豊臣の安泰を保証する」旨、交渉役にもなる。西郷の局が生んだ秀忠を養育し、後に秀忠の正室お江与の義母、姑のような地位を得る。
晩年には秀忠の娘(徳川和子まさこ東福門院)を後水尾ごみずお天皇入内じゅだいさせる。
側室の枠にとどまらない活躍をした阿茶の物語。お楽しみください。
天一

 

 

(日本語訳)ボードレール「射撃場と墓地(Le Tir et le Cimetière)」

ジョン・サミュエル・パグ(John Samuel Pughe)「宴席の骸骨(a skeleton at the feast)」。ウィキメディア・コモンズより。

墓地が見える居酒屋エスタミネ」――「変な看板だ」とわれわれの散策者は独語した。「だが一杯りたい気にさせるにはよく出来ている。この飲み屋キャバレーの主人は、疑いもなく、ホラティウスや、他のエピクロス派の詩人たちを評価するすべを知っている。またおそらく、楽しい酒宴には骸骨や、何か命のはかなさを象徴するものが不可欠だとした古代エジプト人たちの深遠なみやび*1すら心得ている」
それで彼は入って、墓地を見ながらビールを飲み、葉巻をくゆらせた。すると何となく墓地へ降りて行きたくなった。草は長く伸びていい感じだし、太陽は燦々と照りつけていた。
事実、そこでは光と熱とが猛威を振るい、滅びを肥料こやしに咲き乱れた花のカーペットの上では、酔った太陽が大の字になって寝転んでいる*2かのごとくだった。広大ないのちの声、限りなく微小なもののいのちの声が大気を満たしながら、隣の射撃場から響いてくる銃声によって周期的に寸断され、それはシンフォニーの静かな楽章中に吹っ飛んだシャンパンのコルク栓のように、異音を立てた。
こうして脳天を熱する太陽のもと、が強烈に薫り立つ空気の中で、彼は腰を下ろした墓石の下に、ぼそぼそと呟く声を聴いた。声は言った。「諸君の銃と標的よ、呪われてあれ。死者とその聖なる眠りに対して、おもんばかるところのかくも少ない、物騒な生者たちよ。諸君の野望よ、呪われてあれ。諸君の企みよ、呪われてあれ。の聖域のほとりに、殺生のすべを学びに訪れる、こらえ性のない生者たちよ。ご褒美を獲得するのが如何にたやすく、目的を達するのが如何にたやすく、以外の一切が如何に空しいかを知っていたならば、ご苦労な生者たちよ、諸君はみずからをかくもすりへらすことなく、すでにその目的を達して久しい者ども、忌まわしき生命の唯一にして真の目的を達した者どものまどろみを、かくもしばしば妨げることはなかったであろうに」

*『小散文詩集(パリの憂鬱)』45。原文はこちら

 

 

*1:「金持ちの宴会では、食事が終わると、或る者が一つの棺桶を持って回り、その中には出来るだけ死体とそっくりに彫刻され、彩色された、縦横1~2キュビットほどの木製の人形が入っている。そうして彼は酒を酌み交わしている者たちの一人一人にこれを見せ、『これを見て陽気に飲んで下さい。あなたも死んだらこうなるのですから』と言う。こうして彼らはどんちゃん騒ぎをする」(ヘロドトス『歴史』第2巻78章。George Campbell Macaulayによる英訳からの重訳)

*2:エドガー・アラン・ポーの詩「不安の谷」に「その花々の間で 昼はひねもす/紅い日ざしがごろごろと寝そべっていた」云々。

(日本語訳)ボードレール「スープと雲(La Soupe et les Nuages)」

ギュスターヴ・ドレ「背後から刺殺される青ひげ」。1867年版『ペロー童話集』所収。ウィキメディア・コモンズより。

わが最愛の狂気の少女から食事に呼んでもらって、私は開け放たれた食堂の窓から、が水蒸気もて造りたもうた揺れ動く建築、あの触知できないものによる驚くべき作品を打ち眺めた。見入りながら、私は独語した。「これらすべての幻灯ショーファンタスマゴリアは、わが美しき恋人、あの緑色の巨大な目をした狂気の少女のまなざしに、負けず劣らず美しい」
すると突如として私は背にこぶしの一撃を受け、ハスキーで魅力的な声、わが最愛の狂気の少女の、ブランデーでしわがれたかのごときヒステリックな声が、このように言うのを聴いた。「よそ見せず、はやくスープを召し上がれ。愚にもつかない雲の商人…」

*『小散文詩集(パリの憂鬱)』44。原文はこちら

(日本語訳)ボードレール「悪いガラス屋(Le Mauvais Vitrier)」

ヘンリー・コートニー・セルース「第一回万国博覧会開会式におけるヴィクトリア女王とその家族(部分)」。会場は「水晶宮(The Crystal Palace)」と呼ばれた。ウィキメディア・コモンズより。

世の中には生まれつき優柔不断で、行動に不向きな人がいるものだが、そのような人々も、ある謎めいた未知の衝動のもとでは、彼ら自身にも可能とは信じられない迅速さで行動することがある。
管理人コンシェルジュのもとに何かよからぬ知らせが届いているのではないかと恐れて、帰宅する決心がつかず、ゲートの前で一時間もうろうろする人がいる。一通の手紙を開封するのに二週間かかる人もいれば、一年前から要求されていた手続きについて決心するのに、さらに半年を要する人もいる。だがこのような人々も、何かある抗しがたい力に駆られて、突発的に、放たれた矢のごとく、一気に行動を起こすことがある。かくも怠惰にして享楽的な人間の、どこにこのような狂おしいエナジーが潜んでいるのか。またこのような、もっとも必要かつ容易な物事をも処理できない人間が、どのようにして、ある瞬間、もっとも馬鹿げていると同時に、往々にしてもっとも危険でさえある行為を敢行するだけのデラックスな勇気を見出すのか。これは何でも知っていると豪語する心理学者モラリストや医師も説明できないことである。
俺の友だちの一人は、この世でもっとも無害な夢想家だが、森林に放火したことがある。彼は、彼自身の言うには、火というものが世間で言われているほどたやすくくものかどうか、試してみたかった。実験は十回続けて失敗したが、十一回目に度を過ぎた成功を収めた。
たとえば運命を見るために知るために試すために、みずからにエナジーを示すために、賭けをするために、不安の快楽を味わうために、無目的に、気まぐれから、退屈しのぎから、火薬の樽のすぐそばで煙草に火をける者もいるだろう。
これは倦怠アンニュイと夢想から噴出する一種のエナジーである。そうしてこれが執拗に表に現われるのは、上述のごとく、もっとも怠惰かつもっとも夢見がちな人間においてである。
他にもたとえば、人と目を合わせることが出来ないほど気が弱くて、カフェに入るにも、劇場の受付ビューローの前を通るにも、係員がミノスやアイアコスやラダマンテュスの威厳を備えているかに見えて、彼の全意志力を奮い立たせなければならないほど小心な人が、通りすがりの老人の首っ玉にいきなりかじりついたかと思うと、仰天している公衆の面前で、ぶちゅーとキスをする。

「冥府(部分)」。ミノス、アイアコス、ラダマンテュスの三人の裁判官が死者に裁きを下す。彫刻家(小)ルートヴィヒ・マック(Ludwig Mack, 1799-1831)作の淺浮き彫りに基づくルドルフ・ローバウアー(Rudolf Lohbauer, 1802-1873)によるリトグラフウィキメディア・コモンズより。

なぜか。それはこの人相が、彼にとってはたまらなく好ましいものだったからだろうか。かも知れない。だが彼自身にもわからないというのが本当のところだろう。
俺もまた一度ならず、このような危機もしくは衝動の犠牲となってきた。これは悪魔がわれわれのうちに入り込んで、われわれの知らないうちに、その馬鹿げた意図を遂行させるのだという信念を裏打ちオーソライズするものである。
ある朝、目を覚ますと、俺は胸苦むなぐるしく、物悲しく、無気力でぐったりとして、何か大それた、突拍子もないことをしでかしそうな気がした。そうして窓を開けると、ああ!
(ここで読者に注意していただきたいのは、悪人のふりミスティフィケーションの心理とは、ある人々にあっては、熟考や策謀の結果ではなく、偶発的なインスピレーションの結果であって、これは少なくとも欲求の強さという点で、医師たちが婦人病的ヒステリックと呼び、医師たちよりもいささか賢明な人々が悪魔的サタニックと呼ぶところのあの気分の性質を多く持っており、それはわれわれをして有無を言わせず、多くの危険かつ不適切な行為へと走らせるのである。)
俺が街路で最初に目にしたのはあるガラス屋だった。奴の素っ頓狂な呼び声は、パリのよどんだ空気をわたって、俺のいるところまで昇ってきた。だがどうして俺がこのあわれな男に対してにわかに凶暴な悪意を抱くに至ったのか、それは俺自身にもわからない。

ガラス板を背負って歩くパリのガラス屋さん(右)。1950年代。エド・ファン・デア・エルスケン撮影。streetphotographymagazine.comより。

「やい!やい!」俺は奴に向かって大声で上がってこいと言った。とはいえ俺の部屋は六階にあり、階段はとても狭いから、あの男はフラジャイルな商品のかどを多くの箇所にぶつけながら昇らなければならず、いささか辛酸をめるであろうと思うと愉快でなくもなかった。
遂に奴が現れた。俺は奴のガラス板を物珍しげにすべて吟味して言った。「おや、色ガラスはないのですか。ローズやルージュやブルーのガラス、魔法のガラスや天国のガラスはないのですか。恥を知りなさいよ。この悲惨きわまるスラム街をあえてうろつきながら、人生をいいものに見せるガラスすら持っていないとは」そうして階段に突き飛ばしてやると、奴はブーブー言いながらよろめいた。
俺はベランダに近づいて小さな鉢植えの花をつかんだ。そうしてあの男が出入口にふたたび姿を現すや、わが兵器を奴の木枠クロッシュの後端めがけて垂直に投下した。奴は衝撃でひっくり返り、その背中の下で奴の行商用のささやかな全財産が壊滅した。それは落雷によって粉砕された水晶宮クリスタル・パレスの爆音をとどろかせた。
狂気に酔い痴れながら、俺は叫んだ。「人生っていいなあ!人生っていいなあ!」
このようなナーバスなジョークは危険なしでは済まず、またしばしば代償を伴うものである。だが一瞬のうちに無限の快楽を見出した者にとって、永劫の刑罰など何であろうか。

*『小散文詩集(パリの憂鬱)』9。原文はこちら

(日本語訳)クリスティナ・ロセッティ「時と亡霊(The Hour and the Ghost)」

シェトランド諸島スコットランド)のメインアイランドにあるサンボローという村で撮影されたオーロラ。日本語版ウィキペディアによれば、北欧には、オーロラはあの世とこの世との接点に現れるものだと信じている人が未だにいるそうな。ウィキメディア・コモンズより。

 花嫁

あなた 抱きしめていて
あのひとが連れて行こうとするのよ
私はこの吹き荒れる風にも この荒れ狂う波にも
持ちこたえられない
松林と丘の向こうに
怪しい光が見える
あれは私のための光よ

 花婿

抱きしめているよ お前
恐れることは何もない
北極光が遠く輝いているだけだよ

 亡霊

おいで 綺麗な裏切り者よ
俺たちの家に帰ろう
お前を呼んでいるのはこの俺だ
俺がお前にかつて
プロポーズした時
「愛の巣は用意したよ」と告げた時
お前は恐れなかったね
荒波を渡っておいで

 花嫁

もう少し抱きしめていて
彼は私の過去を責めるの
彼の力はどんどん強くなる
もっと強く抱いて もっと強く抱いて
彼は私をあなたから引き離そうとしていて
私はあらがえない
彼は私を連れて
冷たい世界に旅立とうとしている
おお 交わした誓いの厳しさよ

 花婿

僕にもたれて 目をお隠し
ここに在るのは天空そらと大地と
僕らだけだよ 気を確かに

 亡霊

俺にもたれろ こっちへ来いよ
俺が導いて 守ってやるよ
おいで 時間がないんだ
おいで 愛の巣はできているんだ
善かれ悪しかれ 生きようが死のうが
愛の巣は愛の巣なのさ
息が切れるのは目的地が近いからだ
誓いを成就させよう

 花嫁

もう少し もうひと言だけお願い
私の心臓が止まる前に
私が気を失って
呼吸が止まる前に
あなた 私を見捨てないで
私が忘れたように 私を忘れないで
ただ私だけを愛して
他の女を愛さないで
おそらく冬の寂しい夜に
私帰ってくるから

 花婿

お黙り お前 お黙り
たわごともほどほどにしないか
僕が言っているのは死でも心変わりでもない 安堵だ

 亡霊

おお 美しくも壊れやすい罪よ
刈り取られたあわれな収穫物よ
いつか彼のもとへ帰ってきても
彼にはお前がわかるまい
お前は俺がかつて知った
地獄の苦しみを知るのだ
はるかに美しい女が
空いた椅子に座って
彼の心を占め 彼の子を産んでいるだろう
それにひきかえ 俺とお前は
地の果てで風に吹かれて

啾々しゅうしゅうきながら 狂奔乱舞していることだろう